農村の生活 その2
持ってきた小昼を作業していた人達に配り終わったら、自分の分も一つ取って母と兄の間に座って食べ始めた。
今日の小昼は「ひゅうず」だ。半月型をしたお饅頭みたいな物で、今日のは中にはお味噌が入っていた。
わたしの好物だ。
一口食べると、もちもちした触感の中に甘い味が広がってくる。この前、祖母と一緒に作った水あめを、今日はわたしも小昼を一緒に食べるだろうからと、甘いもの好きのわたしの為にワザワザお味噌に入れてくれたのだと思う。嬉しくなっていっそう美味しく感じた。
この水あめ、大麦を臼で粉にするのは父がやってたけど、その後の長い時間煮込んだりとかは、わたしが一人でやったんだ。大変だったなぁ……
あっという間に二つ、三つと平らげ、もう一つ、と目の前の籠に手を伸ばそうとしたら……
籠を挟んで目の前に座る、煙管を燻らしながらわたしの事をジッと見つめる父と目が合った。
言わなくても分かる。その目は食べすぎだと言っている。
バツが悪くなったわたしはすぐ手を引っ込め、視線をずらした。
……あぁ……今日はいい天気だなぁ~
空を見上げてたら、さっきお地蔵さまに言われた事を思い出した。
「あ、そう言えばおっ父ぅ、明日、明後日には嵐が来るって」
「はぁ?こんないい天気なのにか?何を言ってるんだお前は」
「だって、お地蔵さまが言ってたもん」
「お地蔵さま?」
また変な事を言い出したよこの娘は……そう言わなくても、目がそう言ってる。
おっ父ぅは怪訝そうな顔をしているが、隣に座る母と兄は苦笑いをしている。
「まぁ、こいつが突拍子も無い事を言うのは、今に始まった事じゃないしな」
頭を撫でながらフォローしてくれた。撫でられるのは嬉しいけど、お兄ぃってば、何時も髪がぼさぼさになるまで撫でるのよね……力入れすぎ!今も頭がぼさぼさだ。
「それでもよく『当たる』もんだから無下にも出来ねぇしな。そういやおっ父ぅ、嵐が来るんでも来なんでも、山ん中の共同小屋の屋根、そろそろ直さねぇとまずいんじゃぁねぇか?」
畑の先にある山の方を見つめると、父もつられて後ろを向いた。
その隙にハルは籠に手を伸ばし、ひゅうずつかみ取るとひょいっと口の中に放り込み、ぼさぼさ頭を手櫛で整えた。
「そうさなぁ。今日の分の作業は終わっちまったから丁度いい。午後から皆で直しに行くとするか」
煙管の火をプっと噴き出し、よっこらと腰を上げてみんなが集まってる方へ向かっていった。
あれ?おばぁに家の事はいいから、午後から畑仕事で手伝って来いって言われたんだけど……
母にそう告げると、少し目立ってきたお腹を摩りながら「わたしは山に入らねぇで家にけえるから、一緒に戻って、妹達と遊んでるかね」と言われた。
それもいいかな?と少し考えたが、籠を見るとまだひゅうずは少し残ってる。なら、とその籠を指さし、
「これ余ってるんなら、わたし、お社さまんとこにお供えしてくるね」
「えぇけど、日暮れまでには帰ってくるんよ。あと、ちゃんとお供えせんといかんぞ」
笑いながら許可してくれたので、「ハーイ!」と大きな返事をしながら丘に向かって駆けて行った。
村を見下ろす小高い丘の山頂に、少し開けた場所がる。
そこには年代を感じさせる古ぼけた小さな鳥居があり、そこを潜るとハルの背丈とそう変わらない、小さな社があった。社もまた古く、今にも壊れそうだったが、境内はハルがよく来て草取りや掃除をしているお陰で小ざっぱりとしている。
ハルは社に向かうと、
「お社さま、いらっしゃいますか?ハルです。遊びに来ました」
呼びかける。すると社の後ろから真っ白な狐が現れた。
お社さまだ。
社にはハルが両手で持てる程の小さな石が祭ってある為、村の人達の中にはここをタマ様のお社と言う人もいたが、ハルはただお社さまと呼んでいた。
お社さまの毛並みは何時見てもウットリする位、見事に真っ白だ。初めて合った時はただのキツネだと思ったので「あっ!白キツネだ!とっ捕まえて、お父ぅに褒めてもらおう!」などと考えて、捕まえようとした事は内緒だ。まさかこの村の神さまだったなんて……今ではハルの大事な友達だ。姉の様でもあり、また色々な事を知っている先生でもある。
「おや、おはるかね。元気だったかのぅ?」
「あい。お陰さまで。今日はお供え物を持ってきました。おばぁが作ったの」
これ。と、持って来た籠を出す。
「おぉ、お前のおばぁの作るもんは美味いからの。楽しみじゃ」
さて、このままじゃ食べられんからの……と言うと、スッ姿が変わり、白いキツネから少女に変化した。
その年恰好はハルとそう変わらない。並んでいると同年代に見える。はるは何時だったか「お社さまって、お幾つなのかしら?」と聞いてみた事があったが「女性に歳を聞くもんじゃない!」と怒られたので歳についてはよく知らない。少なくとも、見た目と違うことは確かよね……
「どれ、一緒に食べるかの」
境内の端にある大木に腰掛けて、二人して楽しそうに食べ始めた。