日本橋の現場にて
そのお店は大通りに面した大きな店が立ち並ぶ中にあった。
辰之進さまのお話によるとそこは呉服屋さんなんだだそうで、取り敢えず店先まで来てみたのだけど……
「……辰之進さま……これはちょっと敷居が高いお店ですね……」
お高そうなお店で、わたしにはとても気軽に入れそうでない。
ましてやお店に入って、「この前の御主人が殺された件でお話を聞かせて下さい」などと、とても言える雰囲気でもないので、辰之進さまと顔を見合わせると、店の中をチラリと除くだけでそのまま通り過ぎでしまった。
お店の中では丁稚さん達が忙しそうに働き、亡くなったご主人の身寄りの方なのだろうか、喪に服して喪服で接客している者達も見える。
お店を通り過ぎると辰之進さまが心配そうにしながら小声で話しかけてきた。
「おハルちゃん、どうするの?」
「はい。取り合えずこのまま通り過ぎて、お店の裏側に行こうかと思います」
お店の場所は覚えたので、立ち並ぶ建物をグルっと回り込こんで裏通りのどぶ板の上を進み、お店の裏側までやって来た。
裏通りで遊んでいる子供達が不思議そうにこっちをみているけど気にしない。
ここらでいいかしら?と袂から三味線バチを取り出し、
「おハナ師匠にお願いするんです」
不思議そうにしている辰之進さまに向かってニコリと笑いかける。
以前おハナ師匠と遊んでいて……もとい三味線のお稽古中に気づいた事があった。
それはおハナ師匠はこのバチから結構遠くまで離れることが出来るってことだ。
ただ、距離が遠くになるに従って、わたしの力を使っているためかとても疲れるのだけれども。
なので……
「わたし達がお店の中へ入るのは難しそうですから、おハナ師匠にお店の中へ入ってもらって、恐れ多いですがお店の中にいらっしゃる神さまにこちらに来て頂こうとかと……」
ただ、それをやるととても疲れますので倒れてしまうかもしれません。ですからその間辰之進さまにお願いしたいことがありまして……
「えっと……こうすれば宜しいのですか?」
わたしのことを後ろから抱き付く様に抱え込み、バチを持つわたしの手をそっと包み込んでもらう。
「はい。これで大丈夫です。ありがとう存じます」
ハルは心の中でよしっ!と拳を握り、辰之進から見えないのを良い事にニヤついている。
……役得、役得……あぁ……今わたし、辰之進さまに包み込まれている……お胸がわたしの背中に……あら?さらしでも巻いてらっしゃるのかしら?感触があまりありませんね?
ちょっと気になったけど、抱締められている状況に嬉しくってボーっとしてしまい、「おハルちゃん、大丈夫ですか?」お仕事を始める前なのに辰之進さまに早速心配される羽目に。
……おっと、いけないいけない……
真面目な顔に戻して、
「では、そういう訳でおハル師匠、お願いしますね」
「パオーン!」
鳴き声をあげるとおハナ師匠は壁の向こうに消えていった。
……こっちの言葉はわかっているみたいなのだけど、おハナ師匠の言葉がわからないのは不便よね……
おハナ師匠を待つ間、暫く恍惚とした表情で至福の時を過ごしていたのだけども、突然グッと身体に負荷が掛かるのを感じた。
途端に身体も重くなり、思わず膝をつきそうになる。
辰之進さまが、「だ、大丈夫ですか!」慌てて支えてくれた。
ここまで身体が重く感じたのは初めてだ。
予め支えてもらってたのも半分冗談で、ちょっとよろける位を想定してたのに……おハナ師匠、どこまで遠くに行ってるのかしら……
突然のことに驚いていたら、目の前の壁からニュッとおハナ師匠が現れた。
それを見て……
……あぁ、だからか……
納得した。
おハナ師匠の背中には二柱の神様がお乗りになっている。
そりゃそんなに神さま達と繋がってたら疲れもしますよね。
ちょうど良いのでこの像に乗せてもらってきたよ、と現れた好々爺とした神さま方は、わたしでも一目ですぐにどなたかわかった。
それは商人の家らしく大黒さまと恵比須さまだった。
おハナ師匠から降りられると身体も楽になり、
「辰之進さま、ありがとう存じました。もう大丈夫ですよ」
ちょっと残念だけど、心配そうに見つめる辰之進さまの腕から出てお供物の準備を始めた。
えーっと、定番のお酒に握り飯、お塩でしょ?……あとは恵比寿さまがいらっしゃるからお魚もかしら?
本当ならえびす講にならって、お頭付きの鯛が良いのかもしれませんが、さすがにそんなのは持ってきていないので、代わりに姐さんの酒の肴様に家にあった鰯の干したのを出してみた。
ちょっと心配だったけどそれで大丈夫だった様子でご満足頂けたみたい。
快くお話しをして頂けた。
大黒さまも恵比須さまも、亡くなったご主人のお部屋に祀られていたそうで、例の事件については詳細に見ていらしたそうだ。
そのお話しによるとやはりお寺の住持さんと同じ様に亡くなってしまっていたのだけど、住持さんの状況とは少し違った所があった。
それは幽霊が部屋に現れた時、そのご主人はすぐにその幽霊に気付いて、「な、何でここに深雪が!」と叫んでいたそうだ。その大声に気付いた番頭さんが慌てて部屋に駆け込んで来た後に、お腹に手を突っ込まれて……抵抗虚しく同じ様に死んでしまったんだって。
さすがにそろそろ慣れてきたので、お話しを聞いても今回はあまり気分が悪くならなかったけど、
「……こちらも聞いてた噂通りでしたね……」
「……そうだね……参ったね……」
辰之進さまと顔を見合わせて二人して困ったね、と考え込んでしまった。
お話しが終わったので、神さま方にはお礼を言ってお帰り願った。
それを見送っていたら辰之進さまがポツリと、
「おハルちゃん、でもちょっと不思議だよね」
「何がですか?」
どうもあの二人は同じ幽霊に殺されてしまったみたいだけど、その場に居た番頭さんには目もくれず立ち去ったのだとしたら無差別に人を殺している訳では無さそうだし、ならその深雪さん、住持さんとここのご主人との間にはどんな因縁があったのだろう?同じ様に「かえせ」と言ってるらしいし、と。
ここのご主人は吉原で深雪さんにお会いしていたことがあるらしいけど、あの住持さんは吉原には行ったことが無さそうなのにねって。
言われてみればそうだ。
辰之進さまはご存知無いかもしれませんけど、とあるお武家のご内儀さんも同じ様に死んでしまってる。
それが深雪姐さんの幽霊の仕業かどうかはわからないけど、この状況では全く無関係ってことも無さそうだ。
でもそのご内儀さんなんかは吉原の遊女とは全く縁が無さそうよね。
お寺の住持さん、商人のご主人さん、お武家のご内儀さん……知らないだけで他にも亡くなった方がいらっしゃるかもしれない。
……深雪姐さんと殺された人達との関係か……
今一繋がりが見えてこない。
ただそれがわかった所で死んでしまった人は返らないから今更だけど、浅雪姐さんの助けにはなるのかもしれない。
でも……
「辰之進さま。お恥ずかしいことですけど、わたし、難しいこと考えるのって、苦手なんですよ……」
考えるより先に身体が動く質だし、あまり考え過ぎると頭が痛くなる。小難しいことはいつも人に丸投げしてきた。
「わたしもですよ。剣を振るう位しか能が有りません」
暫く二人して恥ずかしそうに笑い合った。
……でも辰之進さまの剣の腕前は素晴らしいものですよね。以前にも助けて頂きましたし……それなのにわたしが出来ることと言えば精々……
自分の手をジッと見つめて考え込む。
このままでは浅雪姐さんに嫌疑の罪がかけられ、番所へと引っ張られてしまうのは時間の問題だ。
なら、これはおちおちしてられませんよね!
ハルはギュッと拳を握り締め、
「なので、わからないことは直接聞いてみましょう!」
本当のことを言うと、このお話しを聞いた時に最初に頭に浮かんだ方法だったけど、考えるだけで怖くってこれだけは絶対にやりたく無いです!と、すぐに頭からポイっと放り出してしまっていた。
それに、コレをすれば姐さん方に怒られるのは必至なので、その後のことを考えるだけでも震えがくる。
でも、もう他に手が無い。
それに辰之進さまがご一緒してくれるならきっと大丈夫!……だと思う……
わたしも女だ。腹を括った!
ハルは決心を固めると、辰之進と真っ直ぐ向かい合い、今までに無い熱い眼差しを向け、
「辰之進さま!貴方さまのお力が必要です!」
貴方さまにしか出来ないのです!そう叫んでにじり寄りる。
いつになく真剣なハルの表情に辰之進は思わず怯んでしまい、話しを聞き終える前に頷いてしまった。
「これからすぐ、わたしと一緒に吉原へ行きましょう!」




