浅草からの帰宅後
辰之進さまが家の前まで送ってくれた頃にはすっかり日も落ちて暗くなったので、提灯を用意してお渡しをした。
「ありがとう。今日は色々と大変だったね」
いえいえ。こちらこそ色々とありがとう存じました。
今日はもう遅いので堀さまには明日、わたしがご報告しに行くとして、辰之進さまはそのまま家である道場に帰るのだけど、八右衛門さまにはまだ調査中だと伝えるらしい。
「……流石に全てをそのまま伝える訳にはいかないからね……」
それはそうですよね。
そのままお伝えしても混乱させるだけでしょうし。
わたしだってまだ心の整理がついていない。
「わたしも鶴吉姐さんに相談して色々と決めますので」
そう言って辰之進さまを見送り家の中に入ると、怒られるのを覚悟してから姐さんの居らっしゃる茶の間へと向かった。
茶の間には既に夕食の支度がされていて、姐さんも既にお酒をお呑みになっていた。
「おや、遅かったね。サッサと食っちまいな」
特に何も聞かれなかったので先にご飯を食べてから今日のことをお話しすることに。
食事を終えてから今日の出来事を細かくお伝えした。
怒られるのを覚悟していたのだけど、すべて聞き終わった姐さんは、
「バカだねお前は。寺に行った後サッサと帰って来れば余計なものを見ずに済んだろうに」
とそれだけで、意外にも素っ気ない対応だった。
幽霊の深雪姐さんのこともお話ししたのに平然としているし、怒られもしないので逆に不安になってしまい、
「……あのぉ……姐さん、わたしが吉原に行ったこと、怒って無いんですか?」
「なんだい?怒られたいのかい?」
ギロリと睨まれ、思わず大きく首を横に振る。
「お前は吉原の中には入んなかったんだろ?」
なら良いと言われた。
「この件は深入りするなと言ったろ。油が勿体無いからサッサと寝ちまいな。明日はちゃんと堀さまのとこ行ってふんだくってくるんだよ!」
そう言って姐さんは渋いお顔でそのままお酒を呑み続けていた。
翌朝、朝食を済ませて堀さまの所へ行く準備をしていたら、
「おハルちゃん、大変だよ!」
辰之進さまが家に飛び込んできた。
「辰之進さま⁉︎どうされたんですか?」
突然の訪問に、喜びよりも不安が先に立つ。
「昨晩、浅雪殿が番所に捕らえらていったそうだよ!」
……嫌な予感が当たってしまった……
「なんでそんな急に!昨日辰之進さまがお会いした時はそんな様子じゃなかったんですよね⁉︎」
辰之進に詰め寄るハルであったが、
「ごめんね。わたしも詳しい事はよく知らないんだ。詳しくは直接兄上から……」
辰之進さまが後ろを振り返ると、そこには堀さまが息を切らせながら立っていた。
あら、ご一緒だったのですね。
失礼致しました。と、ご挨拶をする。
その堀さまのお話によると……
吉原の中には町奉行所の岡っ引きが常駐しているのだけども、どうもわたし達がお会いした後、その者達に浅雪姐さんは捕らえられてしまい、昨晩の内に番所へ連行されていってしまったそうだ。
その話しを今朝方堀さまは知ったらしく、慌てて辰之進さまの所へ例の件はどうなっているのだ!と確認しに行ったらしい。
「一応、件の日本橋店主殺害の嫌疑にて捉えられているのだか……」
昨晩から上の方々の間では、町奉行の先走りだ!誰の責任だ!とか、これで此方の件も片が付くぞ!と安堵する者達もいるとか、色々とゴタゴタしてしまっているらしい。
三奉行が絡むと、面倒なことになるっておっしゃっていましたものね……
「こちらの上の方での見解としては色々と面子もあり……」
少なくともお寺の住持の件だけでも、町奉行に捉えられた浅雪姐さんではなく、他の者が犯人であって欲しいらしい。そしてできればその者を寺社奉行が捕えたいのだそうだ。早急に。
そのため急いで辰之進さまと共にわたしの所まで来たのだと。
そんな事おっしゃられましても……
辰之進さまに視線を移すとコクリと頷かれてしまった。
……これはわたしがお話しするべきと言うことですか……
「あの……堀さま……昨日辰之進さまと色々調べて回ったのですが……」
昨日のことを全てお話しすると、堀さまは頭を抱えてしまった。
「……要するにこの全ての件、その遊女の深雪が亡者となって行った事だと申すのか……しかもその妹御もそれに加担せしめる様な事を申しておるとか……」
堀さま、またお顔の色が酷くなってますね。大丈夫ですか?
それでは町奉行もあながち間違っておる訳ではないのか……と悲観にくれていらっしゃる。
困ったことに殺害の仕方がわからなくとも、現状一番の容疑者は浅雪姐さんだ。なにせ動機もしっかりとある。
そうすると、もしかしたら深雪姐さんがおっしゃっていた残りの一人を、浅雪姐さんが殺してしまったから捕まってしまったのかしら!
心配しながら堀さまに訪ねたけれど、「いや、まだ嫌疑がかかっている状況でしかない筈だ。実際に人死にが出たとの話しは聞いてはおらぬ」とのことだった。
それならば良かった。と胸を撫で下ろし、ちょっとほっとした。
「しかし、その楼主が身の危険を感じ、捕えさせたのかもしれぬな……」
堀さまのお言葉にちょっと引っ掛かった。
……もしかして……わたしが辰之進さまにお願いして浅雪姐さんにお会いしてもらったから、この事態に発展してしまったの?
辰之進さまと浅雪姐さんが会っているのを見て楼主が何かに気が付いたとか、浅雪姐さんがわたしに指輪を託したから思い切って行動に出たとか……
え?そうだとすると、わたしのせい?
スッと血の気が引いた。
また余計なことをしてしまった!
わたしと堀さまが共に頭を抱えて考え込んでいると辰之進さまが、
「……しかし良く分からないのですが、何故あの深雪殿の幽霊は、吉原の楼主である西村殿を今まで殺害できなかったのでしょうか?」
たしかにそうだ。
その楼主さんは姐さんの子を飲んでしまった者だから深雪姐さんに狙われているのだろうけど、吉原の者なら一番身近なはずだ。すぐにでも殺されていてもおかしくない。
正直、わたしにとってはあったことも無ければ全く知ら無い人だし、そんな人に同情なんて出来やしない。
さっさと深雪姐さんにやられてさえいれば浅雪姐さんも……
あまりのことに混乱して、考え方がどんどんと怖いことになってしまい、思わず思ったことを口に出してしまいそうだった。
……危ない危ない……
玄関先で三人揃って頭を抱えていると、二日酔いの姐さんが、「なんだいあんたら、朝っぱらから煩いねぇ……」と顔をしかめながら土間にやって来た。
途中からわたし達の話しを聞いていたみたいで、
「あんたらそんな事も知らないのかい?あの吉原には悪鬼除けに結界が張られてるからに決まってるじゃないか。そりゃずっと中に居る楼主は安全さ」
って、あくびをしながらつまらなそうにおっしゃる。
「結界?ですか?」
少なくともわたしは知らなかった。
辰之進さまを見るとわたしと同じように知らなかったようで驚いていらっしゃる。堀さまも同じだ。
「おや、おハルは知らなかったかい?今の新吉原には稲荷社が五つあるんだよ」
お話によると、吉原の四隅には稲荷神社が置かれていて、入り口の五十間道にも稲荷神社があるんだって。
「そう言えばありました」
吉原の中は入ってないので知らないけども、辰之進さまを見送った時に五十間道の曲がりくねった脇に見かけた。
その時はなんでこんな田んぼにお稲荷さまが……って思ってたんだけど……
「その五つの稲荷社を繋いで五芒星、五行を結びんで結界としてるんだよ。あそこは元吉原から移った時に陰陽師がからんで作られたからね……」
土御門め……と、含みのあるお顔で忌々しそうにそうおっしゃる。
姐さん、何かその方と因縁がおありな様ですけど怖いからつこみませんよ!
その後も、まだ昨晩のお酒が残っているのか姐さんにしては珍しく詳しく説明をしてくれた。




