柳橋のお座敷へ
お話しが終わりお店に戻る女中さんと入れ替わる形で、お着替えが済んだ辰之進さまとお雪姐さんが戻っていらした。
「あら、辰之進さま。そのお着物もお似合いですね!」
昼間にお会いした時に着ていた、あの派手なお着物はよしたらしく、お雪姐さんが着替える前に着ていらしたお着物をお召しになっていらっしゃる。
お化粧もバッチリ決まっていて、恥ずかしそうにはにかんでいらっしゃるお姿にはグッとくるものがありますね。
お隣にいらっしゃる姐さんも辰之進さまの仕上がりに満足げです。
そんな辰之進の姿を見ながらハルがニコニコとしていると……
「あら、おハルちゃん。さっきと違って機嫌よさそうだね……」
何か良いことでもあったのかい?と言われ、
「はい。実は先程の女中さんから、件の山本さまのことについてお聞き出来たのですよ!」
嬉々として女中から聞いた話しを二人に伝えた。
任せて下さいね!今度こそはやりますよ!
お座敷のことで融通が利くのはやっぱりおタエさんですよね。
陽もだいぶ暮れてきましたけど、皆んなしてその足でおタエさんのお店に向かった。
おタエさんのお店も料理屋ですのから、この時間になるとお客さまも沢山いらして相変わらずお忙しそうでしたけども、おタエさんはわたし達を快く迎えてくれました。
「おや、お辰。芸者に鞍替えかェ?」
辰之進さまのお姿を見て楽しそうに笑っていらっしゃる。
……確かにそれも良いですよね……良くお似合いです。でもそんなことよりも……
辰之進さまには予め了承を得ているので、おタエさんに辰之進さまのご事情をお話しして、今日の出来事をお伝えした。
「……そんな訳でして、姐さんにご相談に来たのです……」
おタエさんならお顔も広いので、その山本さまが行かれるお店にもコネがありますよね?もう小の月も終わりに近いですので、大の月の頭はもう直ぐです。それまでに何とかそのお店に入り込みたいのですけども……
おタエさんはゆっくりと煙管を使いながら黙ってわたしの話しを聞いていらっしゃいましたけど、話し終わると少しの間考え込んで、
「……その店ってのは、柳橋の店かね……ダメだね……」
煙草盆に灰を落としながら、キッパリ断られてしまった。
───あら?
おタエさんは以前から辰之進さまの事を買っていらっしゃいましたので、辰之進さま絡みの件でまさか断られるとは思いませんでした。思わず目を見開いて驚いてしまった。
「……柳橋には柳橋でちゃんと芸者がいるんだ。春蔵。あんたは腐っても深川芸者なんだからその自覚を持ちな。他所様の領分を犯しちゃいけないって、以前ちゃんと言った筈だよ!」
ジロリと睨まれ怒られてしまった。
……うぅ……そう言えば鶴吉姐さんにも同じこと言われましたね……形は小さく妹芸者とはいえ、一応は一人前の芸者なのだからちゃんと自覚を持てって……
更に小言はお座敷での所作とか普段の生活態度とかにまで広がり、こんこんと説教をされしょぼくれてしまったハルであったが、それを見ていた雪が、
「なら、アタシが行くのは如何でしょう?」
間に割って入り、名乗りを上げた。
「アタシなら、今はどこの所属でもありませんよ」
それにお座敷は慣れてますしね。と笑みを浮かべるその顔は、かつての吉原遊女、浅雪に戻っていた。
少し考え込んでいたタエであったが、顔を上げて雪をジッと見つめると、「まぁ、お雪なら良いかねェ……」と、渋々ながらも許可を出した。
……仕方ありませんね……山本さまの正体を探るのは姐さんにお任せ致しましょう……あの方ってば姐さんにメロメロでしたから丁度良いかもしれませんし……
などとハルが一人納得していたら突然辰之進が、
「わたしも一緒させて下さい!」
───え?
その声に驚いて辰之進さまを見ると、至極真面目なお顔でおタエさんを見つめていらっしゃる。
「そもそもこの件はわたしが持ち込んだものです。お雪さんお一人にお任せする訳にはいきません……」
もちろん芸者としてではなく、女給や下働きでも良いので、そのお店でお座敷に関わるお仕事をしたいととおっしゃいますけど……辰之進さま。お座敷はそんな甘いもんじゃ有りませんよ。わたしも日々大変なのですから。舐めてもらっちゃ困ります。ほら、おタエさんもそうおっしゃいますよね?
そんなことを考えながら必死な顔で頼み込む辰之進さまと、それを黙って聞いているおタエさんを見ていたのですけども……
「そうかい……まぁそんなに言うんなら仕方ないねェ……」
あら?ちょっとまって下さいよ。わたしの時と随分対応が違いませんか?なんですかそのやに下がったお顔は……まったくもう……おタエさんてば、辰之進さまには甘いのですから……
ハルはパッと立ち上がると、
「そんなのずるいです!辰之進さまが行くのならわたしも行きたいです!」
タエに飛び付き、必死になって説得をした。
辰之進さまとお雪姐さんの後押しも手伝って、翌日にはその柳橋の料理屋で三人揃って働くことが出来ました。
……ふぅ……仲間外れにならなくて良かったです……
「それにしてもこのお店、伏玉で良かったですね」
ハルは隣にいる雪にコッソリと耳打ちする。
伏玉は深川でいうところの、子供屋などから芸者を呼び出すのではなく、お店で直接抱えている内芸者のことだ。
深川でも場所によっては伏玉を抱えているお店もありますが、わたしも鶴吉姐さんも呼び出しなので、今みたく芸者の姐さん方が何人も待機して、お声が掛かるのを待つ部屋にいるのは新鮮で興味深いです。
……ここにいらっしゃる姐さん方、皆さんお美しい方ばかりですけども、それでもやっぱりお雪姐さんは別格ですよね……
ほぅ……と、溜息を吐きながら雪を見つめている。
ここの芸者達は深川の、渋い色の羽蟻を着る芸者と違って、明るい色の娘風の小袖を着ている。
……さすが!姐さんは何を着てもお似合いですね!わたしも当然同じく娘風の小袖を着てますが……芸者としてここにいる姐さんと違って、お酌としてなのよね……
結局、おタエさんは芸者として行くのは許してくれなくって、お酌としてならば、と渋々了承してくれました。
……まぁ仕方ありませんね……
姐さんは、「おハルちゃんも良く似合ってるよ」っておっしゃってくれますけど……
……むぅ……わたしだって踊りや三味線は出来ますのに……
件の山本さまがこのお店にいらっしゃるのを待ち構えている訳ですから、当然その間は他のお客さまのお座敷にも上がるのですけども、その時に他の姐さん方から……
「お前さん。小さいくせに中々スジがいいじゃないか。頑張ればお前さんのお姉さんみたく、立派な芸者になれるかもねぇ」
ですって。
失礼しちゃいますね!わたしはもう一人前の芸者なんですよ!
ここへ入る時に、お雪姐さんとは姉妹の設定にしていて、姐さんがマツ、わたしがウメと名乗っていますけど……もう!お雪姐さんは面白がって、「おウメ、頑張ろうね!」って笑っていらっしゃいますし、女中さんとして入り込み、お酒を運んでいらっしゃる辰之進さまにもそれを見られてクスクスと笑われちゃいましたよ……
……恥ずかしいです……
ここの姐さん方は皆さん仲がよくって、わたしも可愛がってもらっていました。
そんな柳橋の料理屋でお座敷をこなすこと数日。やっと山本さまがお店に現れました。




