新たな敵 その4
その鋭い牙が見えるお口には髭が生えていて、頭には鹿みたいなツノを生やしている。
やっぱりアレはドラゴンとかでは無くって、間違いなく龍ですよね。
黒い雲の間から出てきたその龍は、遠目でもそのとてつもない大きさが良く分かる。
その大きな口は、さっき大きくなってもらったおハナ師匠をも簡単に丸呑み出来そうな程だ。
……この結界の中に現れたということは、あの龍も陰陽師が送ってきたのですよね……そもそもこんな恐ろしい存在を人の身でどうこう出来るモノではない様に思うのですけど……
しかしそれは目の前に確かに存在した。これは疑いようもない現実だ。
ハルはもはや恐怖というよりも、ただただ驚き、身動きが取れずにいた。
そんな中、わたしは一番に反応するのは血気盛んな鶴吉姐さんだろうと思っていたのだけど意外にも、
「よし!八部衆の中でも別格なのが来たよ!コレはおあつらえ向きだね!」
って、いの一番にお仙さんが反応して喜んでいらっしゃった。
そのお顔はまるで愛しいお方との逢瀬を待ち焦がれていた少女みたく喜色満面だった。
……お仙さんでもそんなお顔をなさるんですね……
明らかに場違いな表情ですけれども、お仙さんの思わぬ側面を見れてちょっと嬉しかったり驚いていたりしたのも束の間、いきなりそのお顔はガラリと変わって、
「コイツはアタシの獲物だから皆んな手ぇ出すんじゃ無いよ!」
大きく目を見開いてギロリ!と睨みつけながらわたし達を見渡した。
それはむしろあの龍よりも怖いんじゃないかしら?と思わせる程で、恐怖のあまり固まってしまう。
「……ふぅ……仕方ないね……」
大鎌を構えて今にも飛び出さんばかりの鶴吉だったが、仙の様子を見ると大鎌を下に置き、側にいたタエと共に煙草を出して一服し始めた。
───え⁉︎何を呑気なことを!
今にも龍がこっちに来るんですよ!と慌てふためくハルを他所に、
「お仙にあんなやる気を出されちゃねぇ……」
「アタシらは見学してるさ」
二人して座り込むと完全に寛いでしまった。
その様子に、ハルと辰之進は互いに顔を見合わせて困惑してしまう。
そうこうしている内に、龍はどんどんと向かって来た。
な、何かしなくっちゃ!
どうしよう!姐さん方はお仙さんに任しとけば良いってのんびり寛いでますけど、ホントに大丈夫なのですか?
かと言ってわたしではなんにも出来ませんし、おハナ師匠を出したところであんな龍より大きくすることなんて絶対無理!反対に食べられちゃいそうです!
龍は既にすぐそこまで来ている。
上空でその大きな口が開かれると、その奥には炎が渦巻いているのが見えた。
───ひ、火です!火が来ます!
ハルは咄嗟に肩に乗るノアを捕まえ抱きしめると、さっきまで乗っていた紙を探した。
だが、さっきまであった場所には見当たらず、周りを見渡しても何処にも見当たらない。
え⁉︎何処にあるの!と涙目になっていたら、
「何だい?春蔵。あの陣ならもう片付けたよ」
タエは普段と変わらない口調で、「大丈夫、大丈夫」と手を振っている。
そんなこと言われましても!
ハルは辰之進に抱き着くと、彼のマントの中に隠れた。
アレは絶対不味いヤツですよ!さっきの嘴男の炎より凄そうです!
辰之進と二人して震えながら抱き合っていたが、その今にも炎を吐かんばかりに開かれた龍の口からは目が離せずにいた。
すると仙がズイッと前に出てきて、
「何だいせっかちだね。アタシの準備が終わるまでちょっとお待ち!」
スッと手に持つ棒を振るうと、その棒の先から光の紐状の様なモノが飛び出してきて、あっという間に龍の口を縛り上げた。
───え?
その様子にハルと辰之進はただ呆然として見ていたが鶴吉とタエは、「流石だねェ」「相変わらず手際がいいこった」感心しながら笑って見ている。
「さて、準備にかかるかね」
突然口を拘束されて、空の上でもがき苦しんで暴れている龍を尻目に、仙は慌てる様子も無く持ってきた風呂敷を解くと、中から紙と壺の様な物を取り出した。
紙は広げると二畳程はある物で、仙が使っていたものと同じ様な字と記号が書いてあり、それを地面に広げると中央に壺を置いて呪文を唱え始める。
するとその壺から大量の光が飛び出して龍を覆うと、そのまま龍の姿が消え去ってしまった。
「ほら、もう行っちまったよ」
大丈夫だよ、と仙は怯えるハル達に向くとニコリと笑いかけた。
……行ったってことは……あの龍を陰陽師達の所に送ってしまったということでしょうか……
さっきまで目の前にいた恐怖の塊の様な物を思い出し、生唾を飲み込む。
……相手に送りつけたと思ったあんなモノが突然戻ってきて、しかもソレに襲われるなんて……敵ながら同情を禁じ得ませんね……
今回一番の強敵かと思ったのにあっさりと撃退してしまったお仙さんのその笑顔に、今日一番の恐怖を感じた。
今後、絶対お仙さんには逆らわない様にします!
そう心に誓うハルであった。
無事結界のモヤも晴れ、西方寺へと向かうのだけれども……
「今更ですけど、浅雪姐さんは今ご遺体ってことになっているのですよね?」
予め手を回していてくれてるとお聞きしましたけど、ご遺体なんて簡単に渡してくれるのかしら?
不思議に思ってそう訪ねたら、
「そりゃアレだよ。罪人の亡骸や無縁仏は結構普通に取引されてるのさ」
と、お仙さんは当たり前の様にそうおっしゃったので目を見開いて驚いていてしまった。
「ほら、遊女の指切りがあるだろ?」
遊女が好いた殿方に渡すアレのことだ。
昔しは本当に自分の指を切り落とした者もいたらしいけど、今や新粉細工の作り物や自分のモノでは無い指を用意するのが普通らしくって、
「よく隠亡らからコッソリと切り落とした指を買ってるのさ」
だから、わたし達みたいなのが買うのは、ご遺体丸ごとは珍しいけどもそう難しいことでは無いそうだ。
……なら、八右衛門さまが頂いたって喜んでらしたのも、もしかしたら作り物では無くって、罪人とかから切り落とした指なのかもしれませんね……
他にも最近すぐそこの小塚原で医学目的の腑分けが罪人のご遺体で行われていたり、浅右衛門以外でもお刀の試し切りに使われてることもあるみたい。
……ご遺体まで再生利用するなんて……この世界の人達ってばしっかりしてますね……
妙な所で感心してしまったハルであった。
実はもう一つ気掛かりなことがあった。
それはどうやって「浅雪姐さんを運ぶのか」だ。
お船で来たのはその為ですけど、お船まで運ぶのは誰がやるの?
当然姐さん方はやってくれないでしょうし、わたしでは当然無理。なら残りは辰之進さまですけど……
チラリと見ると、先程の戦いでかなりボロボロになっており、大変にお疲れの様に見える。
さすがに無理そうですよね……おハナ師匠で運べるかしら?でも今日は何回もおハナ師匠に力を込めたから、わたしも疲れててこれ以上おハナ師匠を大きく出来そうに無いのよね……
どうしましょう?と、そんなことを考えていたのだけど、着いてみれば船頭の亀吉さんともう一人の方が担ぎ棒を持って先に来て待っていらして、浅雪姐さんの入った棺桶を運んでくれました。
良かった……って胸を撫で下ろしていたらお仙さんに、「アタシらが運ぶ訳無いだろ?ここへ来たのはちゃんと本人かどうかの確認のためさ」ですって。
そりゃそうですよね。余計なこと心配していました。
さぁ、コレで後はお船に乗って帰るだけですね!
何から何までさすがお仙さんですね、ありがとう存じます!ってお礼を言い、船着場まで行こうとしたのですけど……
「……ハル坊、お礼はちとまだ早いみたいだよ……」
え?とお仙さんの視線の先を見るといつの間にか、わたしたちの行手を阻む様に厳つい男たちに囲まれていた。




