捜査の開始
辰之進さまのお役に立てるので嬉しいのと、捜査ってなんだか岡っ引きさんとか同心さんみたいでカッコいいですよね!と思ってワクワクしながら立ち上がったのですけれど……
「さっきのように一人で勝手に突っ走らないで下さいね」
「危ない事には首を突っ込んじゃいけないよ」
予め釘を刺されてしまった。
お二人とも心配性ですね。大丈夫ですよ。ご心配には及びません。危ないことはしませんから。わたしに出来ることなんてたかが知れてますし……
二人の心配を他所にハルは茶店を出ると意気揚々と歩きだし、その後を辰之進と雪は仕方無くついて行った。
「……で、おハルちゃん。どうするつもりなのかい?」
今度は一体何をするのだろうか?と、辰之進が不安そうな顔になって尋ねると、
「はい。いつも通りに神さまに聞いてみるのですよ!」
ハルは振り返って胸を張り、ニコリと笑ってそう答えた。
……本当でしたらあのお屋敷にいらっしゃる神さまに直接お伺いしてみようと思ったのですけど……あそこは、不思議なくらい馴染みのある神さまの気配が少なかったのですよね……
道場の中にも、辰之進さまの道場にはあった香取大明神さまや鹿島大明神さまの掛け軸などは見当たらなかったし、おハナ師匠が屋敷の中を探索して描いてくれたものの中にも、神棚や縁起棚らしき物は見当たらなかった。
……不思議よね?あそこに初めて行った時に感じた不気味さって、それが原因だったのかしら?
ハルは辰之進の前で少し考え込んでしまったが……
……まぁ、考えたところで判らないものはどうしようも無いですよね……
今考えても判らないないものは頭の隅に追いやって、気を取り直すと先程おハナ師匠に描いてもらった紙の内で、似顔絵が描かれた物を取り出し辰之進さまにお見せする。
この描かれているお顔は、あの道場で最後まで立っていらしたお方で、お雪姐さんのお話しですとその方が塾主さんらしくってお名前は山本周斎さんと言うらしいのです。
おハナ師匠ってば、似顔絵もお上手ですよね。本人の無骨な感じが良く出ていてそっくりです。これがあれば……
「ほら、江戸の町にはあちらこちらにお稲荷さまがいらっしゃいますから……」
伊勢屋稲荷に〜って言うくらい、江戸の町にはそこかしこにお稲荷さまが祀られている。江戸の人のお稲荷さま好きは凄いらしい。芝居小屋のお隣にも必ず有りますし。だから江戸に住む者なら必ず何処かしらのお稲荷さまに参拝している筈だと思うの。
参拝をすれば願掛けやお願いごとで、ご自身のことを神さまにお伝えしますから……
「お名前はご存じなくっても、お顔を見ればお判りになりますよね?ご近所のお稲荷さまをお訪ねすればご存知の神さまがいらっしゃると思いますので、どんな方なのかお話しをお聞きしようと思うのですよ!」
自信満々に、「コレなら危ないことでは無いですよね?」と二人に伺いを立てると、「まぁ、それならいいかな……」と、苦笑いしながらも了承をした。
お稲荷さまの眷属であるお狐さまってば、本当はネズミを揚げた物が好物らしいのですけど、そんな物は直ぐにご用意が出来ませんので、普通に稲荷寿司とお酒をご用意してお伺いすることに。
……えぇ……自分で食べるのが目的ではないですよ?……でも……余らせたら勿体無いですし、神さまとお話しするとお腹が空きますから……
そんな訳でして、辰之進さまとお雪姐さんと一緒に何社か回ってみた。でも……
「……全くダメでしたね……」
目ぼしいお稲荷さまは全て空振りに終わってしまった。
皆さんお話しそのものは快くして頂けて、時折り、「おや、あんたがおハルって子かい?話しに聞いてるよ」っなどと含みのある笑いをされるお稲荷さまもいらっしゃったのですが、結局山本さまの情報についてはこれっぽっちもありませんでした。
……辰之進さまに大見得を切ってこれでは恥ずかしいです……
ハルは懐にそっと手をやると少し考え込み、
……むぅ……致し方ありません!ちょっと体力と懐具合が心配ですけど……
「このまま引き下がる訳にはいきません!他のご近所の神社とか、お寺にも片っ端から行ってみましょう!」
新たにお供え物も沢山用意して、あっちこっち回ってみたのですけれども……やはり何の収穫もなく日も暮れてきて、わたしはもうヘトヘトになってしまいました。
「……こんなに聞いて回っても何も出てこないなんて……」
……岡っ引きさんや同心さん達って凄いですね……尊敬しちゃいますよ……
神さまとお話しするだけでも疲れるのに、散々歩き回って足が棒の様だ。成果が出ないと気も滅入ってくる。
自分の不甲斐なさに落ち込んで項垂れていると、
「まぁ、あたしらは素人だからね。仕方が無いよ」
雪が優しく頭を撫でて慰める。
「サァ、もう日も暮れるから今日はおしまいにしましょう。ほら、アレも返さなくっちゃいけないしね……」
そう言って、ハルの頭を越えて後ろにいる辰之進に視線を移した。
あ、そうでした。わたしと姐さんのお着物は古着屋で買った物ですけど、辰之進さまのはお借りした物でしたね。暗くなる前に返しにいかなくてはなりません。
「では、今日は辰之進さまのお着物を返しに行って、この続きはまた後日と言うことで……」
結局なんの進展もないまま、捜査は一時断念することに。
……うぅ……辰之進さまのお役に立てずに残念です……
料理茶屋の勝手口から入って女中さんを呼んでもらった。
「あんまり遅いんで心配しちまったよ!」
開口一番怒られてしまった。ごめんなさい……
辰之進さまと姐さんは、「では、着替えてきますね……」「あたしもお化粧直ししてあげないとね……」とお店の中に入ってしまい、わたし一人取り残されてしまった。
「ったく……今日はこの後が無かったから良かったけどねぇ……」
日によっては夜も他の料理茶屋でお座敷の女中さんをしていらっしゃるみたい。大変ですね。
その後もグチグチと文句を言われ続けたので、「……残り物ですが……」とお供え物で余った果物とかお菓子をお渡ししたらコロっと機嫌が良くなり、「うちの子が喜ぶよ」と、ニコニコ顔になりました。
……わたしが言うのもなんですけど、現金な方ですね……
「しっかし、なんであんな女中の格好なんぞ酔狂なことしてたんだい?アンタらも着替えたみたいだし……」
そりゃ不思議に思いますよね。でもバカ正直にお答えする訳にはいきませんので……
「実は、ちょっと人を探してまして……」
あんまり目立つ格好では変な目で見られてしまいますからお着替えさせてもらったんです……と、当たり障りのないことだけお話しして、おハナ師匠の描いた紙を見せた。
すると、
「あれ、この総髪のお侍さん。山本さまにそっくりだねぇ……」
それにしても上手な絵だね。誰が描いたのかい?と感心して絵に見入っていたが、ハルはそれに構わず食い気味に詰め寄って、
「え!?ご存知なのですか?」
「いや、ご存知って程でもないけどね……」
女中さんが夜お仕事に行くお店に、たまにいらっしゃるみたい。
「あんまりお座敷慣れしてないお侍さんなんだけどねぇ……」
人と待ち合わせの為に、決まって大の月の頭にお店に来るらしい。
───やりました!こんな所に手掛かりが!
目を輝かせて、手を叩かんばかりに喜んでいたハルであったが、その様子を訝しげにジッと見ていた女中が、
「……あんた……山本さまに何の用だい?」
ジロリと睨みつけられ、思わずビクッとした。
……これは不味いです……実は関係者さんとかでしたか?
蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなり、背中に冷たい物を感じる。
「……あんたら、今はそんな格好してるけど……実は芸者なんだろう?」
この店に来た時の格好を見ればわかるよ。ですって。
ここは変に誤魔化しても碌なことにならなりません。大人しくコクリと頷く。
「なら、飲み代のツケの回収かい?」
え!?芸者が直接ツケの回収なんて、深川では聞いたことありませんけど、ここではそうなのですか?予想外のお言葉に変な顔になってしまった。
「大丈夫だよ。そんな顔しなくても。わかってるから……」
何を分かっていらっしゃるのか分かりませんけど、勘違いしてくれているのでしたらそのままにしておきましましょう。
ニコリと笑い、
「……まぁ、そんなものです……」
と、笑って誤魔化し、「そんな訳でして、もう少し詳しくお伺い出来ますか?」と、鶴吉姐さんにあげようと思っていたお供え物で余ったお酒もお渡しすると、更に良い笑顔になって舌も軽くなり、色々とお話しをして頂けました。




