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塾の見学に

 まずは現地に行ってみましょう!と、その私塾まて来てみたのですけど……あら、結構大きいのですね……


 通りに面して剣術か何かの道場があり、その奥には母屋とかがあるみたいだった。


 ……もっとこじんまりとした手習い所みたいなのを想像していたのですけど……


「……辰之進さま……ここであってますか?」


 ハルの問いかけに辰之進はコクリと頷く。


 姐さんのお話しによりますと、軍学や兵学を教えているのなら、実践的に剣術のお稽古とかもするらしくって道場も使うことがあるみたい。

 その大きな建物は人気が無く、ひっそりとしていてちょっと不気味に感じた。


 ハルは道場に格子窓があるのを見つけると、辰之進が止めるのも聞かずに近寄っていき、中を覗き込もうと精一杯背を伸ばしてみたが届かなかった。それをみた雪は苦笑しながら、「しょうがないねぇ」とハルを抱き上げると一緒に中を覗き込んだ。


「……誰もいらっしゃらないですね。お休みでしょうか?」

「……そうね……お留守みたいね……」


 辰之進さまの道場と同じ位の広さかしら?やっぱり剣術の道場なのかしらね?と、二人で話し込んでいたら……


「お前ら!そこで何をしている!」


 突然野太い声がして、身体がびくっとする。

 慌てて声のした方を向くと、道場の脇に髭を生やした厳つい男が腰のお刀に左手を添えて、わたし達を威嚇する様に立っていた。


 ───しまった!見つかっちゃった!


 すぐさま走って逃げだそうとしたのだけども、姐さんに抱えられているため身動きが取れない。姐さんに「早く逃げましょう!」と言おうとしたら、


「……あらあら、ごめんなさいねぇ……」


 姐さんは慌てたそぶりは微塵も見せずに、男の方を向くと爽やかなお顔で品よく笑い、


「ふふふ……いえねぇ、妹がやっとうのお稽古を見たいって言うもんだから……」


 ねぇ?って、そのままわたしに視線を向けてきたので、思わず「は、はい。見たいです!」上擦った声で返事をしてしまった。


「お休みの所、勝手に覗き込んじまって申し訳なかったねぇ……」


 そしてゆっくりとわたしのことを降ろすと手を繋ぎ、「では帰りましょうね。お邪魔致しました……」と男に挨拶をし、踵を返してその場を離れようとしたのだけど……


「その方ら、待たれよ!」


 大きな声で呼び止められて、また身体がビクッとしてしまった。恐る恐る男の方に向き直す。


 あぁ……大人しく辰之進さまの言うことを聞いていれば良かったですね……きっと叱られるだけじゃ済まないですよ……どうしましょう……


 嫌な汗をかき背筋に冷たいものが走る。しかし……


「……妹御は剣術に興味がおありなのか?……して、姉君も剣術にご興味が?」


 あら?よく見れば厳ついお顔が少々緩んでいらっしゃいますね?


「そうですね……やっとうの事はよく分かりませんけども、お強い男の方達を見るのは好きですよ……」


 姉さんは、しなを作って流し目でそう答えると、男の顔は益々緩んで変なお顔になっていき、


「な、なら暫し待たれよ!」


 コレから剣術のお稽古をするので、せっかくだから中に入って見ていけとおっしゃった。


 さすが姐さんですね。あっという間に手玉に取ってしまいましたよ。




 姐さんと二人、道場の中に案内されて、あらそう言えば辰之進さまは?とお姿を探してみればお外の格子からお顔を覗かせていらっしゃいました。その表情から察するに、そこからそっと中の状況を確認したいみたいですね。


 ……お探ししている方、全く知らないって方でもありませんから、万が一ってこともありますし……それにこの場はわたし達に危険が及ぶことも無さそうですしね……


 中に入ってみれば、お茶にお茶菓子まで出して頂き下にも置かない待遇っぷりでした。

 厳つい男供が甲斐甲斐しく世話をする中、目の前では大勢の男共が木刀を振るって、時折こっちをチラチラと気にして見ている。

 

 ……結構な人数がいらっしゃったのですね……


 ひっそりとしたお屋敷だったので、ほとんど人がいないかと思っていたから意外だった。

 このお屋敷にいる男が全員集まったのかな?と思う程で、広く見えていた道場もむさ苦しい男共で狭苦しく感じた。

 ただでさえ暑いのに、男共の暑苦しい熱気がムンムンとして思わず顔を顰めたくなる程だったけど、チラリと姐さんを見ると涼しいお顔で平然としていらっしゃる。

 

 ……さすがですね……さて、別にこの場から逃げ出したいって訳ではありませんけど、わたしも遊んでいられません。せっかく中に入れたのですから……


 お茶とお菓子を平らげると近くにいる者に声を掛けてお手洗いの場所を聞いた。

 格子窓から辰之進さまが、「余計なことをしないで!」ってなお顔をなさってますけど、こんな機会を逃しちゃ勿体ないですよね。

 席を立って道場を出ようとしたのですけど……


 ……あら、ついて来るんですね……


 気軽に中へと入れてもらえましたけど、さすがに自由に行動はさせてくれないらしく、声を掛けた者が案内についてきてしまった。

 その男は一見優しげな表情でも、わたしのことを一切目を離すまいと妙な緊張感があった。

 

 監視された状況下でそのまま一緒に道場を出て中庭に入り、母屋の方まで行くのであったが……


 ……ほほぅ……何やら怪しげな建物が見えますね……


 中庭に大きな土蔵が見えた。ジッと見ていたら一緒にいる男が明らかに警戒している。怪しまれない様に、「広くてご立派なお屋敷ですね……」などとたわいもない会話をしながらその場を通り過ぎて行った。


 ……さすがにお手洗いの中にまでは入って来ないですね……


 一人になったのを確認すると、よいしょっと三味線バチを取り出し、


「おハナ師匠、わたしの代わりにこのお屋敷の中を見てきて下さいな」


 敷地内は結構広そうでしたけど、お昼も食べたし先程お菓子も頂きましたから体力は多分大丈夫でしょう。


 ハナが壁をすり抜け飛んで行く姿を確認すると、ハルはお手洗いを出て道場に戻り、雪の隣に腰掛けてそっと耳打ちをした。


「……姐さん、今おハナ師匠に中を見てもらっていますから、もう少し時間を稼いで下さい……」


 雪は一瞬不思議そうな顔になったが、直ぐにいつもの笑顔に戻るとコクリとだけ頷き、近くの者に声を掛ける。


「そう言えばお侍さま。先程から大変興味深く見させて頂いておりますが、この中ではどなたが一番お強いのでしょうね?」


 ことさら笑みを深めて周りをゆっくりと見渡し、男共を煽った。




 雪のその一声で、今までただニヤニヤと稽古をしていた男共だったが、我先にと壮絶な試合が始まってしまった。

 四半刻も経った頃には血を流しながら壁にもたれている者や、道場の隅で嘔吐している者達で溢れかえり、五体満足で立っていられた者はほとんどいなかった。

 そんな男共の壮絶な戦いっぷりをハルは眉を顰めながら見ていたが、雪は変わらずニコニコと笑顔でその様子を眺めていた。


 とうとう道場の中で立っている者が一人になった頃、ハルの元へやっとハナが戻って来た。


 ……ふぅ……有難う存じました。それにしても随分と時間が掛かりましたね。よっぽど広かったのでしょうか?わたしの力もそろそろ限界ですよ……


 体力が尽きる前にハナが無事に戻ってきたのでホッとすると隣にいる雪に、「終わりました」と目で合図を送る。それを視界の先で確認した雪はすっと立ち上がると、


「大変素晴らしいものを見せて頂きました」

 

 目を輝かせながら、ただ一人立っている男の元へ向かっていき、


「あなた様が一番お強いのですね……あなた様の戦いっぷりに、わたし感動致しましたわ……」


 懐から手拭いを出して男の汗を拭いながら、「お名前を伺っても宜しいでしょうか?」とニコリと笑いかけると、男は顔を真赤にしてその場に座り込んでしまった。


 ……この中で一番お強いのは姐さんですね……


 無数の男共の屍が広がる中、ただ一人雪が佇み、満足気に微笑んでいた。


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