浅雪姐さんの救出 その4
わたしが一人で行こうとしたら、「お前さん一人じゃ不安だよ!」ってノアさんがぴょんと肩に乗って着いてきてくれた。
辰之進さまは、「何かあったら直ぐに呼んで下さいね」と茶店で待機してくれている。
心配して頂けるのはとてもありがたいですけども、皆んなして心配し過ぎですよ!
ちょっとそこまで行って、土間にある水瓶にちょっとお薬を入れるだけなんですから。
簡単簡単!
番所の近くまでやって来て、チラリと中を覗くと予想通り中には人気が無い。
よし!と、目立たぬようにコッソリそのまま進んで行こうとしたら……
「オイッ!何してるんだよッ!」
肩に乗っていてたノアさんが、いきなりすれ違った人に飛びかかった。
何ごと!と驚いて、ノアさんが飛びかかった先を見たら、見知らぬ男が見慣れたわたしの巾着袋を持ち、ノアさんを払い除けていた。
え⁉︎なんで⁉︎
瞬間、今スリにスラれたことに気づいてビクッとしたけど、巾着袋は袂落としにして紐が付いているのを思い出し、慌てて紐を引くために身体を捻る。
しかし剃刀か何かで紐を切られてしまったのか、なんの反応も無かった。
───あの巾着は辰之進さまから頂いた大事な物なのに!
逃げ出す男を見て、スッと血の気が引き、慌てて追い掛けようとしたら、
「観念しろ!」
いつの間にか辰之進さまが駆け寄って来ていて、目にも止まらぬ速さでその男の腕を逆に取ると、地面に押さえつけた。
……良かった……
ホッとして胸を灘おろしていると、周りから「なんだ!なんだ!」と人が集まって来た。
当然、番所の中からも人が出てくる。
……あら、思ったより中に残ってらしたね……
大勢の者達に囲まれ、だいぶ目立ってしまった。
……しまった……コレは失敗ね……
お縄になったスリさんと一緒に番所の中へ入ると、羽織袴の方がお二人、他にも岡っ引きさんらしき方が三人程いらっしゃった。
……これは下手にノコノコ入っていかなくって良かったのかも……
ハルは一緒にいる辰之進と顔を見合わせると、お互いに苦笑いしあった。
スリにあったのは初めての経験だった。
ハルはお縄になって土間に転がされている彼を見ていて、
……ほんとにそんな格好をしてらっしゃるのね……
妙に感心していた。
以前鶴吉に、
「江戸にはスリが多いから気をつけなよ。アイツらは青梅縞の布子を着て、黒染めの琥珀織の帯をしめ、紺色の筒長の足袋を着けて雪駄を履いているからね。後、木綿の白い手拭いを肩に掛けるか腰にはさんでる若い男だよ!」
そう教わっていた。
スリは組織だった集団で、そのお仕事に矜持を持っているってのもあるのだけど、その組織の頭目と町奉行との間には持ち保たれつな関係もあるらしく、彼等は一目でスリとわかる格好をしているのだそうだ。
江戸でのスリはみんなこの格好をしてるんだって教わっていたけど、まさか本当だったとは……
まじまじと、お縄になっているスリを見ていたら、同心さんらしき人が尋問を始めた。
「おい、お前!何故こんな幼な子の懐を狙ったのだ?」
落ちるところまで落ちたものだな……と苦笑いしている。
まぁ!失礼なことおっしゃりますね!
「へい、旦那ァ……実は……」
どうもこのスリさん、わたし達がさっき鰻の屋台でノアさんに鰻をあげていたところを見ていたらしく、
「ガキたァいえ、随分と懐具合が良さそうに見えたもんでして、へえ、つい……」
ですって。
全く気が付きませんでした!
お外でお金を出す時は、気を付けなければいけませんね。
袂落としの紐を結び直したり、一応他にも取られたものがないか確認をしていたら、辰之進さまが同心さんらしき方達とお話しなさり始めた。
どうやら彼等はお兄さまである堀さまとお知り合いらしく、「おぉ、貴方が噂の妹御ですか……」とかなんとか、お話しする声が聞こえて来た。
辰之進さまはどこでも人気者ですね!って呑気にその様子を見ていたら、肩に乗っていたノアさんに、
「おい、お前さん!今のうちだよ!」
いきなり言われて、えっ⁉︎と慌て周りを見ると、同心さんらしき方々は辰之進さまのお側にいらっしゃって、岡っ引きさんらしき方達はみんな忙しそうにスリさんの側で何か作業をしている。
おそらく番所の中にいる方々はこれで全員だ。
なるほど、これはチャンスですね!
スリ騒ぎになった時は、失敗した……終わった……って思ったけど、逆にこれで良かったのかもしれない。
忙しそうにしていた岡っ引きさんだったけど、「ちょいとすみませんが、厠に行きたいのですが……」と話しかけ、「そこの勝手口を出りゃ直ぐにあるが……途中の牢には近くなよ!」と言われたので「はい!」と元気良く返事をし、そそくさと牢へ向かった。
牢に着くと格子の向こうに浅雪姐さんが倒れているのが見えた。
手足を縛られ、着物は汚れ、怪我もしている様子だ。
直ぐに格子まで駆け寄って、小声で呼び掛ける。
「……浅雪姐さん……無事ですか……ハルです……」
わたしの声にピクっと反応すると、重たそうに身体を動かして格子まで近づいて来た。
……あっ!……お顔も腫れている!
恐らくキツイ仕置きを受けたのだろう。
あの綺麗だったお顔が見る影も無い。
ハルは泣きそうになりながらここへ自分が来た理由を話し始めた。
浅雪はその話しを聞き終わると静かに頷き、身体を引きずって顔を格子近くまで持ってきた。
ハルは帯からガラスの小瓶を取り出すと、「では注ぎますね」浅雪の咬まされているさるわぐつの隙間から、瓶の半量程の液体を流し込む。
すると、それを飲んだ浅雪は眠る様に崩れていき、全く動かなくなった。
「……ノアさん……ホントに死んでません?大丈夫でしょうか?……」
「お仙を信じな!さぁ!ぼさっとしてないでここから離れるよ!」
ノアさんに急かされ、急いで辰之進さま達がいる場所まで戻ると、目くばせで辰之進さまに、「終わりました」とだけ伝えた。
ふぅ……よし!後はここから出るだけだ!
……と、そう思っていたのだけども……
先程のスられた時の口書、調書を取るために足止めをくらい、そうこうしている内に「牢に捕らえていた遊女が死んどるぞ!」と騒ぎになってしまって、結局番所から出た時には日もだいぶ落ちてしまっていた。
二人して提灯を持ち、暗い川縁を深川に向かって帰っていた。
木が鬱蒼と茂り、人気もなく不気味だけど辰之進さまがいらっしゃるから大丈夫!
自分にそう言い聞かせて鼓舞をする。
……でも……
「……さすがに色々あって疲れました……」
辰之進さまに抱かれているノアさんが羨ましいです。もう足が棒になりそう!
「わたしも思わぬ所で兄上の知り合いに会い、色々と質問攻めで大変でした……」
管轄が違えども、今回の事件でお互い情報交換をしているらしく、その件について色々と聞かれていたのですって。
「……知っていても言えないこともありますので……」
話しを逸らす為に剣術の話しにもっていったら、予想以上に食いついてしまい、尚更大変なことになったのだと。
……それはまたお疲れ様でした……
「そう言えば、辰之進さまがお使いになる剣術ってどの様なものなのですか?」
お稽古は一度見たことがあったけど、詳しくは知らない。
別に剣術に詳しいわけではないですけども、暗くて怖いので会話のネタが欲しかったのだ。
「そうですね……わたし習っている流派は意外に古くて……」
そう言うと辰之進さまは足を止め、いきなり提灯とノアさんを放ると腰の刀に手を添えた。
「え⁉︎いや、辰之進さま。別に今すぐここで見せて頂かなくとも……」
突然の辰之進の行動にハルは驚いたが、
「シッ!誰か……いや、何かが居ます!」
ハルに下がる様に言うと、辰之進はやおら大きい方の刀を抜き放ち、辺りを警戒しながらゆっくりと青眼に構えた。




