戦いが終わって
せっかく頑張ったのに!と憤慨していたものの、ハルは力を使い過ぎた為にその後直ぐに崩れる様にその場にへたり込み、またもや辰之進に抱かれて帰宅する羽目に。
今回は倒れても意識があった為、辰之進に抱かれて喜色満面な面持ちであったが、周りの者達の空気が少々微妙になっているのが気になっていた。
特に船頭である亀吉などは、帰りの船で少しでも船が揺れると、
「お、おハルちゃ……いや、春蔵姐さん!申し訳ありません!大丈夫ですか!」
などと下にも置かない扱いで居心地が悪かった。
……さっきから辰之進さまはズッと不自然な作り笑いをしていらっしゃいますし……それでは素敵なお顔が台無しですよ!
それにお仙さんとおタエさんは二人して難しいお顔をでヒソヒソとお話しなさって、わたしのことなんかはほっとかれてますよね……変わらないのは鶴吉姐さんだけですか……
鶴吉だけは相変わらず飄々としたいつもの面持ちで船に乗っている。
ハルの視線に気付くと、
「なんだい?さっき羊羹食ったばかりなのにもう飯の催促か?」
などと笑っているくらいだった。
深川に戻り、浅雪姐さんはどうするのかな?と思っていたら取り敢えずおタエさんの所で預かってくれるらしい。
ありがとう存じます。
眠りから目覚めるには自然と起きるまで待つ必要があるらしく、
「浅雪が目ェ醒めたら連絡してやるから、ゆっくり休んでな」
そのままおタエさんは浅雪姐さんの棺桶と共に、わたし達を船から降ろすとさっさと行ってしまわれた。
辰之進さまもわたしを家の中に入れると、
「……では、わたしも色々と有りますので……」
お疲れでしょうから、一度休んでいかれてからにしては?と言ったのですけど早々に帰ってしまわれた。
……残念です……もう少し一緒にいたかったですのに……
結局ハルはその後辰之進と暫く会うことも無く、浅雪の目が覚めるのにも数日を要した。
その後は陰陽師達からのちょっかいも特に無く、いつの間にか見回りのカラス達の姿も見えなくなっていた。
浅雪が目覚めたのはすっかり平穏な日常に戻り、ハルがお座敷に上がっている最中だった。
お店の女中からタエの言付けを貰うと、すぐさま駆けつける。
駆け込んで行ってバンッと障子を開けると、
「浅雪姐さん!」
まだ床にあり、身体だけ起き上がっている浅雪にハルは飛び込んだ。
「あれ、おハルちゃん暫く会わない内に……あら?あまり変わってないねぇ……」
浅雪は胸元にあるハルの頭を優しく撫でながら涙している。
ハルもまた、いつも言われ慣れているセリフだけども今日は嫌な気は一切せず、嬉しくって泣き腫らしながら浅雪にしがみつく。
そのまま暫くの間、二人して泣きながら抱き合っていた。
浅雪の床上げまでは更に数日を要す事に。
その間、ハルは毎日の様に浅雪の元へ通っては他の者に邪険にされながらも甲斐甲斐しく世話をしていた。
ただ世話をしていると思っているのはハルだけで、
「診察してるんだから邪魔するんじゃないよ!」
浅雪にただまとわり付いているだけなので、仙と一緒に来ていたノアにはよく頭を叩かれて怒られる羽目に。
浅雪はその様子を見る度にコロコロと楽しそうにしていた。
今日はお仙さんから、「もう大丈夫だろう」と言われていた日だ。
「まぁ、明日にでも食事は普通に取って良いし、動き回っても大丈夫そうだけどね……」
仙は浅雪と、いつものようにべったりと彼女にまとわり付いているハルをジロリと交互に睨みつけながら、
「後はお前さんの身の振り方だね」
どうするかね?と。
……そりゃ、わたしのわがままでお助けしましたけど、当然浅雪姐さんのお好きな様にして頂きたいのよね……
ハルは心配そうな顔をして浅雪を見上げている。
「……そうだねぇ……アタシなんかの為に骨折ってくれたおハルちゃんには悪いけど、特に行く宛が無いのよね……」
帰る故郷も無いしね。と、哀しそうなお顔をされている。きっと戻りたくても戻れ無い理由があるんだろう。
「かと言って吉原には戻れないし、そもそも戻るのはまっぴらだけどね。……それにアタシは深雪姉さんみたく、特に良い人がいたって訳でも無いからどうしよかねぇ……」
そう言って、浅雪は哀しそうな顔のまま、ハルの頭を優しく撫でている。
……一応はお亡くなりになっていることになっていますし、以前の様にはいきませんよね……でも、今は良い人がいらっしゃらなくても、浅雪姐さん程の美人でしたら引く手数多では?
当時、吉原上がりの女は結婚相手として忌避されるどころか、寧ろ悦ばれるのが現状であった。
……それに、いつかはご自分の子が欲しいって深雪姐さんともおっしゃってましたし……
そう言ったら、
「別に亡くなった姉さんに義理立てする訳じゃないけど、そういった事は今は考えられないね……」
と言っていたその顔は哀しそうにしていたが、少しだけ笑顔になり、
「それに、今はおハルちゃんがアタシの娘みたいなモンだからね」
特に欲しいとは思わないよ。との言葉を聞き、ハルは顔を綻ばせて浅雪に抱きつき、浅雪もまた力強く抱きしめ返す。
二人して互いの名前を呼び合い、喜び合っていた。
暫くその様子を微笑ましく見ていた仙は、
「なら、ちょっと調べさせてもらうよ」
ちょっとチクッとするからね。と、浅雪の手を取ると指先に針を刺し、その採血した物を細長いガラス管に入れるとそこに何やら液体を入れ、色が変わっていくのをジッと見つめていて、
「ふむ……ノアの声が聞こえてたみたいだったし、あの深雪って子は怨霊になれる程に随分と力があったみたいだから、妹のアンタもそうかと思っていたがね……」
やっぱりね。と一人頷いている。
どうやら浅雪姐さんも、お仙さんとか他の姐さん方と同じ様な素養があるらしく、
「どうやらアンタも、アタシらと同類な様だね」
ならウチで面倒みてやるか、ですって!
「なら、ズッと一緒にいられるんですね!」
やったー!と、ハルは喜びのあまり嫌がるノアを振り回して浅雪の周りを駆け回った。
浅雪姐さんはおタエさんの預りとなり、おタエさんのお店で女中さんとかをやりつつ、いずれはわたしと同じ様にお仙さんの元で色々と修行をすることになるらしい。
「だけどその前にね……」
さすがに亡くなっていることになっている浅雪姐さんなので、このままのお姿でいるのは不味いらしく、
「取り敢えずその特徴的な髪の色と、黒子だね……」
髪は何やら薬剤で真っ黒にし、黒子も取ってしまわれた。
……それだけでも随分と雰囲気が変わりますね……でも、やっぱり美人は美人よね。ふぅ……いいなぁ……
お名前も変えるらしく、浅雪改め、ただの「雪」になりました。
人別帳とかは堀さまとかに大層な貸しがあるのだから上手いことやってもらうらしい。
お手数おかけします……
こうして晴れて新たにお雪姐さんとなり、一緒に外へも出歩くことが出来る様になったので、辰之進さまの所へ一緒にお礼に行くことにしました。
そう言うのもあの事件以来、一度も辰之進さまとはお会いしていなく、先日、あの額に一文字の大男こと藤井八右衛門さまがお礼のご挨拶にいらした時もお一人でいらして辰之進さまはご一緒でなかった。
辰之進さまがご一緒でないから、ちょっと不機嫌そうになってしまったわたしが対応するととても気まずそうに恐縮しきりで、ちょっとかわいそうな位でした。
辰之進さまはご一緒でないの?とお聞きしたところ、最近は道場にもとんと姿を見せずに忙しそうにしているらしく、八右衛門さまも姿を見ていないそうだ。
「その為、一人でここへ参る踏ん切りが中々付かず、遅くなり申した事、大変申し訳無く……」
……あら?前回お会いした時よりも更に腰が低くなっているみたいですけど、誰かに何か変なことでも吹き込まれましたか?
お礼の包みを置くと早々に帰ってしまわれた。
そんな訳で、お忙しそうな辰之進さまのことはとても心配ですし、お雪姐さんもお礼をしたいそうなので、二人伴って辰之進さまのお住まいである道場へ行くことにしました。
お雪姐さんとのお出掛けは嬉しいですし、辰之進さま成分が不足しているからどうしてもお会いしたい!ってのも有りますけどね。




