襲撃者達
ふと上を見上げると、お雪姐さんの不安そうなお顔が目に入った。
……怖いですよね……わたしも心配です……
でも、大丈夫ですよ!と、ハルは自分の胸を叩いて、「何かあっても、わたしが姐さんのこと守りますので!」勇ましく目を輝かせてそう宣言をすると、雪は愛おしそうにその様子を見つめ、「頼りにしてるよ」やさしく微笑みながらハルの頭を撫でた。
姐さんは朝までお仕事でしたので、お疲れかと思い近い方の道を選んだのですけど……ちょっとばかり遠回りになっても人通りの多い両国橋から回って帰れば良かったかしら?それとも勿体無がらずに猪牙舟か籠を使えば良かったかも……
ハルが後悔をしたのは歩き出して割とすぐだった。
ハル達が人通りの少ない屋敷の塀沿いを歩いていると、路地角から四人組の菅笠を被った侍が現れた。
……お侍さんでも、浪人さんの様ですね……
明らかに怪しい風体に、先程の辰之進の言葉があったのもあり、三人は警戒し足を止め道の端に避けたのだったが、彼等は真っ直ぐ三人に向かって歩いて来る。
……むぅ……わたし達に何か御用のようですね……
先頭にいたハルが緊張して身構えていると、その肩に雪が手をやり、「大丈夫だよ」と一言言うと前に進み出て、
「お侍さま方、あたしらになんぞご様子ですか?」
凛と響く声で目の前までやってきた彼等に対峙した。
すると彼等の先頭にいた男が菅笠の下から含みのある笑いと共に、
「アンタに用があるって人がいるんでね。ちょっと来てもらおうか」
そう言うと、彼は腰の刀に左手を添え、抜かないまでも意味ありげに柄をチラつかせる。
「逆らうとどうなるか……わかるだろ?……」
……あぅ……コレはまずいやつですね……
雪の背中に隠れる形になっている為、彼等の姿は見えないでいたが、ハルはその声を聞き、顔を青くして震えながら胸元にある指輪を着物の上からギュッと握り締める。
……ここは深雪さまにご登場頂いて、彼等を蹴散らしてもらうしかありませんね……
胸元から紐に付いている指輪を取り出し両手で握り締め、力を込めて祈ろうとした、その時だった。
ハルの握り締めているその手に、背後から辰之進の手が伸びてくると優しく包み込み、
「ちょっと待って。それはやり過ぎだよ……」
ハルの耳元で囁いてそれを諌めた。そして、「わたしが行くから……」と、彼等の前に躍り出ていった。
───え⁉︎
突然の事に顔を赤くして戸惑うハルであったが、直ぐに不安で一杯になった。
……辰之進さまがお強いのは良く知っていますけど、さすがにお刀を持った四人も相手になんて無茶ですよ!辰之進さまはお刀を持って無いのですよ?それとも、姐さんの代わりに対応してくれるおつもりなのですか?……
不安で堪らないハルであったが、ここで自分がしゃしゃり出ていった所でどうする事も出来無いのは良くわかっていたので、ただ雪の背中を見つめる事しか出来ないでいた。
辰之進が雪の前に出ていくと、「なんだお前は!」「小娘に用はないぞ!」と、彼等からの恫喝が飛び交い、ハルはその声を聞く度に身体をビクッとさせ、雪の着物を掴む手に力が入っていたが、次第に「ウグッ!」「ヒッ!」といった声に変わっていき、やがて静かになっていった。
「おハルちゃん、もう大丈夫だよ」
いつもの優しげな辰之進さまのお言葉が聞こえたので、恐る恐る姐さんの傍から覗いて見たら、そこには地面に伏せっている四人の男達の姿が目に入った。
───え⁉︎これを辰之進さまがお一人で?
その様子に驚き、倒れ伏している彼等の前でゆっくりとお着物の着崩れを直している辰之進さまを呆然と見ていたら、頭の上から姐さんが、「そりゃぁ凄いもんだったよ!」と、嬉々としてその様子をお話ししてくれた。
姐さん曰く、彼等がお刀を抜く間も無い程の、あっという間の出来事だったらしく……
辰之進さまが俯いたまま、騒いでいる彼等の前にスススと進み出ると、やおら顔を上げ、ふいっと横を向いたと思ったら彼等もそれにつられて軽く首を横に振った瞬間に、手前にいた二人の男の菅笠を掴み手前に引いてよろけさせると、その彼等を飛び越えて残った二人に当身を入れて打ち倒し、慌てて体勢を整えようとする二人にも振り返りざま手刀を打ち込み倒してしまったのだと。
───何それ!カッコイイ!そんなのわたしも見たかったです!
辰之進さまってば、素手でもお強かったのですね!惚れ直しちゃいます!
ハルが目を輝かせて興奮しながら辰之進を見上げていると、彼女は「コレくらいなら訳もないよ」と照れ臭そうに笑っていた。
その横で雪は倒れている男達に近づいていくと菅笠を取って顔を覗き込み、「……あら、やっぱり……」と困った顔で呟いていた。
「え?姐さんどうしました?」
それを聞き、我に返ったハルは慌てて雪の元に駆け寄ると一緒になって覗き込む。
「……あぁ……」
その顔を見たハルは、雪と互いに顔を見合わせ苦い顔をしながら深い溜息を吐いていたのだが、辰之進だけが男達の顔を見ても様子が分からず、「お知り合いでしたか?」と不思議そうな顔をしている。
……姐さんとわたしは、商売柄人の顔を覚えるのが得意ですけども、辰之進さまは仕方ないですね……
「辰之進さま。この方々、昨晩のお座敷にいらした方ですよ」
チラッとしか見てませんけど間違いないです。いずれも昨晩のお座敷に、商人さん達といらした方ですよ。そう辰之進さまに説明すると、わたし達と同じ様に苦い顔になってしまった。
「……そうすると……昨晩の件で襲われた訳ですか……」
コクリと頷き、わたしと辰之進さまで姐さんを見たら、
「……ごめんね……やりすぎちゃった様だね」
可愛らしく笑って照れていらっしゃる。
「それでコレ、どうしましょう?」
ハルが倒れている男達に視線を戻すと、雪と辰之進も難しい顔をして彼等を見下ろした。
……番所に突き出しても、色々と面倒なことになりそうですし……何処かに身柄を拘束して、拷問でもして、なんで襲ってきたのか吐かせるのも面倒ですよね……
わたし達みたいなか弱い女三人ではそんなことは出来ませんよ……
三人共、同じ意見だった。
「では取り敢えず彼等のことは放っておきますか」
面倒事は放置するに限りますよね。
……それにしても、あの私塾の件はもうお終いかと思ったのですけど……意外に根が深かったみたいですね……でも、このままではお雪姐さんの身が危ないですから、早急に対応しなければなりません。
ハルは決決意を固めた目で辰之進を見上げると、
「辰之進さま。お殿さまへのご報告はちょっと待って頂けますか?」
そして雪に向かい、
「わたしはコレからちょっと辰之進さまの道場まで行こうと思うのですけど、姐さんはどうされますか?」
お疲れでしょうからお家でお休みになられてますか?とお伺いしたのですけども……
「いいや、大丈夫だよ。あたしも一緒するよ」
自分の事だしね。と、いつもと変わらない優しげな笑みを浮かべていらっしゃる。
……姐さんってば、ホントお強いですね……
二人が見つめ合って決意を新たにしている中、辰之進だけが一人状況を飲み込めず困惑していた。
「おハルちゃん、ウチに来てどうするんだい?」
「はい。姐さんが襲われた件について、関係者の方にお伺いしてみようと思うのですよ」
このまま放置して置けませんので、早急に原因を究明する必要がありますよね?
幸い、昨晩のお座敷には見知ったお顔の方がいらっしゃいましたので、どうせお話しを聞くなら簡単な方が良いですから……
「ちょっと八右衛門さまにお会いして、色々とお話しを聞いてみようと思います」
もとい、締め上げてでも吐かせるつもりですけどね。
まさか八右衛門さまが直接姐さんを襲った件に関与しているとは思いませんけど、あの場にいたのですからその原因についてはきっとご存知なはず……
ふふふ……どうやって吐かせますかね……と、悪い顔をして目を怪しく光らせて笑っていると、それを見た辰之進は、「……お手柔らかにね……」と、注意を促したのだが、ハルの耳には全く届いていないようだった。




