ハル
生まれ変わった今世でのわたしの名前は「ハル」だ。
春の時期に生まれたらって聞いた。単純すぎるとも思ったけど、可愛らしい名前で割と気に入っている。
結局、お貴族様やお金持ちの家に生まれる事は出来なかったけど……今は家族が沢山いる!
おじぃはわたしが生まれる前に亡くなっちゃってたけど、おばぁはまだまだ元気だ。おっ父ぅとおっ母ぁ、お兄ぃに妹、それに最近生まれたばかりの弟もいる。前世ではおかあさんしか家族がいなかったからとてもうれしい!
家は農家で、そんなに裕福とは言えないけど……どちらかというと貧乏だけど……食べるのには困らない生活だ。よかった。
生まれたばかりの頃は、以前とはあまりにも違う世界で色々とびっくりする事も多かったけど、数えで十歳になった今ではもう大分慣れた。もうお歯黒の人をみても、魔物だ!って驚かなくなったしね。
食事も最初は見慣れない物ばかりでちょっと戸惑ったけど、慣れれば結構美味しいし、何より一日に三度も食事が出来るとか夢のよう!前世では食べれない日とかも結構あったしね……だけど……子供の頃は下着をつけないだとか、女の人が外で胸を出してても平気とか……その辺の文化の違いは、未だに慣れないなぁ……しょっちゅうお風呂に入れるのはうれしいけど、男女が一緒ってのもね……。
生まれ変わって、もう一つ気がかりだったのは「魔力」の事だ。
もしかしたら魔力持ちに生まれ変わってるかも!とちょっと期待したけど、やっぱりダメだったわね。
赤ちゃんの頃から薄々と感じてはいたけど、大きくなった今でも魔力がある感じがしないし……残念。
だけど、この世界にはそもそも「魔法」って無いみたい。おっ母ぁの背中に負ぶわれている時から色々観察していたけど、魔法を使っている人はいないようだったし、普段ならその辺をフワフワ浮いてるはずの精霊さまの姿も、全く見えなかった。
あれ?そういえば精霊さまを見たりりお話できる力、なくなっちゃったのかな?って思ってたんだけど……。
初めておっ母ぁに負ぶわれて台所に入った時、見ちゃったのよね……丁度かまどがある上の方、天井近くにお札が置いてあって、その前に「ソレ」がボワっと浮かんでたの!
お札と同じ位の大きさで、怖い顔が三つあって、体から手が幾つも生えてて、手には何か武器みたいなのを持ってた。
え!?何!?コワイ!って驚いてたら「ギロッ!」と睨まれたの。すぐに目を反らしておっ母ぁの背中にうずくまって震えてたわ……すっごく怖かったのを覚えてる。
周りの人達の様子を見ていると、どうやら「ソレ」が見えているのはわたしだけだったみたい。だけどね、たまにおばぁやおっ母ぁが「ソレ」の方に向かって拝んでいるの。だからようやく言葉が喋れるようになってから「ばーちゃ。なにおがんでるん?」って聞いたのよね。そしたら
「ありゃ、かまどの神様、荒神様だぁ。火や水を守ってくれる神様だぁ」って教えてくれたのよね。神さまだったのね。アレ。
取り合えず神さまが見える力は残ってたみたい。
恐い顔をしている荒神さまと目を合わせたくなかったから、お台所に入るのは恐かったんだけど、おっ母ぁに負ぶわれてたら入るしかなかったのよね。だから負ぶわれてかまどの前に行く時は、なるべく目を合わさないようにしてたわ。それで時々背中から恐る恐るこっそりと覗いて見てたの。……どうやら何時も同じ場所にいて動かないみたい。フラフラと浮かんでる精霊さまとはちょっと違うのよね。それに、あんなコワイ精霊さまなんて、見た事なかったしね……。
ようやく一人で動けるようになった時に、誰もいないのを見計らって勇気を出して台所に入って恐る恐る荒神様に話しかけてみたの。そしたらお顔は怖いけど、やさしいお声でお返事してくれたわ。少しお話をする事も出来た。荒神さま、どうやら汚いのがお好きでないとの事。はい。頑張ってお台所キレイにします。どうやら神さまとお話し出来る力も残っていたみたい。
おばぁとか他の人から色々とお話を聞いてく内に、どうやらこの世界には荒神さまみたいな「神さま」が沢山いらっしゃるみたい。それを「八百万の神」って言うらしくって、見えなくっても、どこにでもなんにでも神さまがいらっしゃるんだって。どこにでもいると聞くと精霊さまみたいだけど、やっぱり神さまなんだって。精霊様みたく、悪戯好きじゃないといいんだけど……。
ほうきの神さまや井戸の水神さま、田んぼの神様、年神さま……etc。
そう。トイレにも神さまがいるって聞いてビックリしたのよね。「厠の神さまは左右の手でそれぞれ糞尿を受け取ってるから、厠で唾とかを吐くと厠の神さまはそれをお顔で受け取るしかないから絶対にやっちゃいかんぞ」って教えられた。
前に、ホントかな?って厠に石を投げ入れてみたら、いきなり目の前に厠の神が表れて怒られたのよね。あの時はほんとビックリしたわ。ごめんなさい。もう二度としません。
それにしても、ここには本当に神さまが沢山いらっしゃるのね。あと、神さまにはそれぞれ色々とルールとかもあるのよね。ちゃんと気を付けないとね。