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辰之進の仕事

 二人は一瞬固まってしまい、お互いに見合っていたのだが彼女は我に帰ると引き攣った顔になり、「ヒ、人違いです!」と上擦った声で叫ぶと後ろを向いてしまった。


 ───えぇ⁉︎そんな格好をなさってますが、間違い無く辰之進さまですよね⁉︎


 ハルはそっぽを向いた彼女に縋り付くと、鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅ぎ、


「コレは間違いないです!白粉の匂いに隠れてますけど、この匂いは絶対に辰之進さまです!」


 間違いありません!と叫ぶハルに、彼女は耳まで真っ赤にし手で顔を隠しながら俯いてしまったが、ハルはその様子を気にもせず彼女の着物を掴んだまま、「辰之進さま!辰之進さま!」と騒いでいる。

 その様子を横から呆れた顔で見ていた雪はため息を吐くと、そっとハルの肩に手を置き、

 

「おハルちゃん、流石にソレはアタシも引いちまうよ……」


 往来で恥ずかしい事はお辞め、と嗜めた。




 わたしが驚きのあまり興奮して騒いでしまっていたらお雪姐さんに叱られてしまいました。

 すみません……


 取り敢えず河岸を変えましょう。と、未だ顔を真っ赤にして俯いている辰之進さまを無理矢理引っ張って、姐さんと行こうとしていた料理茶屋に行く事に。


 料理茶屋に着いてわたしがお店の人にご挨拶をすると、怪訝そうな顔をされてしまう。

 失礼しちゃいますね……でも、おタエさんや鶴吉姐さんのお名前を出したらすんなり入れてくれました。

 さすが姐さん方!神田界隈にもお顔が効くのですね。


 結構良い個室に通されてから、お雪姐さんが辰之進さまに改めて前回のお礼を言ったのですけど、生返事しか返ってこず困り顔だ。

 取り敢えずお食事にしましょうと、早速お料理を頂き、出てきた珍しいお料理はどれも美味しくってわたしは上機嫌。姐さんも楽しそうに舌鼓を打っていたのですけど、辰之進さまは相変わらず俯いたまま箸が進まないご様子。

 あら……せっかくのご馳走を前に勿体無いですね。と姐さんの方を向いたら、姐さんは徐に手を叩くと女中さんを呼んでお酒のご用意をお願いする。

 そこは引退したとは言え、さすがつい最近まで吉原の人気遊女さんだった姐さんだ。

 姐さんのお酌に、初めは遠慮して恐縮する辰之進さまでしたけれども、姐さん自らのお酌を断れる訳もなく、勧められるままに杯も進み、直ぐに良い心待ちになっていらっしゃいました。


 ……ほうほう……これにはわたしも見習わなくてはいけませんね……


 姐さんの手管を感心して見ていると、辰之進さまはご機嫌が良くなると共にお口も軽くなり、ポツリポツリとご自身のお話しをし始めました。




「……ここに居るのはおハルちゃんと浅雪さんだけですからお話し致しますが……」


 今はお雪姐さんですけどね。

 大分上機嫌になられたのかしら?そんなことまでおっしゃってしまって大丈夫なの?と思う様なことまでお話しして頂けました。


「……実はわたしが祖父に付いて江戸へ参ったのは、剣術の修行だけが目的ではないのですよ……」


 何でも辰之進さまがいらしていた藩のお大名さまは今の場所に入封されてから三代目にあたり、そのお祖父さまってのがとても良く出来たお方だったらしく、時の将軍綱吉さまの覚えもめでたく京都守護代や果ては老中にまでになった傑物らしい。

 そんなお方に仕えていたのが辰之進さまのお祖父さまなんだって。


「当時の祖父は剣術師範の傍ら、土地柄もあり先祖から代々伝わる術にて……」


 どうやらそのお大名さまお抱えの隠密?忍者?的なお仕事もされていらっしゃったみたい。


「しかし、かのお方が亡くなり、その若君が次の藩主となった折に……」


 二代目はお父様と違ってボンクラさんで、茶屋遊びに明け暮れてたりとかどうしようも無いお方だったらしく、藩の財政もどんどん傾き、お祖父さまは愛想をつかして早々に家督を息子に譲って引退してしまったのですって。

 でも、今の三代目はとても優秀な方らしく、


「藩の財政立て直しにも尽力されているお方であって……」


 倹約令とか出して頑張ってたらしいのですけど、悪いお役人さんが好き勝手してたりして百社一揆が起きたりとか大変なことになってたらしく、その状況を見たお祖父さまが、「今こそ亡き殿の御恩を返す時じゃ!」と現場復帰をされて頑張っていらっしゃったんですって。

 今は藩もだいぶ落ち着いたのでお祖父さまも引退なさったのですけど、「ワシももう歳じゃ。有事の際にはお主が殿をお助けするのじゃ。女子である事が有利な事もあるじゃろうて」と辰之進さまを仕込み修行に明け暮れる毎日だったらしい。


 ……なるほど。それでお刀以外にも色んな獲物をお使い出来るのですね……


 ハルは以前の戦いっぷりを思い出し、感心しながら改めて辰之進の姿を見ていたが……


「……それで、今が有事でして、その様なお格好をなさっている訳ですか……」


 ハルと雪にまじまじと見つめられ、辰之進は今の自分の姿を思い出し、恥ずかしくなって顔を真っ赤にして、


「……祖父からは武の手解きは受けましたが、女子の着物に関しては……」


 もじもじとして、また俯いてしまった。


 ……あら、また黙り込んでしまいましたね。正直、その辰之進さまの似合ってない女装についてはとても気になる所ですけど、今はちょっと置いといて頂いて……


 姐さんに目配せをすると、自然なお姿で辰之進さまのお側に付き酌をしてお顔を上げさせた。


「それはともかく、その有事ってのはどんなことなのですか?」


 辰之進さまのお力になれるなら助力は惜しみませんよ!と目を輝かせて詰め寄りお話しを進めてもらうのですけど……


「……それが……最近我が藩の者の中に、尊皇論に傾倒し声高々に言う者が現れているとの話しでして……」


 ……ソンノウロン?


「中には竹内式部殿も実は生きているだとか言い出す者までいるとか……」


 どなたさまですか?ってさっぱりわからないって顔で困っていたら、姐さんが助け舟を出してくれた。


「それはアレだね。宝暦や明和の頃に起きたあの事件の者だね?」


 辰之進はコクリと頷くが、ハルはまだ不思議そうな顔をしていた。


「要はね、朝廷のお力を幕府から取り戻そうって考えを持った者が行き過ぎてしまって、幕府から処罰されたんだよ」


 その代表的なお方が竹内何某って神道家らしい。

 さすがお雪姐さん。一流の吉原遊女は政治のことにもお詳しいのですね!

 

 他にも山形何某とか垂加〜とか色々おっしゃられてましたけどわたしにはさっぱりです。


「簡単に言えばね、今の幕府にとって反体制の危険思想を持つ者は処罰されるのだけど、その考えを持った者が辰之進様の藩の中にもいらっしゃっるみたいで最近騒いでるらしく、藩主様が頭を抱えているらしいよ」


 なるほど。それは大変ですね。危険思想の持ち主は何処にでもいますしね。

 でも、なんで今更なんでしょう?その竹内何某が島流しにあった事件はもう七年も前のお話しですよね?不思議ですねって言ったら辰之進さまが、


「何でも最近、京の町に龍が現れたらしく、それを見た者が、『この地に龍神様が降臨されたのは吉兆である。今こそ朝廷の力を取り戻す時だ!』と俄に盛り上がっているらしくてね……」


 ……あっ!……


 辰之進とハルは顔を見合わせると気不味い雰囲気になってしまった。

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