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ハルの戦い方

 ハルが風呂敷の包みを解いていると輩共は、「ハッ!観念したか!」「物分かりのいい嬢ちゃんだな」などとその様子を見ながらニタニタと笑っていたが、仙達はハルが何を始めるのか興味深そうに見守っていた。


 皆が注目する中、その包みから出てきたのは竹の皮で包まれた小振りな細長い棒状の物だった。

 ハルがその竹の皮を剥くと、中からは黒光りする棒状の物が現れる。


 それまでニタニタと笑っていた輩共は、それが明らかに金目の物ではない事が分かると、「何んだあれは?」「何をしているのだ?」と俄かに騒がしくなった。

 仙達もまた不思議そうな顔をしていたが、その中で鶴吉だけが一人、それが何であるかすぐに分かったらしく、


「おいおハル、お前一体何を持ってきてるのかと思えば、わざわざ羊羹なんぞを持ってきてたのかい⁉︎」


 馬鹿にするように笑っていた。


「……えぇ、そうですよ……コレがわたしにとっての武器ですから!」


 そう言うとハルはその羊羹にかぶりついた。


 ……だって……わたしが得物を持った所で使えっこありませんし、わたしが出来ることと言えば神さま頼みだけです……

 でもそれでさえ前回は力を使い過ぎちゃって、お腹が空いて倒れちゃいましたから今回はそういったことがない様にしようと考えた結果……直ぐに力がつきそうな物ってコレしか思いつかなかったんですもの……


 二箱も買えば一両が飛んでいく代物だ。正直、ハルの小遣いでコレを買うのはきつかった。


 ……本当なら、せっかく奮発して蒸しでは無くって練り羊羹にしましたので、出来たらここでは使わずに持って帰って、戸棚に置いて少しづつ砂糖を纏わせながら大事に食べようと思っていましたけど……致し方無いですよね……


 周りが呆気に取られている中、ハルは必死に羊羹を頬張った。


 ……ふぅ……美味しいかったのですけど、一竿丸ごとはさすがにちょっとキツかったですね……お茶かお水を持って来なかったのは失敗しました……


 あっという間に食べ終わり、お腹と気力が満たされたので準備は万端だ。一歩前に出ると、


「さあ!行きますよ!」


 ハルは最近失くさない様にと紐を付けて首からぶら下げている、浅雪姐から貰った指輪を胸元から取り出すと、


「深雪さま、どうぞお助け下さいませ!」


 それを握り締め、指輪に祈る様に力を込め始めた。


 するとハルがいる場所と輩共の間に、神々しい女の姿をしたモノが現れる。

 それは淡く光り輝き、それを見た誰しもがその存在を感じとれる程に神秘的なモノであり、そこから生じる威圧に皆は一歩も動けずにいた。


 ……良かった……前回最後にお見えした時と同じ、お優しいお顔ですね……


 怨霊のお姿で現れてしまったらどうしましょう?と少しだけ心配していたハルであったが杞憂に終わった様だ。


「……ハル坊……おハナを出すのかと思えば、またなんてモノを……」


 いの一番に我に返ったのは仙だった。


「え?何か問題がございますか?」


 ハルは不思議そうな顔をして後ろを向き小首を傾げる。


「だって、この場に丁度良いでは無いですか」

「丁度良いだって?」

「そうですよ。目の前にいらっしゃるのが非人さんですし、タカリ……もといお着物代の請求にいらしたのですからピッタリだと思いまして……ほら、振袖火事ですよ」


 彼等がやってきて難癖をつけられた時、頭をよぎったのは明暦の大火「振袖火事」のことだった。


 振袖火事は数年前にあった大火よりも被害が大きかった、百年ほど前におきた大火のことだ。

 あの大火は、とある商家の娘さんがある青年に一目惚れをして叶わぬ恋をしたのだけども若くして亡くなってしまい、それを不憫に思った親がせめてものとその青年が着ていたお着物と同じ柄のお振袖を作ってお棺に一緒に入れて埋葬したのだけど、そのお振袖は非人さんの手に渡り古着屋へ売られてしまったことから端を発したのだそうだ。

 その後、古着屋で買ったそのお振袖を着た娘さんがすぐに亡くなってしまうことが連続して起き、コレはさすがに何かあると思った非人さんが本妙寺の住職に相談して、そのお振袖をお焚き上げしたところ、そのお振袖は火がついたまま本堂の屋根に飛んでいってしまい、そこから江戸中に火が広がってしまったのが原因なのだと聞いた。


 ホントはそのお寺のお隣にある、どこぞの大名屋敷が一番初めの出火元らしいのですけれども、コレは公儀がそれを隠す為に作ったお話しなんですって。

 幽霊のしたことだから仕方が無いですよねってことにしたかったらしい。

 でもそんな、作られたこのお話しが公なものとして認められている程なのですから……


「この国では人ならざるモノ、霊とかがやることは罪には問えないってことですよね?」


 そもそも今回の事件の発端も、それでみんな困っていたはずだ。

 それにどうもおタエさんが非人頭さんと事を構えたく無いみたいですけど、霊のしたことなら問題はありませんよね?わたしも無用な恨みを買いたくありませんし……


「それと、今お見えになってる深雪さまも、今回の件については無関係って訳ではありませんよ?」


 ほら!丁度良いですよね!っとハルがニコリと笑いかけると仙は引き攣った顔になってしまい、


「……随分と手前勝手な考え方だけど、あながち間違っちゃいないのがね……」


 と乾いた笑いをしている。


 仙がそれ以上何も言わない事を許可されたものだと都合よく解釈すると輩共の方へと向き直し、


「深雪さま。あの者達がわたしのことを虐めるのです。お助け頂けませんか?」


 わたし怖いのです!と、訴えかける。すると深雪の霊は先程までの穏やかな風貌から、突如鬼の様な形相に変化し、輩共に襲い掛かり始めた。


「ぎゃー!お、鬼だー!」

「ウワーッ!」


 今までただ呆然としてその霊を見ていた輩共だったが、突然の変貌に驚き慌てて腰を抜かす者、逃げ出す者とその場は大混乱になったが、中には得物を構えて必死な形相で果敢に向かって行く者もいた。


 当然その攻撃は空を切るのみで、深雪の霊がスッと手を伸ばし、向かって行った男に軽く触れると、その男はいきなり腹から臓物を飛び散らせて絶叫と共に仰向けに倒れ動かなくなった。


 ……うぅ……コレは直視出来ません!


 ハルは思わず目を瞑ってしまった。


 暫くの間、命乞いをしながら叫んでいる男の声や、恨み言と共に絶叫する男の声が続き、思わず耳も塞ぎたくなる程だった。

 やっと静かになったので様子を見る為に恐る恐る目を開いたのだけども……


 ……うわ……コレは思ったよりお力が強かったみたいですね……力を込め過ぎました?それとも御神体のご遺体が近くにあるからかしら?


 辺り一面に血の海が広がっていた。


 さすがに血生臭い惨状は直視出来なくってチラッとだけしか見てませんけど、転がっている死体と元いた輩共の数は合わないみたいですね?他の者は逃げおおせたのかしら?他に人影は見えない様ですし、もう大丈夫ですよね?それにそろそろ力も限界です。


「深雪さま。お疲れさまでございました。お帰り下さいませ」


 指輪に込める力を抑えると深雪の霊は薄くなり、消えていなくなっていく。

 

「……ふぅ……」


 ハルは一息つくと、くるっと後ろにいる仙達に向き直し、


「終わりましたよ。どうです?わたしちゃんとやりましたよ!」


 どうです!凄いでしょ!と得意満面で笑いかけたのであったが、皆一様に黙り込み、気まずい雰囲気が漂っていた。


 ……あら?皆さんどうたのかしら?言われた通り自分でちゃんと解決しましたのに……


 思っていた反応でなく、「ちょと、何とか言って下さいよ!褒めて下さいよ!」と拗ねていたのだが、


「……何もここまでするこたぁ……」

「……お前、容赦ないな……」

「……えげつない……」


 などと誰かがポツリと漏らしただけで、その後は暫く皆んな黙り込んでいた。

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