お座敷での意外なお客
月が変わって大の月になった。
その日はお店の女将さんに、「今晩はお客が大勢来るからね。忙しくなるよ」って言われていたので、よし!いよいよ現れますかね!と待ち構えていたのですけど……
その日は明けから大忙しでした。
お座敷に上がってみると、大勢のお客さまで大賑わいです。
……ほぅほぅ……やっぱり裕福そうな商人さんが多いですね……武士の方もチラホラ混じっていらっしゃいますけど……
キョロキョロと周りを見渡してみると、総髪姿の山本さまのお姿が見えた。
よし!予想通りやってきましたね!……おや?……しかも何やら早速怪しそうですよ……
大勢のお客さまがいらっしゃる中、裕福そうな商人さんとお膳を並べて何やら話し込んでいらっしゃる。
よし!では近づいてみて、何をお話しされているのか聞き耳を立ててみましょう!と、お銚子を手にいそいそと彼の元へ行こうとしたのだが……その途中で思わず足が止まってしまった。
……あら?山本さま以外にも、見知ったお顔の方がいらっしゃいますね……
彼は背が高いから座っていてもよく目立つ。
そこにには辰之進の道場の同輩でもある、大男の八右衛門がいた。
互いに目が合い、八右衛門がハルの事に気が付くと目を大きく見開いて何か言いたげな表情で驚いている。それを見たハルは……
……何でここにいらっしゃるかは知りませんけど、ここにいらっしゃるってことは彼も山本さまの関係者なのかしら?なら、彼に山本さまのことをお伺いしてみるのも良いかもしれませんね……でもそうすると辰之進さまの秘密もお話ししなければいけませんし……色々と面倒なことになりそうですね……
……ふむ。これはちょっと困りましたね……と、ハルは暫し考え込むと、お銚子を持ったまま向きを変えて八右衛門の所へ行き、隣に座わった。
……普通はお酌がお客さまに名乗るなんてこと、しませんけどね……
「お初にお目にかかります。わたくしウメと申します。お見知り置きを……」
ハルはそう言うって、お酌をしながら八右衛門の目をジッと見つめ、目に力を込めてニッコリと笑いかけると、見つめられた彼はそれだけで何かを察したのか、手に持った杯に口をつけることも無く、怯えた様に俯き大人しくなってしまった。
……ふぅ……八右衛門さまはこれで良いでしょう。大人しくしていて下さいね。さて、山本さまの所に参りますか……
しかし腰を上げて席を立とうとした時、丁度雪達芸者方がお座敷に上がってきて、歌唄や踊りが始まってしまった。
見れば山本と商人も話すのを止め、芸者達に見入っている。
……むぅ……これはちょっと間が悪いですね……
でもさすがお雪姐さん。唄と踊りがお達者ですね。惚れ惚れしますよ。ほら、皆さんの目も釘付けです。あら、八右衛門さまもお雪姐さんを見て驚いた様なお顔をなさってますね。でも知らんぷりしてて下さいね。
ハルは八右衛門に再度睨み付けて大人しくさせると、いつまでもこの場に座っていても仕方ないので、お酌をして回りながら暫く様子を見ることにした。
芸者達の唄や踊りがひと段落つくと、芸者達は銘々客の席に着きはじめ、みれば雪も山本の側の席に着いている。
……これなら大丈夫そうですね。後のことはお雪姐さんにお任せしましょう……
ハルはその様子を見てこれで一安心ですね。とお座敷を後にした。
丁度廊下に出るとお酒を運んでいる辰之進を見つけたので、そっと手招きをして隅に連れ込み、ヒソヒソと話しかける。
「……辰之進さま……お座敷に八右衛門さまがいらしゃいましたけど、何かご存知ですか?」
「……八右衛門殿?……いえ、わたしも最近彼奴とは会っていないものですから……」
二人して少し考え込んだが、お互い考えることは苦手なので取り敢えず放っておく事にした。
お雪姐さんが帰って来たのは翌朝になってからでした。
柳橋のお座敷に出ている間は辰之進さまにはうちに泊まって頂いていたので、二人してお出迎え。
「お疲れ様でした。で、姐さん。首尾の程は如何でしたか?」
「そうだねぇ……上手くいった……と思うよ?」
……あら、随分と歯切れが悪いですね……
山本さまにお話しはちゃんと聞けたらしいのですけど……
「……どうもあそこは普通の私塾で、特に怪しそうなことは無さそうだったよ……」
お時間もたっぷりあったし、遊女の手管で色々と突っ込んだことも聞き出せたみたい。
「あのお屋敷自体は、昨日山本さまの隣に座っていた商人の持ち物らしくてね……」
あのお屋敷を管理する代わりにお住まいになって私塾を開いているらしくって、昨晩のお座敷は商人さん達の会合らしく、山本さまはご報告も兼ねてご一緒しているみたい。
なら商人ではない、あの八右衛門さまは?と思ったら、そちらもちゃんとお調べ済みで、他の商人さんの付き添いなんだそうだ。用心棒的なものかしら?他にもそれっぽい二本差しさん達がいらしたものね……
「……で、件の大砲やらの事も、それとなく聞いてみたんだけどね……」
あら、そんなことまでお聞き出来たのですか!と驚いてそのままお聞きしていると、
「おハルちゃん。あの絵に描かれた物、大きさについては記してあったかい?」
おハナ師匠が描いてくれた絵にあった大砲や鉄砲。どうも講義で使う模型だったみたいです。
慌てておハナ師匠を出して聞いてみた所、掌に乗るくらいの大きさらしい。
……あら、わたし達の早とちりでしたね……
そして今、その私塾が盛り上りを見せているのは、「今こそ朝廷の権威を取り戻すのだ!」と言うわけでも無いらしく……
「……ちょっと前の事らしいけどね……」
なんでも三年程前に、魯西亜の方から長崎の出島にやってきた、「はんべんごろう」って方が幕府に送ったお手紙の内容が大変物騒なものだったらしく、
「その書簡によると、今や北の大陸から我が国は狙われておるのだ!」
その有事に対しての、どちらかと言うと憂国のための講義なのだと雄弁に語ってくれたらしい。
……なるほど……良くはわかりませんけど、色々ときな臭いことになっているのですね……
ふむふむ。とハルがわかったふりをしながら神妙な顔つきで頷きながら雪の話しを聞いていると、その横で辰之進が難しい顔をしながら、
「……山本様は、その話しを何処から聞いたのだろう……」
ポツリとおっしゃった。
なんでもその事件については幕府が秘匿しているらしくって、一介の塾主が知っている内容では無いらしい。
……何故それを辰之進さまがご存知なのかは突っ込みませんけど、人の口に戸は立てられませんものね……
何にしても懸念事項であった、辰之進さまの藩の方がそこの塾に出入りしているのは確かでも、倒幕思想の方については大丈夫っぽいことはわかりました。
「……で、辰之進さま如何致しましょう?」
本来の目的でしたらこれでお調べするのは終わりだと思いますけど、ご不安ならこれ以上お調べ致しますか?それともこれでお終いにしますか?と尋ねてみたら、
「そうだね……一先ずこの件については、そのままの事を殿にお伝えしてみるよ……」
わたしとしては不完全燃焼でちょっとモヤモヤしますけど、辰之進さまがそうおっしゃるのでしたら仕方ありませんね。
「では、柳橋の料理屋には今日から行かない旨のご連絡が必要になりますね」
わたし、これからご挨拶に伺ってきます。と告げたら、辰之進さまが、「わたしも一度家に戻るので……」次いでにご一緒してくれることに。
「姐さんは朝までお疲れでしょうから、お休みになられていますか?」
とお伺いしたら、「いや、大丈夫だよ。あたしもお世話になったからね……」と、疲れを見せない笑顔でお返事を頂いたので、三人してお店に行くことにしました。
料理屋の女将さんや姐さん方に、「お世話になりました」とご挨拶して、「色々助かったよ。また宜しく頼むよ」「頑張って立派な芸者におなり」と、励ましのお言葉とお礼のお言葉を頂きお店を後にして、後は帰るだけなのですけど……
「あれ?辰之進さまどうされました?」
辰之進さまのお住まいである道場はここから北に上がった方にあるので、わたしとお雪姐さんが深川の家に帰るために今来た道の新大橋を渡るのと真逆な筈なのに、わたし達に着いて来た。
ここでお別れする筈では?と、ハルが不思議そうな顔をすると、辰之進が周りを警戒しながらヒソヒソと話し掛けてきた。
「……実は、先程からね……」
何でも、わたし達がここへやって来る時に橋を渡ってお屋敷が続く道を歩いている時から、何やらつけられている気がしたんですって。あら怖い。物取りかしら?
「ここから深川に掛かる橋までは、あまり人通りも無いしね……」
たしかに北側には広小路もあって賑やかですけど、南側はお屋敷ばかりで昼間でもちょっと不気味ですよね……なので、女だけでは心配だからお家まで送ってくれるんですって。
ありがとう存じます!辰之進さまがご一緒して下さるなら心強いです!
……でも、今の辰之進さまってば女中さんの格好をなさってますから、結局のところ三人の女連れになっちゃいますよ?……




