吉原の女郎
……辰之進さまはまだかしら……
今日はデートだ!ってとても楽しみにして来たのに、今目の前にいるのは辰之進さまとは似ても似つかない暑苦しい大男……
それになんでかは知らないけれどわたしのことをバカにするし、吉原、吉原って騒いでるし……興醒めよね……
そうそう。吉原と言えば、あのお二人の姐さん方はお元気かしら……
そんなに沢山でないけれど、わたしにも仲の良い女郎、遊女さん達がいる。
吉原にもお知り合いの方がいて、その中にわたしのことを妹のように可愛がってくれていた子供好きの二人の遊女さんがいた。
そのお二人は実の姉妹で二人とも結構な人気者だった。
太夫がなくなって久しいけど、少し前なら確実に候補に上がったって言われるほどの美人だ。
お座敷の合間によく、「お客さんからの頂いたのだけどね」ってお菓子をくれて、禿さん達と一緒に食べてたのよね。懐かしいなぁ……
その場に一緒にいた鶴吉姐さんには、「うちでメシ食わせて無いみたいじゃないか。恥ずかしい子だね」って呆れられてたけど。
そんな姐さん方も、今はもう吉原に戻ってしまっている。
お元気にしていらっしゃるかしら……
お二人共に赤みがかった髪と、左右違う位置にある涙ぼくろが印象的だった姐さん方のことが思い出されてきた。
よく火災に見舞われる吉原はこの前に起きた明和の大火でも燃えてしまって、暫くの間は「仮宅」として他の地で臨時営業をしていた。
本所や浅草、それに深川へも吉原の人達がやってきていたので、たまに姐さんと一緒に吉原遊女さんのお座敷へ上がっていたことがあった。
鶴吉姐さんは、「吉原の事は吉原の芸者に任せとけばいいんだよ」って行きたがらなかったけど、お得意さんにどうしてもって頼まれて仕方なく。
わたしは可愛がってくれたそのお二人の遊女さんがいたので喜んでお座敷に行ったものだった。
仮宅での営業は当然町中になるので、普通の民家や仮説の建物を使ってやっていた。
だから吉原本来の面倒な格式ばったものは無かったから料金も安く設定されていた。
それと物珍しさや気軽さも手伝って、普段来ない人達が大勢押し寄せてきたから仮宅での営業は大忙しなんだって。
お二人がよくぼやいてた。
「ほんとにもう……揚げ代が安く済むからって、ここぞとばかりにガツガツする客が多くってね……困ったもんだよ……特にあの粋人気取りの、タッパのあるお侍さんなんてね……ふふふ……」
二人して顔を見合わせて、コロコロと鈴を転がすような声で笑ってた。
その、特に困ったお客さんってば、やっぱりこのお方よね……居丈高で背が高くって額に一文字の傷があるって言ってたしで…それに半可通だし……
実はさっきからずっと気にはなっていた。
初めてお目にかかった時に、その印象的な額の傷を見て、ちょっと引っ掛かかっていた。
その後につまらないお話しを聞いて、あぁ……このお方が……って思ったのだけど敢えて口にしはなかった。
……だって、辰之進さまといらっしゃるとこで変に波風なんて立てたくないもの……
でもそろそろつまらない講説を聞くのはうんざりです!限界です!
色々言われてカチンときてますし!
つまらないお話しに作り笑顔で相槌を打っていたけど、突然ニヤリと笑って、
「そう言えばお侍のお兄ィさん。随分な通人とお見受けいたしますが、新吉原でも顔でいらしたのですよね?貴方さまほどの方がご執心でいらしたのは、右ほくろの深雪姐さんでしたか?それとも左ほくろの浅雪姐さんですか?」
そう問いかけると、途端に黙りこんでしまった。
本来吉原で遊ぶ時は、お店に上がって一度これと決めたのならばその遊女さん一人っきり。
浮気はタブー。それはもちろん仮宅であっても。
なのにこの男はそれをやっちゃってるのよね……
……姉妹で味比べなんて、下品ですこと……
貴方のことはご存知ですよ。と口には出さずに、更に笑みを深めてジッと見つめると、黙り込んだままそのお顔は真っ赤に変わり、その後真っ青になった。
……あら、傷も色が変わるんですね……
面白いですねって呑気にその様子を見ていたら、
「し、失礼するっ!」
早速さと逃げ出してしまった。
ふぅ……ちょっとだけ気が晴れました!
行き違いに戻って来た辰之進さまが不思議そうなお顔で、
「何やら血相を変えて走っておりましたが、何かありましたか?」
「さぁ?なんでしょうね?」
コテっと首を傾げ、お爺さまを見ると苦笑していらっしゃる。
どうやらわたしが凹ましたのは特に問題は無いようだ。よかった。
なら、では失礼致します……と、席を立とうとしたらお爺さまが何か言いたげな表情に。
それに気付いたのだけども、どうせあの男のことですよね?
あんな男のことなんかは一刻も早く忘れたかったので、ニコリ。と、笑顔で拒否を示してお暇させて頂いた。
辰之進さまとのデートの方が最優先ですから!
「さぁ行きましょう!」
辰之進さまを促し、道場を後にした。




