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辰之進さまのお覚悟

 姐さん方が楽しそうに笑い合っていたら、堀さまは苦々しいお顔になり、


「……此処での話しについては聞かなかった事にする……」


 某は知らんから後は好きにしてくれ……と言い放ち、


「では、これにて……」


 ほら、お辰も帰るぞ。と辰之進さまと一緒にさっさとこの場を離れようとした。

 だけどお仙さんが、


「ちょっとお待ち。帰るのは旦那だけにしときな」


 それを止めて、辰之進さまはここに置いていけとおっしゃった。


 堀さまは寺社奉行の者だから大丈夫だろうけど、辰之進さまはそうでないからですって。


 さっき、わたしと一緒にいて襲われたのだからわたし達の仲間だと思われていて、件の陰陽師に目をつけられているはずだと。

 どこに彼等の目が光っているか分からない状況では、事が済むまでこの家に居た方が安全なのですって。


 ……わたしとしては辰之進さまとご一緒出来るのは嬉しいのですが……ご迷惑をお掛けして申し訳ございません……


 それを聞いた堀さまは目を見開いて驚き、


「なら先程の話しは戯言やホラ話しでは無く、お辰は本当に鬼共とやりあっておったのか……」


 信じられないってお顔で辰之進さまを見つめた。

 辰之進さまは黙って俯いてしまっている。

 

 堀さまは項垂れている辰之進さまの脇に置かれているお刀に視線を移すと、「見せてみろ」と手に取ると抜き放ち、それを見て目を見張っていた。


 辰之進さまのお刀の刃先は欠け、刃こぼれも目立ちガタガタになっている。

 素人のわたしが見ても、いかに壮絶な戦いだったかが一目でわかるほどだ。

 それに……


「……なっ!……これは血か!」


 お主、これは!と、乾いて所々黒くなっている血の跡を見て驚いていらっしゃったので、「あぁ、それはわたしの血ですよ」とニッコリ笑ってお答えしたら尚更に驚かれてしまった。

 あら、失礼しました。大丈夫ですよ。言葉足らずでしたね。


 そう言えば簡単にしかお話しをしていなかったことを思い出し、改めて式神に襲われたことについて詳しくお話しすると堀さまは困惑し、頭を抱えて黙り込んでしまった。

 対して辰之進さまが俯いたまま、


「……なんとも……不甲斐ないですよね……」


 今にも泣き出しそうな、押し殺した声で呟き始めてしまった。


「……わたしの腕では全く歯が立ちませんでした……」


 自惚れておりました。自分ではそれなりの腕前であると自負しておりましたがこの有様です!と嘆いていらっしゃる。


「幼な子一人満足に守り切れず、何が剣術家だ武術家だ……あまつさえ自分が助けられてしまうとは……今までの修行は一体何だったと言うのだ……」


 鬼をやっつけたのはおハナ師匠ですけどね。

 ちょっと引っ掛かる所もありますけど、不甲斐ないなんてそんなこと無いですよ。あの死神みたいな奴は辰之進さまがやっつけてくれたではないですか……


 そう言ったら、


「……それすらもおハルちゃんの力を借りてやっと倒せたのだ!」


 ───ダンッ!と畳を拳で叩かれビクッっとした。


 泣かないまでも悔しそうな声を漏らし、畳に俯してしまった。


「……あんな目に遭ったのにおハルちゃんは平然としているし……それに比べ、このわたしの体たらくさはなんだ……」

 

 余計に落ち込まさせてしまった。


 ハルは思わず駆け寄って慰めたくなったが、この状況では何を言ったところで無駄だろう、むしろ火に油だと考え、どうすれば良いのか分からずにただ辰之進を慈しむ目で眺めていた。


 そのまま暫くの間、重苦しい雰囲気が茶の間に広まっていたのだが……


「……どれ……」


 おタエさんがいきなり立ち上がると、「ちょっとお見せ」って、ヒョイっと辰之進さまのお刀を手に取ると抜き放ってジッと見る。


「成る程……これはあまり良いモンじゃないねェ……」


 数打ちだとおっしゃる。大量生産の安物のことらしい。


「そりゃ、こんななまくらじゃ鬼は切れんさ」


 鞘に仕舞うと辰之進さまに投げて返し、


「お辰よ。お前さんはどうしたい?」


 このままこの家に隠れていて、事が済むまで大人しくしているかそれとも……


 お刀を受け取った辰之進さまは、その鞘が割れんばかりに握りしめると、


「……いえ、叶うならばもう一度彼奴と立ち会いたい……そして次こそは……」


 さすがに鬼二体相手は無理だけど一体ならば倒してみせる!と、おタエさんに力強く答えた。

 おタエさんを睨みつける様に見返す鋭い目には闘志がみなぎっている。


 辰之進さまはそのまま堀さまへと向かうと、


「兄上!お願いしたき事がございます!」


 腰の物を自分に貸してくれと。

 あまりの希薄に堀さまはたじろいでしまった。

 

「今一度、あの鬼共と対峙し倒さねば、わたしの矜持を保つ事が出来ません!これからの自分を見失わない為にも必要なことなのです!お願い致します!」


 畳に額を付けて必死に頼み込む辰之進さまを見て、堀さまは驚愕し躊躇しておられた。


 可愛い妹のためにも素直に願いごとを書いてやるのが正しいのか、それとも女の身でそんな修羅道を進む様なことを止めるべきなのか思い悩んでいる様子だった。


 ……辰之進さまってば、だいぶ思い詰めていらっしゃったのですね……


 わたしとしてはそんな危なっかしいこと、よして欲しいのが本心なのですけど……きっかけを作ってしまった身としては何も言えないので、また黙ったまま大人しくしていたら……


「その心意気や良し!」

「いいねェ、若い子はそうでなくっちゃ!」


 鶴吉姐さんとおタエさんが妙に乗り気になってしまった。


 他の皆さんが呆気に取られている中、「……ほら、丁度良いのが……」「そうだね、アレ持ってくるか……」何やらお二人で盛り上がり、「ちょっと待ってな」と鶴吉姐さんが自室に行くと、すぐに細長い布包みを持って戻って来た。

 その布包みから出てきたのは一振りの、大きなお刀だった。


「お辰が使ってる大きいのよりも、ちょいと長いけどね」


 辰之進さまの普段お使いのお刀は二尺三寸程の標準的な長さらしく、鶴吉姐さんが今持って来たお刀は二尺七寸程はあって、ちょっと長めで反りも深かった。


 ……長さもさることながら随分と重そうですね……


「デカイ奴を相手にするなら大きい方が良いだろ?ほら、お辰、使えるかい?」


 って、ポイッと放って渡した。


 辰之進はその刀を受け取ると、神妙な面持ちでうやうやしく扱い、ゆっくりと鯉口を切ってその刀身を顕にする。


「───こ、これはなんとも……凄い業物ですね……」


 わたしはお刀のことなんて全く詳しくないけれども、その黒々と光る刃は最近の観賞用に作られた綺麗なお刀よりもずっと重苦しく凄みを感じた。


「銘は消されてるし古い物だがね、確か髭とか鬼とかを切る刀って言われた、ソコソコ良いやつだよ」


 笑いながら、これなら鬼もなんでもで切れるだろうさって。

 辰之進さまにそのお覚悟があり、これを扱えるならくれてやるよって気軽におっしゃっている。


 辰之進さまは暫しその抜き身のお刀をジッと見つめると、座ったままの姿勢でスッと上段に構え、重そうなお刀を軽々と振るい腰の辺りでビシッと止めた。


 ほぅ……っと、その一連の自然かつ綺麗なお姿を見ていて思わずため息が出てしまう。


 辰之進さまってば、見掛けによらず力がおありなんですね。


 姐さん方も、「まぁ、これなら大丈夫そうだね」と満足そうだ。


「……祖父からは野太刀の修練もさせられておりましたので……」


 少し照れ臭そうにしている辰之進であった。

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