託された指輪
わたしが暫くその指輪をジッと見つめていたら辰之進さまが、
「流石にちゃんと詳しく説明して貰おうかな」
お顔は笑顔だけど目がちょっと怒っていらっしゃる。
吉原で煙管の雨を降らせるとはさすが辰之進さまですね!などと言って誤魔化せる雰囲気では無い。かえってもっと怒らせてしまいそうだ。
わたしはその指輪をぎゅっと握り締め、目をつぶり考え込んだ。
どこまで正直に話すべきか?というより、どのように伝えればご理解頂けるのかしら?というのが問題だった。
本音を言えば、今握っている「指輪」はここに有っては欲しく無かった。
それはわたしにとって、これからやろうとすることが怖いからというだけでは無く、このまま行くと自分の意思とは関係なく、どんどんと深みに嵌っていく感じがしたからだ。
あのお手紙を浅雪姐さんに読んで頂いて、浅雪姐さんの元に深雪姐さんが深い執着を持つ「物」が無ければ、申し訳無いけどそこでこの話しは終わりにする予定だった。
そうなればきっと後悔の念に悔やまれて仕方が無いことになるとは思うけど、無かったのだから仕方が無いでしょって、逃げたことを自分の中で多少なりとも正当化出来ると思ったからだ。
しかし、今ここにはソレがある。
もうやりたく無いとは言っていられない。
なら、わたしがやるべきことは一つだ。
深い深呼吸をした後、ゆっくりと目を開けて、しっかりと前を向いて辰之進と目を合わせると、
「わかりました。今までちゃんとお伝えしなかったことも含め、キッチリとご説明致します」
ですがその前に少し腹拵えを致しませんか?この茶屋は豆腐料理が有名らしいですよ?お食事をしながらお話し致しましょう。と、女中さんを呼んで料理とお酒の注文をした。
淡雪豆腐にすくい豆腐などのお料理やお酒がくると、まず辰之進さまの杯にお酒を注ぎ、自分の杯にも注いだ。
「あれ、おハルちゃんが呑むなんて珍しいですね?」
「はい。これからやることを思うと素面では出来そうにありませんので景気付けです」
そう言って杯をあおった。
「さて、辰之進さま。この度は色々とご足労頂きありがとう存じました」
これからわたしが何をしようとするつもりなのかと、それに至った経緯を説明し始めた。
まず、何のために吉原まで来たのかを話した。
「日本橋で、直接お聞きしたいと言ったのは深雪姐さんご本人に。です」
もちろん亡くなっているのは知っている。
そして幽霊になったというのも。
でもそれは周りから聞いているだけで、実際に自分で見た訳でもその幽霊にお会いした訳でも無い。
だからこそ、ちゃんと「本人」にあってお話しを聞いてみたかったのだ。
「……それは幽霊に会うと言う事ですか?」
「はい。ある意味はそうなのですけど……」
正直、わたしもこの方法でお会い出来るという確信がある訳では無い。
「辰之進さまは、わたしが神さまを見たりお話しをすることが出来るのはごぞんじですよね?」
そりゃ、なんども一緒に見たましたから……と苦笑いしている。
「見たり、お話しをするだけでしたら、出来る方も結構いらっしゃるのですよ」
うちの三人の姐さん方もそれは出来る。でも……
「わたしはそれの他に、どうやら神さまに対して直接関与出来るらしいのです」
姐さんがそうおっしゃってました。と言ったら、よく分からないってお顔になってしまった。
ごめんなさい。わたしも詳しいことはわからないのですよ。
「先程おハナ師匠に離れた場所まで行って頂いたりとか、お不動さまをお連れして深川を回ったりした時とか、そういうことです」
そう付け加えると、何となくはわかりましたって。
「後、うちの姐さん方にお聞きしたのですが、神さまはそもそも人の思いが作り出したモノであるそうですよ」
人が居てこそ神が存在する。
人々が信仰をするから神さまという存在になるのであって、その逆ではないらしい。
人の思い、念の積み重なりこそがその存在を定義するものであって、そのためにお力の強い神さまもいらっしゃれば、忘れ去られて消滅してしまった神さまもいるのだと。
「その人の思いが積み重なって現れるモノだとしたら、神さまも幽霊も本質は同じモノだそうです」
姐さん方曰く、他者の念か自己の念の違いしかないそうだ。
なので、未だこの世を彷徨っていらっしゃる深雪姐さんにお会いするには、
「一番確実なのは深雪姐さんのご遺体にでもわたしが直接触れて力を注ぎ込めばいいのですが……」
そうすれば、いわゆる幽霊となって目の前に現れてくれるはずだと思う。でもさすがにお墓を暴くわけにはいかないし……
「そのために深雪姐さんと繋がりのある物をお借りしたのですよ」
そこまで言うと、一旦辰之進さまの様子を見た。
お料理にお箸も付けずに難しい、なんとも言えないと言ったお顔で黙り込んでいらっしゃる。
暫くすると杯に手を伸ばし、ぐいっとお酒をお飲みになると、
「……そうなると、おハルちゃんはこれから深雪殿の幽霊を御自身に降ろす訳ですか?」
イタコの様に、と。
確かに自分自身に霊を降ろすことは出来るには出来ると思うけど、それをやるとわたしがどうなってしまうか判らないのでそれはやりません。
自分に降ろしちゃうとお話しが出来ませんしね。
「いえ、降ろすのではなく、お迎えをする形になります」
そのためになるべく深雪姐さんの本体、亡骸の近くに行く必要があるのですが……
「なのでコレを持って、これから深雪姐さんが埋葬されている西方寺に行こうと思うのです」
西方寺、俗に言う土手の道哲は遊女の投げ込み寺として有名で、日本堤上り口にある。
ここに深雪姐さんが無縁仏として眠っている。
「そんな訳でして、なるべく早く原因を究明したいのもありますが……そのぉ……暗くなってから、墓地へ行くのは……」
ましてや深雪姐さんとはいえ幽霊に会いに行くのだ。
あそこら辺は刑場跡地だし……もし他の幽霊達にでも囲まれでもしたら……
考えただけで気を失いそうになる。
「……そんな理由で急かしてしまいました。あのぉ……怒っていらっしゃいますか……?」
恐る恐る辰之進さまの様子を伺うと
「そうですね。ちゃんと理由を言わずに事を進めようとした事に対しては怒っていますが、苦手な事でもどうにかしようと頑張っているおハルちゃんを褒めれこそすれ怒りはしませんよ」
ニコリと優しく微笑んでくれた。
あぁ!辰之進さま!
お酒が入っているせいか、思わず抱きつきたい衝動に駆られた。
ハルが天にも昇る心地で喜びに浸っていると、
「因みにですが、やはりわたしもその場へ赴き、おハルちゃんと同じモノを見る事になるのでしょうか……」
心配そうなお顔でそうおっしゃっる。
それはもちろんだ。辰之進さまがご一緒してくれなければわたし一人であんな怖い所、とてもじゃないけど行けやしない。
「はい。お願い致します。それにやはり今朝と同じく倒れることがあるやもしれませんので、同じように後ろから支えて頂きたく……」
昼間の日本橋でのことを思い出し、ポーッとしていると、
「お恥ずかしい話し、わたしも怖いのは決して得意という訳でなく……」
珍しく辰之進さまが弱気でいらっしゃる。
「どちらかと言うと幽霊とかは苦手な口でして……」
照れ臭そうに頭を掻いている。
まぁ!こんな辰之進さまは初めて見た!お可愛いこと!
「フフフ。大丈夫です!辰之進さまのことはわたしが護りますので!」
「そうですか……では、ありがたく頼らさせて頂きますね」
ドンと胸を張って大威張りのハルを、辰之進は慈しみのこもった目で見つめていた。




