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煙草入れ

 今日の予定はまずお買い物。その後にお食事だ。


「そう言えばおハルちゃん、今日は何を買いに……あ、ごめん。今は春蔵さんだったね……」


 いえいえ。辰之進さまには以前のように可愛らしくおハルって呼んでもらいたいです。そのままでお願いしますね。




 芸者に必須な物としては代名詞ともいえる三味線があるけれど、花街の者として遊女さんと共通してもう一つ重要なアイテムがある。

 それは「煙草」だ。


 別に遊女さんみたく格子から煙管を出したりするわけではないけれど、お座敷の時に煙草を吸わないお客さんなんてまずいない。

 そのお客さんからわたし達が煙管を勧められたら、それを一服した後に自分の煙草入れから煙草を出して詰め直してから返さなければいけないらしい。

 芸者たるもの優雅に煙管を扱わなければいけないって。


 でもこんななりのわたしに煙草を勧めてくるお客さんなんてまずいないし、普段から煙草は吸わなかったから、今までお座敷に上がる時は使わなくとも姐さんの煙草入れをお借りしてお座敷に上がっていた。

 だけど、「ちゃんと芸者になっんだ。そろそろ自分のモンを持ちな」って言われた。


「着る物や小物はね、あたしらにとっては武器の一つさ」


 あたしらが客の着物や拵え物を見て、その懐具合や趣味趣向、素性を見極めるだろう?客もこっちを見てるからね。下手なの持ってると客に舐められちまう。小物一つ取ってもしっかりしたモンを持っておかなきゃならないよ。ですって。


 それに姐さんのって、大人っぽくてわたしにはちょっと似合わないのよね……


 そんな訳で、


「今日は煙草入れや最近流行ってる筥迫はこせこなんかを見たいんです」

「煙草入れですか。わたしも煙草はあまり呑まないのですけど、それなりに付き合いもありますので一応は持ってますよ」


 って、ポンと帯にぶら下がる煙管入れと煙草入れを叩いた。

 見れば印伝革の洒落た物だ。

 根付も辰之進さまらしく龍の細工がしてあるし上等そう。

 さすがオシャレ!って思ったけど、ちょっと辰之進さまには渋過ぎるかしら?


「これは今は亡き母方の父の物でして……」


 辰之進さまが譲り受けたのですって。大事な物なのですね。




 辰之進さまの道場はその出身地である藩の上屋敷からそう遠くない浅草の外れにあった。

 そこから目指す日本橋の横山町は神田川を渡ってすぐそこだ。

 横山町大通りには沢山の問屋さんが立ち並んでいる。

 さっそく小間物屋、袋物屋を梯子して物色することに。

 

 姐さんからは、「金唐革や更紗とまでは言わないけど、ケチなモンは買ってくるなよ」ってそれなりにお金を渡されているので懐具合は大丈夫。

 何軒も周ってやっと気に入ったのを見つけた。

 

「どうでしょう?これ、わたしに似合います?」

「そうだね。色柄はとても可愛らしくっておハルちゃんに合ってると思うけど……」


 でもその不思議な模様はちょっと……ですって。

 可愛らしいし、とてもわたしらしいとも思うんですけど……

 

 その煙草入れは朱色地に、白抜きで象さんみたいな模様が入ってる。それにちゃんと布地も上等そうだ。


 そうですか……って、ちょっと悲しそうな顔をしていたら、「い、いや、好みは人それぞれだし、よく見れば……」慌ててフォローされてしまった。


 そう言えばちゃんと言ってなかったわよね……


 実は……っと、袂からおハナ師匠の三味線バチを取り出して、


「この子のお陰で芸者に成れたようなものなので、せっかくですから、それに関係するようの物にしたくって……」


 因みにお文さんから頂いた象さんの根付は、今のところ帯にぶら下げるものが特にないので部屋で大事に仕舞っている。


 そう言って両手でバチを持ち、「今、ここにおハナ師匠がいるんです」ズイっと辰之進さまの目の前に突き出す。


「辰之進さまには見えないかも知れませんが、確かにここにいるのです……」


 すると辰之進さまは少しばかり申し訳無さそうなお顔をして、


「そうですか……手紙には新しいお師匠様に就いて精進されているとありましたが……随分と大変だったんですね」


 そう言いながらわたしの突き出した手をそっと、包み込んでくれた。


 その手はスラリと細いながらも常に鍛えているのがよくわかるものだった。

 その手の暖かさと、慈しむように見つめてくる視線に思わず顔が熱くなってくる。


 ……あぁ……辰之進さま……


 その状況にうっとりと悦に浸っていると、突然辰之進さまが慌てだし、

 

「あ、あの……おハルちゃん……そのおハナ師匠と仰る方は、どの様なお方でしたか⁉︎」


 あれ?言ってなかったかしら?


「はい。とても可愛らしいお姿の象さんです」


 その長いお鼻で器用に教えてくれたのですよ。とニッコリ返事をした。


「……いや、てっきりその新しいお師匠様とは、亡くなったか何かでお別れする事になり、そのバチは形見の様なものなのかと……」


 ひきつったお顔で、握ぎるわたしの手に力が入る。

 そして小刻みに震え始め、その振動がわたしにも伝わってきた。


 さすがにこれはちょっと様子がおかしいですよね?

 もしかして……


「あのぉ……辰之進さま。何か変なモノでも見えていらっしゃいますか?その……ここに「おハナ師匠」がいらっしゃるんですけど……」


 二人の間にあるバチに視線を移しながら、


「今、このバチの上にちょこんと座っている象さんのことですよ」


 そう言うと、辰之進さまは無言のまま大きく頭を振るった。


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