作戦会議
おハナ師匠にはとっても頑張ってもらいましたので、わたしは大変お腹が空きましたから、道場を出て外にいらっしゃる辰之進さまと合流して近くの茶店に入ることに。
ハルが床几の上に団子の皿を何皿も重ねていく姿を辰之進と雪は生暖かい目で見守っていた。
「……そう言えばおハルちゃん。さっき言っていた、なんとかって師匠は一体誰のことなの?言われた通り時間を稼いだのだけど……」
雪は人心地ついてお茶を飲み満足そうにしているハルを微笑ましく見つめながら、「あれで良かったのかい?」と、尋ねた。
……あら、そう言えばご紹介がまだでしたね……
ハルは湯呑みを置き、「先程は有難う存じました。ちょっとお待ち下さいね……」と、袂から三味線バチを取り出すと、それを右手に持ち、空いている左手を横にいる雪の手に添える。
「この子のことです。おハナ師匠って言うんですよ」
見えますか?カワイイでしょ?と、床几の上に現れた小さな象のハナの事をバチで刺し示し、得意げに紹介をした。
「……そう言う訳でして、わたしの代わりにおハナ師匠にお屋敷の中を見てもらっていたのですよ」
監視の目があって自由に動けなかったから、代わりにおハナ師匠に様子を見てきてもらったのだ。
そう言ってハルとハナは雪を見上げ、得意げにしている。
雪は、「そうだったの。頑張ったねぇ」と、その様子を微笑ましく見つめながら二人の頭を交互に撫でて褒めていたのだが、その話しを聞いていた辰之進が……
「……でもね、おハルちゃん。確かおハナさんがこちらの言葉がわかっても、おハナさんが何を言っているのかは判らないんでは……」
心配そうな顔で尋ねてきた。
そうなのです。ノアさんやおタエさんならおハナ師匠とお話し出来るのですけど、わたしではまだ何を言ってるのかわからないのですよね……でも今は大丈夫なんですよ!
「……ふふふ……辰之進さま。心配ご無用です!」
ハルはニコリと笑い返すと手を叩き女給を呼び、筆と硯を借りて心付けを渡す。そして懐から数枚の紙を取り出すと床几の上に並べ始めた。
準備を整えると、
「姐さん。お膝の上、ちょっと失礼しますね。辰之進さまは申し訳御座いませんが、此方に来て頂けますか?」
ハルは雪の膝の上にちょこんと座ると、床几の前に辰之進を立たせる。
「見ていて下さいね。こうやって……」
徐に自分の髪の毛を一本引き抜くと借りた筆に髪を巻きつけた。
「以前、辰之進さまがお戦いになっているのを見ていて、コレを思いついたのですよ」
わたしの髪の毛を仕込んだ得物が神さまに通用するなら、その逆も同じですよね。
あの戦いを見ていた時にこれは使える!って思ったので、暇を見つけてはおハナ師匠と密かに練習していたのだ。
「おハナ師匠はお上手なのですよ!」
ハルは髪を巻き付けた筆をハナの鼻に掴ませると、左手で辰之進の右手を掴み、「ほら、見えますでしょ?」と笑い掛ける。
ハナは器用に鼻で筆を使い、スラスラと紙に書き始めた。
「どうですか!わたしと一緒に手習いに行っていて、字も覚えたのですよ!」
……まだカナ文字しか書けませんけど、わたしよりよっぽどお上手なのがちょっとショックですけどね……
得意満面なハルを他所に、辰之進と雪はハナが達者な絵や文字を書く様子に驚きの眼差しで見入っていた。
ハナは何枚もの紙に屋敷の中の様子を書き込むと、その絵の横には簡単な注釈を付け加えていく。
辰之進と雪は暫くその様子を感心しながら見ていたが、ハナが最後に書き上げた紙を見て目を丸くして驚いていた。
……あら、土蔵の中の絵ですね。何か変な物でも書いてありましたか?
ハルは不思議そうにその紙を覗き込んだ。
……何でしょうね?黒い筒の様な物が幾つも書いてありますね?
見れば絵の注釈には、「ホヅツ・タイホウ」と書かれていた。
……確かあそこの塾では、軍学とか兵法とかも教えてらっしゃるのでしたよね。でしたら大砲とかがあっても別におかしいことは無いかと思うのですけど……
何かおかしなことが書いて御座いますか?と二人に尋ねると、辰之進と雪は難しい顔になり、
「……おハルちゃん……大砲は御禁制の品なんだよ……」
え?ご禁制ですか?
辰之進の言葉に驚き、後ろにいる雪に尋ねる。
「御公儀で決められている、外の国から勝手に持ってきちゃいけない品の事だよ……」
高価なお薬とか本、武器とか宝飾品もそれに当たるらしくって……
「おハルちゃんにあげたその指輪もね、ほんとうなら御禁制の品にあたるから、あまり見せびらかしちゃいけないよ」
気をつけなさいね。と、そう言われ、思わず着物の上から首にかけている指輪に両手でそっと触れた。
……お雪姐さん達のご先祖さまがいらっしゃった時にお待ちだった物ですものね……大事にしないといけませんよね……
ハルは素直にコクリと頷いた。
……そういえば、お仙さんのお家にもご禁制の品になりそうな物が沢山ありましたね……だから姐さん方はわたしが指輪を持っていてもあまり気にしていらっしゃらなかったのですか……
ハルが暫く考え込んでいたら、辰之進が難しい顔をしたまま口を開き始めた。
「……このおハナさんが書いた物が本当だとしてもね……」
その言葉を聞き、ハナは鼻でペシペシと叩いて抗議している。
「いやいや、ごめん。疑っている訳では無いのだけどね……」
慌てて辰之進が訂正をした。
要はその大砲とかが、その問題になっている私塾の物なのかどうかは別なのですって。
「あのお屋敷の敷地内にソレがあるのが間違い無いとしても、何の目的であそこにあるのか。そもそもあのお屋敷は一体何方のお屋敷なのだろうね?」
あそこのお屋敷で私塾を開いているのは間違いなさそうなのだけど、以前辰之進さまがご近所で聞いて回っても、お屋敷自体のことはよく判らなかったみたい。
「……何にしても剣呑な事態である事には変わりないよね……」
辰之進さまのお顔が益々険しくなってしまった。
……仮にご禁制の品でなくって公義の持ち物だとしても、将軍さまのお膝元にそんな物があるなんて物騒ですしね……
以前は江戸城にあった火薬庫も、明暦の大火以降は危ないからって千駄ヶ谷に移しているってお話しですし、だからといって、まさか彼等が本当に幕府転覆を企んでいるとは思えませんし……
ハルは先程までいた道場の雪に対してデレデレしていた面々の顔を思い出し、とてもそんな大それた事をやるような者達には思えなかった。
三人共、よく分からないという顔で暫く考え込んでいたが、考え込みすぎて頭が痛くなったハルは雪の膝の上から飛び降りると、
「このまま考えてみてもよくわかりません。なら、ともかく調べてみるしかありませんよね!コレから捜査に参りましょう!」
目を輝かせながら辰之進に詰め寄った。




