お仙さんのお店へ
他にも吉原には陰陽師の呪法が絡んでいることが色々有るらしく、そもそも元吉原から移転する際に本所も候補に上がっていたのになぜ浅草に新吉原が置かれたのか……とか、五十間道が曲がりくねっている理由は将軍様が鷹狩りで側をお通りになる際に、色街である吉原を直接見えない様にするために曲げた訳では無く、反閇、禹歩のため……とか、五十間道の入り口にある見返り柳は五行と絡めて北斗七星の……などと色々語ってくれた。
なるほど。これはわたしにちゃんと勉強しとけってことですね。
でもすいません。難しくって半分もわかりませんでした!
ともかく吉原ってば面倒くさい土地だということは分かりました。
でも今はそんなことはあまり重要では無い。
もっと気になることがあった。
姐さんのお話の後、堀さまがポツリとおっしゃったことの方が大問題だ。
「……それに丁度、今時分は月番で町奉行が北から南に変わる時でな……」
南町奉行与力、橋本殿が取調べに出てくることになりそうだ……と、おっしゃる。
どうもこの人、その取り調べ方というか、その本人の性質に難ありらしく……
「彼奴は白を黒にもする事で有名な者であってな……」
その点は周りから認められているらしいけど、仲間内では「糞問いの橋本」との通り名で、違う意味で一目が置かれ忌避されているらしい。
あまり聞きなれない言葉だった。
「クソトイとはなんですか?」
わたしの問いかけに、「御婦人方の前では少々憚られるのであるが……」とわたしと姐さんの顔を見ながらものすごく言いにくそうに口を開いた。
「……取調べにな、その……人の口に、肥えをだな……」
要するに取調べをする際に、床に大の字で縛り付けると、轡を噛まして、肥桶から糞尿を無理矢理口に注ぎ込むんだって!
お話しを聞いていて身の毛がよだった。気持ち悪い!
「コレをされてしまうと、どんな者でも口を割るか、気がふれてしまうかそれで亡くなるか……」
いずれか三つしかなく、耐えられる者はおらず、誰も逃れられたことがないそうだ。
そりゃそうでしょうとも!何それ!なんて野蛮な!何てことしてるの⁉これだから未開の蛮族は……
ジィーっと、汚らわしいものを見る目で堀さまを睨むと、「い、いや、勿論、某はそんな事はやらんぞ!」って慌てていらっしゃる。
……本当ですか?……
で、その方の取調べが早くとも今晩か明日になるらしい。
こうしちゃいられない!
どうすれば浅雪姐さんを助けられるのかしら?
無い知恵を一生懸命に絞る。
番所に行って、「幽霊の深雪姐さんが真犯人ですから浅雪姉さんは解放して下さい!」って、乗り込んでいっても意味がないことぐらいはわたしでもわかります。
……ようは浅雪姐さんの疑いが晴れれば良いのよね?
なら……幸いまだ件の楼主さんはご存命らしいから、その方が他の者達と同じ様な状況で今すぐ亡くなってしまえば……浅雪姐さんは番所で捕まっているのですから嫌疑が晴れるかしら?
そうだ!良い事を思いついた!
吉原には五行の結界があるから、悪霊になってしまった深雪姐さんの幽霊が入れない訳でしょ?なら、取り敢えず五十間通にあるお稲荷さまの所へ行って、そこの神さまに訳をお話ししてちょっとどいて頂ければその五行は崩れるはずよね?
そうすれば深雪姐さんは吉原に入れるようになる!
それなら美雪姐さんの無念も晴れるし、浅雪姉さんの嫌疑も晴れるかも!一石二鳥だ!
……そうね……そのお稲荷さま、もしお話ししただけではどいてくれないようでしたら……
「おい!おハル!」
突然、姐さんに肩を掴まれて呼びかけられた。
「お前、酷く悪い顔になってるよ……」
自分で気が付いてるかい?って。
ハッとして周りを見渡すと、堀さまが慄いたお顔でアワアワとしながらこちらを見ていて、辰之進さまも目を見開いたまま固まっていらっしゃった。
あら、これはお恥ずかしい。オホホ……
「大方、吉原の結界を何とかしようと思ってるんだろうが、関わっちゃならないと言っただろ」
お見通しですね。釘を刺されてしまった。
でもこのままでは……と姐さんに縋りつくも、「ダメだ」と取り付く島も無い。
それでも何とかしたいって駄々を捏ねていたら、
「……いくら言っても駄目なのは変わらないよ。あたしは許可出来ないから、それでもどうにかしたいってんなら……」
お仙に頼みな、と。投げやりに言われた。
なんだかんだ言っても、鶴吉姐さんはお仙さんに頭が上がらないらしい。
そんな訳で辰之進さまと堀さまを家に置いて、すぐにお仙さんのお店へと向かった。
表から入るなと言われているので、裏に回ってに黒猫のノアさんを探した。
屋根の上で気持ちよさそうにお昼寝しているのを見つけ、
「ノアさん!お休みのところすいません!急ぎでお仙さんにお会いしたいの!」
無理やり叩き起こしてお店の中へ入れてもらった。
不貞腐れているノアさんに案内され、以前来た時と同じ、色々な物が散逸していて、わたしにとってはちょっと懐かしさを感じる家具とかが置いてある部屋に案内してもらい、「ちゃんと大人しくして待ってるんだよ!」お仙さんを呼んでもらった。
程なくしてお仙さんはいつもの笑顔で現れたのだけど……
「鶴吉から話しは聞いてるよ」
開口一番、いつもの軽い口調でなく真面目なお声に思わず背筋が伸びた。
「面倒な事に首突っ込んでるんだってね」
既に昨晩の内に姐さんからお仙さんに話しがいっているらしく、「ハル坊がウチに来るだろう事は聞いてたよ」と言われてしまった。
……姐さん方の掌ですね……
「しかし何でまたハル坊は、その遊女達にそんなに一生懸命なんだね?」
可愛がってもらっていたのは知ってるが、数ヶ月のことだし、肉親でもないのにって。
言われてみればその通りだ。
何でわたしここまでするんだろう?
お仙さんに言われて考え込んでしまった。
よくよく考えてみたら、初めは勢いだけで、その後は意地をはっていただけのように思う。
その内にどんどん深みに嵌っていって……途中で怖くなって投げ出そうともした。
そうだ。この件が明らかに自分の中で重要なことになったのはあの指輪を渡されてからだった。
おそらく、前世での記憶はもう大分薄れてきているのだけど、その時の感情はまだ強く残っているんだと思う。
あの指輪を見た時、深雪姐さんや浅雪姐さん、そのお母さまの方々、そして亡くなったお母さんの思い出が一斉に押し寄せてきてとても胸が苦しかったのを覚えてる。
当然、故郷にいる今世でのお母さんや妹達の家族も大切なのだけど、深雪姐さんや浅雪姐さんに、かつて亡くなってしまった前世でのお母さんの面影を重ねていたのかもしれない。
死してなお、子のことを思う深雪姐さんはとても怖いとは思うけど、もし自分が深雪姐さんの子だったら……当然辞めて欲しい気持ちが先に立つけど、でも愛されているんだって、嬉しい気持ちもある。
正直、ちょっとだけ羨ましいなって思った。
もちろん、人を殺すことは良くないことだ。
人という動物が集まって人間として社会を育むためには必要不可欠なお約束ごとだ。それがちゃんと守られるかは別として。
感情だけで行動をおこしては野生の動物となんら変わらない。
それがまかり通るのは神さまだけだ。
……でもね……
深雪姐さんはもう人じゃないのよね……それに……
わたしが暫く考え込んでいるのをお仙さんは黙って見守ってくれていたのだけど、わたしが顔を上げてお仙さんを見つめると、
「おや?良い目付きになってきたね」
含みのある笑いと共に、
「どうやら色々と吹っ切れたらしいね」
こちら側の自覚が芽生えてきたようだね、と。
「はい。深雪姐さんや浅雪姐さんはわたしの大事な人だからどうにかしたいだけです」
ただの、わたしのわがままですよ。とニッコリ笑って返答した。
そうよね。目の前にいるお仙さんもそうだけど、わたしも人外の一員だ。
なら、感情の赴くまま好きにさせて頂きます!
当然そこには相応のリスクも付随するのは承知の上ですよ!




