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変装

 ハルと辰之進はお互いに、「……しまった……」と決まり悪そうに頭を抱えていたが、雪はその二人の様子を見て不思議そうな顔をしていた。


「……あのぉ……お二人共、どうされましたか?」


 あっと、そうでした。お雪姐さんはご存知ありませんでしたね。


 ハルは三人の姐さん方の陰陽師との因縁と、あの場での戦いの様子を説明した。


「……そう言った訳でして、最後に陰陽師さんが送ってきた大きな龍を、お仙さんが嬉々として送り返しちゃったんですよ」


 お話しを聞いた姐さんは目を丸くして、「……流石、ですね……」って驚いていらっしゃいました。

 

 きっとあちらでは大変な騒ぎになったのたと思いますけど、あちらが送ってらしたのですから知ったこっちゃありませんよね。わたし達に喧嘩を吹っ掛けてきたのですから自業自得ですよ。

 困った方達ですよね。っと笑って誤魔化した。


「……それで、流石に自分達の出した龍が舞い戻って来たのだとは言えなかった様でして……」


 辰之進さまが聞いたお話しですと、当然大きな龍ですから他にも見た方がいらっしゃって、それを見た公家の方が、「あの龍神様は一体何事だ!」と陰陽方に問い合わせがあったらしいのですけどその時に、「あれは吉兆の印だから問題はない」と言ってしまったらしく、その陰陽方の言葉の後押しもあって、普段から不満の溜まっている公家の方々の中で、「今度こそは!」と盛り上がっている者がいるみたいなんですって。

 そんな報告が京の方から上がっているらしく……


「まぁ、それについては殿自身、そんなには危惧して無いのだけどね……」


 先の事件からは宝暦の事件で二十年程、明和の事件にしても十年程も前のことだ。それらの事件に関与した者達はみんな処分されて、公家達もだいぶ代替わりしているらしい。それに最近では竹内何某の様に急先鋒に立ちそうな者のことも特に聞かないし、いきなり現れた龍のことにしても、どうせ龍雲でも見た者が騒いでいるだけで、大事なことにはならないだろうって。


「しかし、内々の話しなんだけど、実は殿がね……」


 今は寺社奉行さまですけど、来年には若年寄さまになるってお話しがあるらしく、信憑性がないお話しでも身辺は綺麗にしておく必要があるから藩内にいる不穏分子の捜査をする必要があるんですって。

 そのお話しが来た時お祖父さまにも、「初めてなのだからコレぐらいが丁度良かろう」っておしゃられたらしいのですけど……


「わたしは江戸藩邸内の怪しい動きをする者の動向を見定めるよう言い付かったのですが……これがなんとも……身体を動かすのは得意でも、捜査の真似事は些か……」


 あまり上手くいっていないご様子で、涙ぐんでしまわれた。


 あら、泣き上戸でいらっしゃいましたっけ?呑ませすぎちゃったみたいですね。


 そのお調べをする方ってのが、最近とある私塾にあしげく通っているとの噂で、その塾は大丈夫なのか、どういったことを教えている塾なのか、それと、そもそもホントにそこへ出入りしているのかどうかをお調べする必要があったみたいです。


「塾、ですか?」


 塾と言っても、わたしが以前通っていた手習いとかでは無く、儒学や軍学、算術など高度なことを教えている所だそうで、


「……ただその塾自体も、どういった事を教えているのかも皆目わからない始末で……」


 その私塾は、わたし達がさっきまでいた茶店のすぐ側にあるらしいのですけど、あまりご近所付き合いも無いらしく、何日にも渡ってそ塾主のこととかも聞き込みをしてみたのだけど成果が無かったみたい。


 それで捜査をするにあたって、そのお調べする方ってのが全く面識が無い方って訳でも無いらしく、いつものお姿では正体がバレてしまう恐れがあるから、着慣れない女物のお着物を着て捜査に臨んでいたらしいのですけど……辰之進さまには悪いですけど、そのお着物はお似合いではないですよね……

 どうも辰之進さまってば、ご自身の女物のお着物はお持ちではないらしく、そのお着物はお祖父さまがわざわざご用意してくれたみたい。


 ……孫娘の為に気合を入れすぎちゃったのかしら?


 お雪姐さんと顔を見合わせて、「その格好ではまるで遊女や遊び女の様ですよ。とっても目立ってました」とやんわりお伝えすると、顔を真っ赤にしてまた臥せってしまわれた。


 ……まぁ、人には得手不得手が御座いますものね……


 よし!それならここはわたしが一肌脱ぎましょう!


 手を叩いてお店の女中さんを呼んだ。




 女中さんに心付けをたっぷりと渡して、お店の女中さんが着るお着物一式とお化粧道具をお借りした。


「さぁ、辰之進さま!お顔をあげて下さいませ!今からわたしと姐さんで辰之進さまのお姿を変身させますよ!」


 ハルは嫌がる辰之進の着物を嬉々として無理やり剥いで着替えさせ、雪は慣れた手付きで化粧を施し髪も結い直した。


 ……わたしもたまに鶴吉姐さんの髪を結うことがありますので多少は出来るつもりでしたけど、さすが器用なお雪姐さん。まるで本職の女髪結いさんの様にお上手ですね……


 雪は辰之進の髪を手早く結い上げると、「最近はね、ごてごてするのは流行じゃないのよ」と簪を一本だけ挿し、「さて、コレで良いかしら?」満足げな笑みを浮かべている。

 ハルはその辰之進の変わり様に見入っていた。


 ……さすが姐さん。いくらお着物や装いで誤魔化せても、辰之進さまのお美しいお顔はどうしようも無く目立つかと思ってたのですけども、お化粧と髪型でここまで変わるとは……


 そこにはどこから見ても、ただの平凡な町娘がいた。


「よし!これなら大丈夫ですね。町中で目立たないと思いますよ」


 ハルはニコリと笑い掛けると手鏡を辰之進に渡した。


「……コレは見事ですね……」


 暫くの間、鏡に映る自分の姿に見入って感心していた辰之進であったが、急に顔を曇らせて……


「……この様な変装、自分では出来ないのがなんとも悔やまれます……」


 なるほど。今は良いですけど、明日以降のことを心配していらっしゃるみたいですね……

 でも大丈夫ですよ!


 ハルは雪と顔を見合わせると辰之進に向き直し、目を輝かせて胸を叩いた。


「問題ありません!わたし達がお手伝いをいたしますから!」


 それを見て、しまった!と、ばつが悪そうな顔をする辰之進を無視し、二人は盛り上がっていた。




 三人は料理茶屋を出ると直ぐ側の神田川を渡り、土手沿いを東に向かって歩いていた。


「……あのぉ……おハルちゃん……何処へ行くのですか?……」


 諦めて大人しくハルの後を着いて行く辰之進であったが、さっきの茶屋とは全く違う方へと進んでいるのに気付き、心配そうな顔をして尋ねる。


「はい。辰之進さまもお着替えしましたので、わたし達もちょっとお着替えをしようかと……」


 今のわたしとお雪姐さんは正に芸者姉妹然とした格好だ。このままではせっかく目立たなく変装した辰之進さまとご一緒するにはちょっと違和感がありますので……えぇ、別に辰之進さまが変装したので、わたしもやってみたいなって思った訳では無いですよ?


 神田川沿いの柳原土手は、夜は筵を持った夜鷹さんで有名ですけど、昼間には沢山の古着屋さんが軒を連ねて出ている。そこへ行ってわたしと姐さんの変装用のお着物を探すのだ。


 何件か梯子して、姐さんのお着物はわたしがお選びして、わたしのお着物は姐さんが見繕ってくれたのですけど……


「……コレはちょっと……さすがに幼すぎやありませんか?」


 赤を基調とした豪華なお着物で可愛くって嫌いではないのですけど、頭のお飾りとか、全体的に子供っぽ過ぎる気がします。


 不満顔なハルであったが、辰之進が、「いや、おハルちゃん。とても良く似合っているよ」と褒めると、満更でも無い顔になった。

 

 因みに姐さんはスッキリとした涼しげな青を基調としたお着物で、大人の色気が滲み出ていますよ。さすがですね。


 そんな姐さんとわたしが並んで、辰之進様はわたし達がさっきまで着ていたお着物を包んだ風呂敷を持って後ろにつく。

 そんなわたし達の様子は、まるで何処の大店の娘姉妹とそのお付きの女中さんみたいだ。


「さて!コレで準備は万全ですね!いざ、捜査です!」


 ハルは満足げな表情で勢い良く歩き出した。

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