農村の生活 その1
長い冬も終わり、段々と暖かくなってきた。
「あぁ、いい天気……」
雲一つない青空がまぶしい。快晴だ。少し動くと汗ばむ位だ。
「これなら洗濯物も、早く乾くわね」
ハルは楽しそうに洗濯物を干していた。
一番下の妹のおむつが取れたと思ったら、昨年には弟が生まれ、洗濯物の量は増えて大忙しだったが、家族が増える事がうれしいハルにとっては、忙しいのもむしろ喜ばしい事だった。
どうやらおっ母ぁにまた子供が出来たようだし、次は妹がいいな~。あ、そしたらおしめ干す場所足りなくなるかな?などと洗濯物で一杯になった物干しを眺めていたら、
「ちょいと、おはるや。使いに行ってくれんかね」
後ろからカゴを抱えたおばぁがやってきた。
「ほれ。今日はみんなで作業してるで、おっ父ぅ達に小昼持ってってや。一緒に食って、ついでにそんまま手伝どうてこいゃ。後の家ん事はやっとくでな」
布包みが乗っているカゴを渡されると、ハルは「ハーイ!」と元気よく返事をし、駆け出して行った。
ハルは今日の小昼は何だろう?と包みの中身を気にしながら走っていると、家を出てすぐに分かれ道に差し掛かかる。
ハルは一旦そこで立ち止まると、左手側の下っていく道を見つめて、
やっぱりこっちは……ね……。ちょっと遠回りになるけど……
反対側、右手の上り坂を駆け上がって行った。
暫く行くと、丘の中腹の開けた場所に、野ざらしになっている1体の石像のお地蔵さまがぽつんと立ている。台座は苔生していて年代を感じさせた。
ハルはお地蔵さまの前まで来ると、カゴを脇に置き乱れた裾を直して身なりを整える。そして、
「何時も見守っていてくれて、ありがとう存じます」
手を合わせて丁寧にお参りをした。するとその石像のお地蔵さまからフワッと浮かび上がってくるものがあった。
「おや、おはるか。元気そうで何よりだね」
親し気に話しかけてきたソレは、頭を丸めて衣を身に纏い、笑顔を浮かべている地蔵菩薩さまだ。そのお顔は目の前にある石像のお地蔵さまよりもやさし気に見える。
「はい。お陰様で。今日はいい天気ですね」
ハルはそのまま地蔵菩薩さまと楽しそうに立ち話をしはじめた。
常日頃から神さまの事が見えるハルは、初めて出会う神さまにはなるべく自分から挨拶をして話しかけてみる事にしていた。
過去の経験から神さまは「恐ろしいもの」という認識があったので、本来ならなるべく関わり合いになりたくない存在だったが、この世界には至る所に神さまがいたのだから避けては通れない。家の中にいても外へ出てもだ。
基本的に神さまは「理不尽な」存在であるので、こちらが何かしなくても、何かしてくるかもしれない。ただでさえ「見え」て「話す」事が出来るのだ。完全に知らない振りをして生活していくのは困難だ。
「だったら、先にまずこちらから丁寧にご挨拶をしておけば……」と、あらかじめ予防線を張る事にしていた。
神さまについては周りの大人達に小さい頃から色々と聞いていた。ただ……実際、聞くのと見るのでは結構な違いがあった。
以前、おばぁからお地蔵さまの話を聞いた時だ。
なるほど。子供の事を守ってくれるという神さまなら、きっとやさしいはずよね。
と、話を聞くや直に外に飛び出して、村の周辺に何体かあるお地蔵さまに挨拶をして回ってみた。殆どのお地蔵さまはやさし気な地蔵菩薩さま現れ、思った通りハルに対してやさし気に対応してくれていた。ただ1体だけ、とても怖い顔をした「モノ」が表れたお地蔵さまがいた。
その姿を見た瞬間、「わッ!ご、ごめんなさーい!」慌てて飛んで逃げ帰った事があった。
他の神さまでも、気軽に挨拶をして怖い思いをした事もあった。聞こえていないのか認識されて無いのか、全く反応を示さない神さまもいた。ただ殆どの神さまは、ハルが丁寧に挨拶をすればそれなりに対応してくれた。
そのお蔭で仲良くなった神さまも「何人」かいた。
ここの地蔵菩薩さまもその一人だ。
兄弟の事とかの話をすると喜んで聞いてくれたのでハルも楽しかった。ケンカした話とかゴハンの取り合いとか他愛もない話ばかりだが、地蔵菩薩さまは何時もニコニコと聞いてくれる。
ぽかぽかと陽気の良い、こんないい天気の日に、ここの地蔵菩薩さまと他愛も無いお話するのが好きだった。
お地蔵さまの頭上で鳥たちが楽しそうに遊んでいる。
「そう言えばな、おはるよ。今日はいい天気だが二、三日もすれば嵐が来るそうな。ホレ、鳥達が騒いどる」
「ありがとう存じます。おっ父ぅ達に言っておきます」
ハルには勿論鳥達の会話なんてわからない。空を見上げてみればお天道さまがまぶしい。ほんとに嵐が来るのかしら?と考えていたが……
あッ!お天道様がもう真上に来ているのに気が付いた。自分がお使い中であるのを思い出した。
「急いでおっ父ぅんとこに小昼もってかなくっちゃ!」カゴを拾い上げ、挨拶もそこそこにお地蔵さまの所を後にして走り出した。
慌てて畑に着くが、既にお茶の支度は終わっていて「どこで道草食ってたんだ」と父に叱られた。