浅雪姐さんの救出 その2
吉原の方、正確には以前辰之進さまと一緒に行った投げ込み寺の西方寺へと向かった。
道中、ノアさんは辰之進さまが抱えて下さっているのですけど……色々な意味で羨ましいです!
わたしがノアさんを抱いて連れて行こうとしたら避けられてしまったのに……
……いいなぁ……辰之進さまに抱かれて……
ちょっと得意げになっているノアさんを恨めしそうに見つめながら、辰之進さまと連れ立って歩いていく。
ハルは気を取り直して辰之進に語りかけた。
「これから西方寺へ行きますのは、浅雪姐さんを番所から出す際につつがなくお外に出してもらえるようにするためです。そのためには予め浅雪姐さんの潔白を証明しておく必要があります。その状況を作るためですよ」
これは辰之進さまに対しての確認と覚悟の念押しだ。
そう言ってニッコリと笑いかけると辰之進さまは少し引きつったお顔になり、
「……確かに。仮初めの死にて番所から救い出す為には浅雪殿の潔白証明が必要との事は聞きましたが……」
うふふと笑って例の指輪を出して辰之進さまに見せる。
「……やはり結界を崩し、深雪殿の幽霊を吉原の中へ入れるおつもりですか⁉︎」
恐ろしいことをお考えだ……と、指輪を見て慄いていらっしゃる。
あら、お話しが早いですね。さすが辰之進さま!でも少し違うのですよ。
「いえ、結界は壊さない方向で行きます」
結界を壊しちゃうと色々と面倒になることを伝えて、
「深雪姐さんにはすんなりとお入り頂けます様に、ちょっと変わって頂くのですよ」
そのためにお寺に向かうのです。と。
辰之進はハルのにこやかに笑っている顔を見ると一旦立ち止まり、きつく目を閉じて暫し考え込んだ。
やおら目を開けると神妙な顔付きになり、ノアを抱き直すとそのまま黙ってハルの後をついて歩き始めた。
西方寺の無縁仏の場所へと着いたので、いつもと同じ様に辰之進さまに支えてもらう。
今回はノアさんの目もあるし、前回とは比べ物にならない程力を使って大変だろうから、わたしも真面目な顔で準備をする。
「さて……では参ります。辰之進さま、宜しいですか?」
辰之進は黙って頷いた。
深雪姐さんのことを思い浮かべながら指輪に力を込めていく。ここまでは前回と同じだ。
程なくして深雪姐さんの幽霊、いや前回最後の方で変化していった怨霊が現れてくる。
前回は怖くなってここでお帰り願ったのだけど、今回はここから先へと進まなければ行けない。
軽く深呼吸をして気合を入れる。
「深雪姐さん……いえ深雪さま。どうぞお怒りをお鎮め下さいませ」
更に指輪へ祈る様に力を込めていく。
お仙さんの計画はこうだ。
「あの深雪って子は死んだ後に幽霊から亡者になってまでして人を殺し回ってるんだろ?子を思う母の力は強いねぇ。中々担力のある子じゃないか。見上げたものだよ。それくらい力の強いモノならハル坊が力を与えてやれば……」
神さまにだってなれるだろうさ。ですって。
「元来この国の神々はね、祈れば無差別に人の事を助けてくれるかも知れないって言う何処ぞの国の神とは違ってね……」
自然の力とか、およそ人外の現象に対して畏れ敬う人々の思いからきたんですって。だから沢山いらっしゃるのだよ。って。
太陽とかの自然の恵に感謝する対象が神さまとなっていったものもいれば、災害とか、頼むから大人しくしていてくれとお願いする対象が神さまにもなっている。
その中でいわゆる亡霊崇拝、御霊信仰とか言うのがあるそうで、有名なのが鬼子母神さまとか菅原道真さまとかがそれにあたるらしい。
「その深雪って子の怨霊も、そのままほっといても勝手に神格化されるかもしれないけどね」
今回、それを長々と待っている訳にはいかないのでわたしの出番だ。
この神さまに関与する力をもってすれば、即席神さまの出来上がり!ってことらしい。
そのままわたしの深雪姐さんに対しての思いを力として込めて行くと、さっきまでの禍々しかった怨霊としてのお姿から、段々と神々しい雰囲気に変わっていき、お顔も穏やかなものへと変化してきた。
「……これはなんとも……罰当たりと言うか……いや……寧ろコレが本道であるというのか……」
お声がしたのでチラッと上を見ると、辰之進さまは目を見開いて慄きながら、ぶつぶつと何かおっしゃっている。
ノアさんは……と探すと近くでつまらなさそうに寝ていらっしゃった。
ノアさんにとっては興味の無いことらしい。
暫くするとその変化したお姿が安定してきた様なので、
「深雪さま。ご降臨頂きありがとう存じます。この度お呼びだて致しましたのは今……」
浅雪姐さんの現状をお話しして、お力添えを願い出る。
「今の深雪さまでしたら、そこの吉原へも難なくお入り出来るかと存じます。何卒よしなに……」
そう言うと、深雪さまは菩薩さまの様なお顔で「諾」と一言だけ発するとその場からお姿を消された。
お姿が見えなくなってもまだ指輪にわたしの力が吸い取られていく感じがする。
「お姿が見えなくなったのですから、もう力を抜いてもいいと思いますか?」
上を見上げて辰之進さまに尋ねると、
「まだだよ!力を抜くんじゃ無いよ!」
さっきまで寝ていたと思ったノアさんに叱られた。
今まさに深雪さまは吉原に向かって行ってる最中なので、力を抜いてはいけないらしい。
事が済んだらノアさんにわかるらしく、教えてやるからこのままでいろと言われてしまった。
───あら、これは思ったより大変ですね!
脂汗を垂らしながら踏ん張るハルを、辰之進は心配そうに見つめながら抱える腕に力を込める。
「おハルちゃん!しっかり!」
辰之進さまから応援されている!頑張らねば!
暫くその状況が続いた。
ハルは必死に力を込め続けるが……
……もうそろそろ限界です……意識も朦朧としてきました……
「よし!もういいよ!」
意識が飛ぶ寸前で、やっとノアさんからのお許しが出たのですぐさま力を抜くと、そのまま崩れる様に辰之進さまにより掛かった。
「ふー。やっと終わりました……」
一仕事やり終えたと晴々とした笑顔のハルとは対照的に、辰之進は神妙な顔付きで俯いている。
「……そうですか……終わった、と言うことは件の楼主は今頃……」
そうですね。深雪さまが本懐を成し遂げたと言うことですから当然お亡くなりになったと思います。それがどうかしましたか?と尋ねると、
「……これで……良かったのでしょうか?……」
そんなことおっしゃられましても……どうお答えすればご満足頂けるのでしょうか……
「そうですね。良いか悪いかはわたしには判断出来かねます。何せ神さまがなさったことですから」
でも正直、自業自得だと思いますよ。とニコリと笑いかけると、
「そうですね。人を死に至らしめる結果を作り、あまつさえ、その子を飲んだりしたのですから……」
きっと他にも何人もの遊女達が苦しめられたはずでしょうし、これは天罰ですよね。と自分に言い聞かせる様におっしゃると、少しは胸の支えが取れたのか、安堵なさったお顔になった。
……まぁ辰之進さまがそれでご納得なさって下さるのでしたらそれでも構いませんが、わたしとしてはその楼主さんが何をなさってても知ったこっちゃありません。
わたしの周りの者達を傷付ける様な行いをしたので、わたしの気分を害したということに対しての報いなのですけどね……
あくまでも自分中心の考えだ。しかしハルはそんな事はお首にも出さずに、
「さ、辰之進さま。ここでのお仕事は終わりましたので、次はいよいよ浅雪姐さんの救出に向かいますよ!」
疲れた体に鞭を打ち、笑顔を見せて浅雪の捕まっている番所へと向かった。




