深雪姐さんの幽霊との対面
西方寺は吉原からそう遠くない所にある。
ここは吉原の賑やかで華やかな雰囲気とは一転して、日もまだ高いのに陰鬱で重苦しい雰囲気が漂っている。
「おハルちゃん、このお寺の何処まで行かれるのですか?」
「そうですね。わたしの力の影響が及ぶ範囲まで近づこうと思いますので……」
無縁仏が埋葬されている場所まで来た。
「では、辰之進さま。宜しくお願い致しますね」
辰之進さまがわたしをそっと抱きしめてくれる。
普段ならこんなに密着されていると嬉しさのあまり顔がニヤけてくるのだけど、今回ばかりは真面目な顔付きになり、深雪姐さんを思い浮かべながら握る指輪に力を込めていく。
余計なこと考えて変なの呼んじゃったら大変ですからね!
けっこう力を持っていかれたけど、膝がふらつく程では無く、予想通り深雪姐さんの幽霊が目の前に現れてくれた。
白いお着物を着てらっしゃって、廓言葉でなく普通の口調だったけど、いつもの見慣れた深雪姐さんだった。
怖いけど、ちょっとホッとした。
「成る程……これは確かに浅雪殿とそっくりですね……」
頭の上から辰之進さまの呟きが聞こえてくる。
「ご無沙汰しております。ハルです。お休みのところ無理に起こしてしまい申し訳ありません。どうしてもお話しが聞きたくて……」
例え幽霊だとしてもここにいるのは深雪姐さんだから大丈夫!
そう自分に言い聞かせて一旦深呼吸をし、勇気を出してここへ来た理由の説明をしてお話しを聞いた。
端的に言ってしまえば、やはりあの三人を殺していたのは深雪姐さんだった。
これは予想の範疇であったけど、他にも数人程同じ目にあわせていたらしく、更にもう一人を殺す予定だとか……
……うわぁ……
予想以上に酷いことになってしまっていますね。
「一体、深雪姐さんに何があったのですか?」
もはや怖いというよりも訳が分からず混乱してしまった。
わたしの問いかけに深雪姐さんは暫く黙ったままだったけど、わたしの目をジッと見つめると、
「ハル坊。あたしに子が出来て、それを降ろしてしまったのは知ってるね?」
はい。とコクリと頷く。
「アレは望まぬ子降ろしだったんだよ……それどころかね……」
そのお話しを聞いていて胃液が逆流し、吐きそうになった。
なんでも、嫌がる深雪姐さんを無理矢理押さえ込むと、中条の女医さんが強引に胎児を取り出し、その後、その小さな胎児は天日に干されて擦り潰し薬とされてしまったそうだ。
え⁉︎薬?胎児を飲むの⁉︎
想像していたらクラクラしてきた。
思わずふらつき、慌てる辰之進さまに支えられる。
わたしが呆然としているのを見て辰之進さまが代わりに、
「……では、もしや返せと仰っていたのは……」
「そうだよ。あたしの可愛い子をね。それを探し回っているんだよ」
バラバラになっていては可哀想だろ?と、冷え冷えとした笑みでお話ししなさるけど、それは決して笑ってなどいない。見ていると背筋に冷たいものを感じる。
でも、長寿の薬としてその粉末を飲むんだそうだけど、それで殺されてしまっては意味が無いわよね……
そんな余計なことを言う元気も無ければ、そんな雰囲気でも無かった。
「……後は、残り一箇所なんだけどね……」
それさえ回収出来ればあたしも成仏するんだが、これが難しくてね……っと乾いた笑いでおっしゃっている。
幽霊である深雪姐さんに、難しいと言わしめる場所なぞあるのだろうかとも思ったけど今はそんなことは関係ない。
確かに酷い話しだ。想像するだけで目眩がする。深雪姐さんの無念ももっともだと思うけど、正直に言わせてもらえれば既に亡くなってしまった者よりも、今生きている者の方が大切だ。
「そんな!深雪姐さんの無念は分かりますが、そのせいで今まさに浅雪姐さんに嫌疑がかかって大変なことに……」
涙目になりながら、
「そんな中でまた殺すのですか?さすがにもう浅雪姐さんの身が危ないのでやめて下さい!」
と訴えるも、
「あたしが息を引き取る前に、あの子にはあたしが死んだらこうする事はちゃんも言ってあるよ。それにね……」
深雪姐さんが本懐を果たせなかったら、代わりに浅雪姐さんが跡を継ぐ約束をその場でしたらしく、
「足りない分はあの子がここへ供えに来てくれるとさ」
優しい子だろ?って高笑いされていますが、いえいえ、どちらも怖いですよ!
驚きで涙も引っ込んだ。
浅雪姐さんを見る目も変わってきそう……
呆然としていると、高笑いと共に深雪姐さんのお姿が段々と変わっていく。
あの、優しく皆んなから好かれていて、美しくて気高かったあの深雪姐さんの面影はすでに無い。
今目の前にいるのは怒りと怨みに狂った、鬼の様な形相のまさに亡者そのものだった。
元が美人であるからより一層その凄みを増している。
驚いてて思わず後退さりして逃げ出そうとしたけど、辰之進さまにガッチリ掴まれていて身動きが取れない。
嬉しいですけど、今は離して欲しいです!と慌てて上を向くと、辰之進さまはその亡者に魅入られているのか、引きつったお顔で固まっている。
わたしを抱く手が徐々に力が入り締め付けられていく。
「た、辰之進さま!痛いです!」
その声で気が付いた辰之進さまは「ごめん、おハルちゃん」と腕の力を緩めてくれたけどもお顔は依然険しいままだ。
「痛かったかな?申し訳ない。しかし……これは少々不味いのではないですか?」
わたしもそう思う。
明らかに尋常ではない。
呑気にお話しなんて出来る雰囲気では無い。
一刻も早くこの場を離れたい。
「……なら、もうお帰り頂いたほうが宜しいでしょうか?」
聞きたいことは聞いたというか、もうどうしようもないことが判ったので、これ以上深雪姐さんに御用は無いと思う。
わたしが指輪に力を込めてここにいらして頂いているのだから、込めた力を抜けば消えてしまうはずだ。
では……と、力を抜こうとしたら、
「おハルちゃん、ちょっと待って下さい!」
まだ聞かなければならないことがあります!と言われ、慌てて力を込め戻した。
「深雪どの。一つお伺いしたい。残りは一箇所との事。それはどなたになりましょうや?」
声高々に笑っていた亡者のお姿の深雪姐さんだけど、怖いお顔のままスッと静かな笑みに戻り、
「……楼主の西村さ……」
それだけ言うと、わたしが力を抜く前にそのお姿が消えてしまった。
暫くの間、二人してその場に立ちすくんでいた。
「……おハルちゃん……」
「……はい、なんでしょう……」
これはもう我々の範疇を超えてるね、と。
「怒られるだろうけど、これはちゃんと鶴吉殿に報告しないと……」
「はい……そうします……」
姐さんの申し付けを破ってまで吉原まで来たのに、特に成果が無いどころか怖い目にあっただけだ。
鶴吉姐さんにこのことをお話しすれば、叱られるのは目に見えている。
自分の不甲斐無さと、この後のことを思うと気が重くなってきた。
朝の勢いとは逆に足取りも重く、だいぶ日も傾いてきた日本堤の上を二人連れ立って深川へと帰っていった。




