猟奇的な事件の依頼 その5
きっとかなり怖い顔で睨んだんだろう。
八右衛門さまは真っ青なお顔になって、「い、いや、拙者が見たわけではなく、その殺された店主が、死ぬ間際にそう言ったそうで……」しどろもどろになってしまったので、辰之進さまが助け舟を出してきた。
「おハルちゃん。わたしもその話しは聞いただけなのだけど、どうもその亡くなった店主さん、よく吉原に行っていたらしくその美雪さんの事も知っていたらしいんだよ」
それに、そこの番頭さんも店主に付いてお座敷へ上がっていて、深雪姐さんのお顔をご存知だったらしく、
「駆け付けた番頭さんも、あの幽霊は深雪さんだったと言っているんだ」
…… そんな……
辰之進さまのおっしゃることなら、たとえそれが伝聞であっても聞き入れざるをえない。
「む、無論、拙者も幽霊などと荒唐無稽な話しを信じる訳ではないが……」
それはそうだ。わたしだって信じられない。
実際に幽霊が存在するのかどうかとか、ましてやその幽霊がホントに人を殺害したのかどうかということ自体は問題ではない。
問題なのはそこにいた幽霊が深雪姐さんそっくりだって言うことだ……
「そう。故に深雪殿と瓜二つな妹御である、浅雪殿に嫌疑が掛かる事に……」
わたしがキッと睨むと、「い、いや勿論拙者も浅雪殿のが害したなどとは毛程も思ってはおらんぞ……」だからここに来たのだと慌てながら弁明した。
確かに二人はお顔も髪質も、姉妹だからって言う以上にそっくりだ。
左右に違う涙ほくろの位置位でしか見分けがつかないほどに。
ただ、あんな優しい浅雪姐さんが人を殺害することなんて絶対に無いと思うし、ましてやその事件のあった時刻は夜中のはずだ。
仮宅で深川にいた時ならいざ知らず、そんな時間にあの厳しい吉原から抜けられるはずも無い。
そりゃ、いくらいるかどうかも分からない幽霊なんかよりも実際に存在する人間の方がって言っても……
「そんな訳無いですよね!」
後ろにいる堀に食ってかかる様に尋ねるが、彼は難しい顔をして、
「いや、この状況下でその様な証言がある以上、一番嫌疑が掛けられる者であるには違いない……」
正直、実際に行ったどうかよりも、その者を下手人とすることで周りが納得するかどうかの方が重要らしい。
証拠よりも証言。例え本当の下手人でなくとも、その者からそうだと吐かせてしまえばそうなってしまうのだ、と。
……何それ……どこの蛮族ですか……
「……しかし、奉行所が違えど、その様な話しは聞いておらんぞ?」
聞けばなんでも八右衛門さまのお父さまが、その幽霊の正体については口外しないよう圧力を掛けていらっしゃるんだって。
だけどそれも時間の問題だとも言われた。
……そんな……浅雪姐さんが……どうしましょう……
でも、そう言えば八右衛門さまってば浅雪姐さんのことを庇ってくれていらっしゃるのですね?
あら、本命でしたのは浅雪姐さんでしたか。それでしたら、
「亡くなった深雪姐さんに代わってお礼させて頂きますね」
ちょっと見直しましたよって、お礼を言ったら、気まずいお顔になり、
「……いや、そもそも深雪殿が亡くなった件については拙者に責任がある故……」
───ッ!
途端、ハルは鬼の様な形相になり、手を出そうと今にも飛び掛かからんばかりに立ち上がったが、既の所で辰之進が肩を押さえて座り直させた。
「八右衛門殿!その様な言い方では誤解を招くぞ!」
言葉を選びなさい!と叱咤する。
……あぁ、お叱りになる辰之進さまもステキ……
ハルは肩に置かれている辰之進の手にそっと添えると悦に浸ったっていた。
ハルの豹変に驚いた八右衛門は慌てて、
「す、すまぬ!言葉が足りなかった!」
頭を下げて謝り、話しを続けた。
「……深雪殿が亡くなる主因については子降ろしによるもので……」
つまり深雪姐さんが亡くなったのはお腹の子共を堕胎したのが原因で、それが元で亡くなってしまったらしい。
で、そのお腹の子の父親が自分なのだとおっしゃる。
「拙者も男として、子を成した責任を取るべく考えておったのであったが……誠に残念ながら……」
跪いている彼の下、土間の土の上に涙の水痕が出来てきた。
この件を知った八右衛門さまのお父さまが、「女郎風情にうつつを抜かし子を成すとは何事だ!あまつさえその者が亡くなり亡者となって世を騒がす事になろうとは!この様な事が外に知れたら家名に傷が付く!末代までの恥と知れ!」とお怒りなってしまったのだと。
……ふぅん……そうですか……
浅雪姐さんのためというより、保身のためですか……
結果、お父さまの権力のゴリ押しでその幽霊騒動についてはある程度口止めが出来たのだけど、その後どのように納めれば良いかわからず、そのお父さまのお父さま、八右衛門のお爺さまに相談をしたのだけど病床にいる身だし、彼もまたそんなことを言われてもって困ってしまい、なら、と道場を預けるほどに信頼を置いている辰之進さまのお爺さまへ更に相談することとなったそうだ。
そのお爺さまも困ってしまったけど、最近よく岡場所に出入りするようになった辰之進さまならこういったことが適任だろうと白羽の矢を立てたらしい。
辰之進さまは奇々怪々なことならばって、嫌がる八右衛門さまを説得し、うちへ連れて来たのだそうだ。
……ほんとにもう、どうしようも無いですね……
身体から力が抜けてため息しか出ない。
ハルは侮蔑の眼差しで、土間にへたり込んで泣いている八右衛門を見つめる。
……彼もそのお父さまもお爺さま達もみんな、なんてウブで野暮天なんでしょ……
あきれて物も言えないとはこのことだ。
だけど辰之進さまがいらしてくれたことには感謝しますけどね!
チラリと左右を見ると、堀さまは頭を抱えてらして、辰之進さまは彼や姐さん方に同情しているのか感にいってる。
辰之進さまはそのまま、ピュアなままでいて下さいね!
後ろを見ていないからよくわからないけど、きっと姐さんもあきれたお顔をなさっていらっしゃるか、笑いを堪えていることでしょう。
深雪姐さんに情夫さんがいたのは周知の事実で有名な話しだ。もちろん八右衛門さまではなく。
子供はきっとその方の子なんだろう。
ただ過程はどうあれ、美雪姐さんや浅雪姐さんのことを思って行動して下さっているのは事実ですから、此方としてはありがたいのですし、わざわざここで言うことも無いですよね。このまま黙っていましょう。
それにあの姐さん方には、「涙黒子の深雪、浅雪」として有名な美人姉妹の遊女さんだったけど、それとは別にもう一つ、「手妻の深雪、浅雪」としても有名な遊女さんだったのよね。
だから八右衛門さまとホントにしてるかどうかすらも怪しい。
手妻(手品)と言っても、別にお座敷で手妻を見せてお客さんを喜ばせるとかいうものではなく、「閨」でやる技のことだ。
つまり、いざ閨に入ってことを成す際に、さも本当にしているのか如くお客さんを騙すことだ。
……フフ……八右衛門さまなら簡単に騙されそうですね……
遊女さんは沢山の人としなければいけないから、そうなると疲れてしまって大変だ。それにもちろん中には嫌なお客さんもいるし。そういった時には上手いこと技を繰り出し、実際にしないでその場を上手に回避するってことをよくやっていたそうだ。
前に姐さん方から、「まだおハルちゃんにはちょっと早いかもだけど……」って、覚えといて損は無いからとその技も教えてもらってたのよね……懐かしい……
それでも、万が一ってこともありますから一応は確認しておきますか。
未ださめざめと泣いている八右衛門に向かって、
「深雪姐さんのことを思い出させる様で申し訳御座いませんが、その……」
変なことをお聞きいたしますが、閨の際、姐さんは八右衛門さまの右側でお眠りになってらっしゃいましたか?と尋ねた。
突然何を言われたのかわからないってお顔でしたけど、少し考えこんで照れながら、「……よくは覚えておらんが……確かその様であった気がする……」と。
はい。これで確定ですね。
八右衛門さまは明らかに深雪姐さんの情夫さんではないですね。
閨でイクのは演技だけ。実際にイクのは宜しくないってことで、あまり身体を弄られては困るから遊女さんは相手が情夫さんでもなければ殿方の利き腕を封じるために右側で寝るって聞きますし。
きっと浅雪姐さんの時もそうでらしたのでしょうね。
フフフ……




