依頼の受諾
さて……取り敢えず八右衛門さまのご要望とかそんなのはどうでもいいのですけど、浅雪姐さんのことはとても心配だし、辰之進さまとそのお爺さまの顔を立てる為にも、この件はわたしがやらなければならないのだろう。
さっきやるって言っちゃったしね。
それと堀さまの件もどうやら色々と関係しそうだし、面倒ですけどまとめて面倒みるとしますか。
よし!と気合を入れて、では……と堀さまに了承の意思を伝えようとしたのだけど、さっきまで珍しく黙りこんでいた姐さんが突然、
「春蔵。この件は無闇に首を突っ込むんじゃないよ」
いつもとは違う低い声で言われ、思わず背筋が伸びた。
……わざわざ春蔵って呼ぶだなんて……
驚いて姐さんの方を見ると、至極真面目なお顔で、
「あたしらが吉原のモンに手を出すと碌な事にならないからね」
どうしてもやるって言うのなら、堀さまの坊主の件だけにしておきな。ですって。
いや、そんなこと言われましても、浅雪姐さんの件はどうするんですか?むしろそっちの方が重要でしょう!捕まっちゃうかとしれないんですよ⁉︎
堀さまと辰之進さまが心配そうに見ている中、暫く姐さんとの攻防が続いた。
でも最終的には、
「……ふぅ……まぁお前の好きにするがいいさ。その代わり、堀さまからはキッチリお代は取るんだよ。後、なんかあったら必ずあたしかお仙に聞く事。勝手に突っ走るんじゃないよ!」
って釘は刺されたけど、姐さんが折れてくれた。
堀さまには、「そのような訳でわたしがやりますので」とニコリと笑いかけると苦いお顔をなさらながら、「まぁ、その、宜しく頼む」とぶっきら棒に返答され、反対側に向き直して辰之進さまには、「そういった訳ですので、明日から暫く一緒によろしくお願いしますね!」と更にニッコリと満面の笑顔で言ったら、「……まぁ……きっとわたしも同行する事になるとは思っていましたよ……」と諦め顔で返答された。
むぅー!辰之進さまはわたしと一緒では御不満ですか!
不貞腐れていたらみんなに笑われてしまった。
今日はもう遅くなったので辰之進さまは、「では明日、お迎えに上がりますね」と八右衛門さまと共に帰っていった。
姐さんと堀さまはまた算盤を弾きながら交渉を始めてしまった。
わたしはその二人の様子を見て、お酒をお召しあがりながらお話しをするのでしたら、何かつまめる物でも持ってきた方が良いのかしら?それともお夕飯の支度をした方がよいのかも?などと考えて、何があるかな?と台所へと入って行った。
あら、そう言えば……
隅に置いてあった、さっき辰之進さまがお土産にと持ってきてくれたお饅頭が目に入った。
それは真っ白で赤ちゃんの肌の様にすべすべとした酒饅頭だった。
その饅頭を見ていたらふと、さっき聞いたお話しの中で腑に落ちない、気になることを思い出した。
それは、もし本当に深雪姐さんに子供が出来たのだとしたら、何故その子供を降ろそうとしたのか、だ。
遊女が孕んでしまったら、その子供を降ろすことはよくある話しだけども、また逆にそのまま生むことも少なくはなかった。
里子に出したりそのまま育てて禿にするのだけども。
遊女に子供がいることで、「わたしの色事には嘘偽りはありません。このように子を産みんした」ってアピールにもなるらしく、子持ちの高尾太夫のお話しは有名だ。
もちろん、それを良しとするかしないかは遊女屋の主人の判断によるのだけど、姐さんのいたお店は子供を生むのには肯定的で、わたしが遊びに行ってた時にも小さな赤ちゃんがいて、遊女さんがみんなして可愛がっていた。
姐さん方が面白がって赤ちゃんを抱いて、自分の乳房を赤ちゃんに押し付けていたけど、お乳が出ないことに怒られ、先っぽを噛まれて驚いていたり、ちょっと吐いたりしただけで「まぁ!どうしましょう!」って右往左往してたのが思い出される。
幼い頃から廓の世界にいた姐さん方にとっては、赤ちゃんの世話なんてしたことのがない人の方が多かったから大変そうでした。
そんな中でも深雪姐さんは特に子供が大好きで、赤ちゃんを見ながらよく「あたしもいつかはこんな子を産みたいもんだよ……」って言ってたのを覚えている。
そんな姐さんだったから、子供を降ろそうなんてことはしないと思うのだけど……
吉原に戻ってから、お店の主人が変わったりとか何かあったのかしら?
執拗に吉原とは関わるなって言っていた姐さんの言葉もあって、嫌な予感しかしなかった。




