敵襲!
放り出されて燃え上がる提灯の炎で辰之進さまの抜いた刃が鈍く光っていた。
辰之進さまのピリピリとした様子にわたしにも緊張が走る。
恐る恐る周りを見渡すけども、誰かがいる様には見えない。
満月の夜ではないけども、多少は月明かりがあるから真っ暗というわけでもないのだけども……
ただ真っ直ぐに闇を見つめ、黙ったままの辰之進を見ていてハルは不安に駆られていた。
……何⁉︎なに⁉︎辻斬り?強盗?もしかしたらさっきのスリさんのお仲間の報復?
ジリジリとした時だけが過ぎる。
気がつけば提灯と一緒に放り出されていたノアさんがわたしの足元に来ていた。
ノアさんを拾い上げるとぎゅっと抱きしめて小声で話しかける。
「……一体、何事でしょう……」
「お前さんにはわからないのかい!この重苦しい殺気が!」
え?殺気⁉︎
呑気なもんだね!と怒られた。
何ですかそれ?とノアさんに聞こうとした瞬間、辰之進さまがいきなりこちらを向くと、刀を持ったまま必死な形相で駆けてくる。
「危ない!おハルちゃん!」
抱いているノアさんごと辰之進さまに突き飛ばされた。
───痛いっ!
転んで打ってしまったお尻の痛みではなく、それとは別に左腕に熱い、ジンジンとした痛みを感じた。
慌ててその痛みの箇所を右手で押さえたら、羽織と着物が切れていて、直接肌を触るとヌルっとした感触が……
───え?まさか……これ……血?
驚いて座り込んでいると辰之進さまが駆け寄ってきて、背後から抱きしめる様に抱えられた。
「おハルちゃん!大丈夫ですか!」
腕は動くので傷はそんなに深くは無さそうだけど、突然のことに痛みより驚きが先に立ち、何が何やらで呆然としてしまった。
大丈夫です!と返事をしようとしたら、突然目の前を辰之進さまの刀がキラリと光って下から通り過ぎていき、ガインッ!と頭の上で鈍い音をさせた。
ヒィッ!
思わず身がすくみ、悲鳴を上げてしまう。
辰之進さまは震えるわたしを抱えたまま、飛び跳ねる様に後ろへと下がると、右手で刀を前に突き出し警戒している。
いつの間にかわたしも提灯を落としていたので、段々と暗闇にも目が慣れてきていた。
その突き出した刀の先に、辰之進さまが先程刃を交えた、恐らくわたしのことを傷つけたモノが朧げながらに見え始めた。
あれは……誰?……え?何?……
暗くて色まではよく分からないけど、狩衣姿に頭には烏帽子を被っている男がそこにいた。
その姿はまるでお貴族さまだ。
その者は能面の様に無表情で一言も発せず無言のまま佇んでいて、右手にはダラリと抜き放った太刀をぶら下げていた。
……しかし、よく見れば……
「あ、あの、辰之進さま……あの方は人では無い感じがしますね……」
あの独特な違和感のある存在は、人の姿はしていてもおそらく人外のモノだろう。
辰之進さまもそれには気付いている様で、
「……どうもその様ですね……ただ、明らかに此方に対して敵意を持っています」
辰之進さまのわたしを抱える腕に力が入る。
わたしと話しながらも相手から目を離さず、右手に持つ刀は烏帽子男に向けて牽制していた。
「理由は知りませんが……降り掛かる火の粉は払わねばなりませんよね……」
辰之進さまのお顔をよく見れば、すこし笑みを浮かべて紅潮されている。興奮なさっている様子だ。
しかしこのままでは戦えませんので……とわたしを下に下ろすと、烏帽子男の前に進み出て、
「何処の誰とは存ぜぬが、闇夜に乗じて襲い掛かるとは無礼千番!返り討ちにしてやろう!」
青眼の構えから烏帽子男の喉元に向かって、いきなり鋭い突きを繰り出した。
素早い動きで刀を突き出し、刺すと同時に左へと刀を薙ぎ払う。
やった!
躊躇せず急所を狙う辰之進さまにちょっと驚いたけど、その瞬間、辰之進さまの勝利を確信した!
しかし辰之進さまはすぐさま元いた場所に戻ると、再び青眼に構えて警戒している。
あら?っとよく見ると、烏帽子男は相変わらずの無表情のまま、何事もなかった様にそこに佇んでいた。
え⁉︎確かに辰之進さまの刀が烏帽子男の首に入ったと思ったのに……
驚いていると烏帽子男がゆっくりと動き出し、辰之進さまへと襲い掛かってきた。
━━━危ない!
烏帽子男が上段から大きく振るう太刀を辰之進さまが自分の刀で受けようとしたのだけど、刀がすり抜けてしまい、咄嗟に飛び退けることで間一髪難を逃れた。
え⁉︎何で?さっきは受け止めていたのに!
驚いて見ていたら、抱えているノアさんが、
「バカだね!ありゃ人外のもんだよ!人の刀が通じるもんかい!」
慌てて辰之進さまにそのことを伝えた。
え⁉︎向こうの攻撃は通じるのにコッチはダメなの?何それずるい!って思ったけど、「あの亡霊の深雪って子と同じだよ!」って言われて納得した。
わたしの一言で全て察して頂けたのか、
「成程。なら、さっきはおハルちゃんを抱いていたから彼奴の刀を弾けたのですか」
急いでわたしの元に戻ってきた。
……しかし……
「おハルちゃんと手を繋ぐと片手が塞がれますし、背におぶった状態では満足に動けませんし……かと言って、このまま逃がしてくれそうにもありません……」
烏帽子男がジリジリと近づいて来る。
わたしとしては辰之進さまと手を繋いだり、抱いて頂くのはとても喜ばしいことなのですけど、今はそんなこと言っている場合じゃないですよね……
ズキズキ痛む腕を抑えながら青ざめていると、
「バカだね!お前さんのその血が使えるよ!」
ってノアさんから、「アンタらの血は色々と強い力があるんだよ!急いでそれを刀に塗りな!」と言われたので慌てて、
「辰之進さま!失礼します!」
返事を待たずに急いで辰之進さまの持つ刀の刀身に、血の付いた掌で撫でる様に血を塗り付けた。
わたしの突然の奇行に目を見張って驚いていたけど、黙って見てくれている。
塗り終わって、よしっ!と辰之進さまを見上げると、
「よくわかりませんが、これは彼奴を倒す為に必要な事なのですね!」
阿吽の呼吸でわかってくれたようだ。
さすが辰之進さま!以心伝心ですね!
そう言い残すと、辰之進さまは烏帽子男に悠然と立ち向かっていった。
薄暗い月明かりの中、鈍い金属音と共に烏帽子男と辰之進が刃を交える。
暫くの間攻防が続いたけど、どうやら辰之進さまの方が優勢になってきた様だ。
わたしは抱きしめていたノアさんを降ろすと、一息ついた。
……ふぅ……これなら大丈夫そう……
ホッとしたら、さっき切られた左腕がまたズキズキと痛みだしてきた。
「ノアさん、わたしの傷見えます?大丈夫でしょうか?」
「擦り傷だよ!それ位で騒ぐんじゃ無いよ!」
それよりも……と、近くの木に視線を移す。
「あそこに白い鳥が見えるだろ!アレは不味いね!」
よく見れば、そこには確かに白っぽい鳥の様なものが見えた。
あらホントですね。夜なのに鳥さんが飛んでいるなんて変ですね?
「アレは恐らく式神だよ!」
式神?
今そこにいる奴とおんなじさ!と。
「アレを通してアタシらを見てる奴がいるのさ!」
え?誰が?覗き?でもそうすると何が不味いのかな?って考えてたら、
「タァー!」
辰之進さまの声が響き渡る。
慌てて声のする方を見ると、どうやら決着がついた様だ。
肩で息をする辰之進さまの前で、切られた烏帽子男は小さな人型の紙に変わり、二つに分かれると地面に舞い落ちる。
……なるほど。あれが正体なのですね……
そんなことよりもやりました!さすが辰之進さまだですね!
辰之進の勝利に喜び、駆け寄ろうとしたハルであったが、
「お待ち!また来るよ!」
ノアの叫び声に足を止めた。
え⁉︎また?
二度もいきなり切られるのはゴメンです!と、慌てて辺りを見渡し警戒していたら、辰之進さまの目の前に突然、二体の大きな鬼が現れた。




