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お社さま その2

 彼と初めて出会ったのは、昨年父に連れられて隣村のお祭りに行った時の事だ。

 祭囃子の一団の中にその彼が居た。

 逞しい体つきをしている者が多い男衆の中に、一人だけ、今世では珍しく色白でスラリとしたスマートな体系をしていた彼はわたしの目を引いた。

 彼は指先に繊細さが宿るしなやかな手で横笛を構えると、長いまつ毛をゆっくりと閉じ、笛の音を響き渡らせた。その調べと相まって、後ろで縛った長い髪が艶やかに光り輝く姿はまるで物語の絵本からそのまま飛び出してきたかの様だった。

 それの光景を見たわたしは、忽ち虜になった。


 そう!あの時確信した!彼こそがわたしの王子さまなんだ!って。わたしは彼に会うために今世に生まれ変わったのね!と、胸が高鳴った。

 更に嬉しかった事があった。彼の父親とうちの父が知り合いだったらしく、後でわたしの事を紹介してくれたのだ。

 親を交えて紹介してくれるって事は……お互い歳も使いし事だし……もしかして……やっぱりそういう事なのよね!って、天にも昇る心地になった。ただ、その後の事は夢心地であまりよく覚えていないのよね……変な事、言ってなきゃいいけど……

 

「ククク……あの時のお主、相当舞い上がっておったのぅ」


 下卑た笑いのまま、肘鉄をしてくる。

 あぁ……あの場を見られてたのね……それにしても隣村の事まで御存じとは……

 彼の事、お社さまに話せば絶対弄られるだろうから、内緒にしてたのに……

 顔だけでなく、手まで熱くなってきた。


「カーカカッ。それにしても、あんな末成り瓢箪(うらなりひょうたん)のどこがいいのかのぅ?あんなヒョロヒョロで痩せっぽっちじゃ、畑仕事も満足に出来んじゃろうに。俵一つも担げんじゃろうて」


 ケラケラと笑っているお社さまにカチンときた。

 むぅ……わたしの王子さまなのに……


「そりゃ、ここでは恰幅が良くって、力持ち方の人がモテるのはわかってるけど、彼はわたしの理想の王子さまなんだから!そんな事言わないでよ!」


 ジロリと睨むが、相変わらず笑い続けている。

 悔しくって、何とか見返してやろうと必死に考えた。


「それに……彼なら成人になって前髪を落として月代姿になっても、美しいままだと思うの!」


 未だに男の人の、頭頂部分だけきれいに剃った髪型は慣れないけど、彼ならきっと大丈夫!と力説するも、お社さまの笑い声は更に大きくなり、笑い転げる始末だ。

 

「そ、それとね、彼の家は牛を飼ってるのよ!」


 うちには牛はおろか馬も居ない。どちらかでもいれば畑仕事が楽になるのにって、何時も思ってた。牛馬のいる家が羨ましかった。それに牛は農作業以外にも、

 

「お乳が採れるから、その牛乳でいろんなお菓子やご飯も作れるのよ?」


 お菓子やご飯という言葉にピックッと反応して、笑い転げるのを止めて訝しそうにこっちを向いた。

 

「そりゃ、牛の乳じゃろ?ありゃぁ油臭くってわしは好かん。あんなもん、病人の飲むもんじゃろうて」

「そう?そのまま飲んでも美味しいと思うけど、料理するともっと美味しくなるのよ?」


 前世でも甘い物が大好きだったわたしだが、貧乏だったので、お菓子はあまり食べた事が無かった。

 話に聞くだけで、何時かは食べてみたいって思っていたお菓子や料理を思いつく限り上げてみた。

 

「牛乳があるならバターやチーズも作れるし……サクサクした甘いクッキーでしょ?卵と合わせればカスタードクリームも作れるし、ほろ苦いキャラメルと一緒に食べるつるんとしたプリンとか、クレープを焼いて冷たいアイスクリームと一緒に食べるのもいいわよね。甘くて濃厚な生クリームたっぷりのケーキに……」


 いつの間にかお社さまの笑いは止まり、静かに聞きいって、前のめりに近づいてきた。

 

 「……で、お菓子以外にもグラタンとか、シチューとか……」

 

 前世でとても寒い晩になると「今日は特別よ」ってお母さんが作ってくれた、暖かなシチューの事が思い出された。野菜もお肉もあまり入っていなかったけど、とても大好きだった思い出の味だ。

 何時か今の家族にも作ってあげたい……でも、気に入ってくれるかしら?気に入ってくれると嬉しいのだけど。それに、未来の家族達にも作ってあげたいなぁ……

 そんな事を考えていると、先程までの興奮も段々と落ち着きはじめ、妄想に浸っていた。すると突然、


「おはる!なんじゃその美味そうなもんは!そんなもん、ワシは食べた事無いぞ!」

 

 すぐ目の前まで来ていたお社さまに気づかず、ビックリした。


「是非食べてみたい!それはちゃんとお供えしてくれるんじゃろうな!」 


 胸ぐらを掴まれ、目の前まで顔を近づけてくるが、その必死な形相にちょっと可笑しくなって意地悪したくなってきた。


「えーど〜しよーかな〜。でもそれが作れるのって、お社さまが言う「うらなり」と一緒になれたらの話しですよ?それともお社さまがどっかから牛を持って来てくれるんですか?」


 それに作り方は知っていてるけども、お砂糖が高いから実際作るとなると難しいのよね。そんな事は言わないけど。何か他に代用出来る物があるかしら?


「そ、そうじゃな、よく見れば人の良さそうな好青年じゃぞ。おはるとお似合いじゃ。きっと良い夫婦になるじゃろうて」

「あら、有難う存じます、お社さま。でも、彼と夫婦になるとしたら、わたし隣村に嫁ぐんですよね?ならお社さまじゃなくって、隣村の守り神さまにお菓子とか作ってご挨拶に行かなければなりませんよね?」

「い、いや、隣村のにはワシがおはるの事を宜しく言っといてやるのでな、だからな、たまにはうちにも来てだな、その……」


 こんな必死なお社さまは初めてだ。なんだかとても可愛らしい。もちろんホントにお嫁に行く事になったとしても、ここにはしょっちゅう遊びに来るつもりだ。隣村までは山一つ越えればすぐだしね。だけどそんな事はあえて言ってあげない。

 クスクスと笑いながら、オロオロするお社さまを眺めていたが、そうだ!わたしが優位に立てるこんなチャンスは滅多に無い。折角だから常々聞きたい事があったんだった。


「なら、ちゃんとお参りに来るようにしますので、代わりに、お社さまの恋話し、お話して下さいな」

「なぬ?ワシの⁉︎」


 以前、おっ父ぅが作ったドブロクをお供えに持ってきた時、随分と気分が良くなって、少しだけ話してくれた事があった。


「たしか昔、とても高貴な方とお付き合いしていた事があったんですよね?でもその彼には奥様がいて、更にその奥様にも結婚する前からのお相手がいたとかで……」

「な!……何故それを!」

「わたしの事、色々言うのでしたら、お社さまの事も教えて下さいよ。高貴な方ってどんな方だったんですか?で、その後ってどうなったんですか?」


 ふふ。おあいこですよ、とニコリと微笑む。

 口をぱっくり開け、目を大きく見開き、顔を真っ赤にし慌てふためく姿に、おはるは楽しくなって調子に乗ってきた。


「い、いや駄目じゃ!子供のおはるにはまだ早い!」

「えーそんな事無いですよ、わたし前世の記憶があるんですから、精神的にはもう大人ですよ。ちゃんと教えてくれないと、もうお供物持って来ませんよ?」

「い、いやしかしなぁ……」

「ねーいーでしょー」


 そのまま時間が経つのも忘れ、ガールズトークに花が咲いた。




 だいぶ日も落ちてきた畑道を、懸命に走るハルの姿があった。


 まずい!お社さまと話し込んじゃってだいぶ遅くなっちゃった。日暮れまでに帰る約束してたのに……いつもは優しいけど、おっ母ぁ、怒るととても怖いのよね……

 家のすぐ側まで来る頃には完全に日が落ち、辺りはだいぶ暗くなっていた。ようやく家の前まで来ると、誰が居るのが見えた。


(え⁉おっ母ぁ⁉︎)

 

 外で待ってるなんてコレはだいぶ怒ってる!どうしよう……

 走るのを止め、家のすぐ側で立ち止まってしまったが、その人影はこちらに気付き、逆にわたしに向かって駆け寄ってくる。よく見ると少し小柄だ。


(あれ?妹?)


 なんでこんな時間に外に妹が?どうしたの?と、声をかける前に妹が泣き叫びながら胸に飛び込んで来た。


「お姉ぇー‼︎おっ父ぅとお兄ぃがー……」


 妹の涙にハルの着物が涙に濡れて冷たくなっていった。

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