道場
最近は何かと忙しくって、あの時以来辰之進さまとお会い出来る機会が無かった。
でも今日やっとお会い出来るんだ!
足取りも軽く、待ち合わせよりも少し早い時間に辰之進さまのいらっしゃる道場に着いたのだけど……
……何⁉︎あれ……
威勢の良い掛け声が響く道場の格子窓に、若い女の人達が鈴生りになって中を覗き込み、黄色い声が飛び交っている。
わたしもちょっと同じように格子から覗き込んでみたかったけど、はしたないまなはダメよねって、ちょっと離れた所から済ました顔でそれを遠巻きに見ていた。
……えぇ、別に窓まで背が届かないからって訳ではないですよ!
暫くすると道場の中の喧騒がひと段落したようなので中に入って行くことに。
……うっ……表にいる娘さん方の視線が痛いです……
入り口から中を覗き込むと中には木刀を持った人達で一杯だった。
取り敢えず、「ごめん下さいませ……」と丁寧にご挨拶していると、
「なんだいこの子供は?迷子か?」
頭の上から野太い声がして、ぬっと影がさした。
顔を上げて見ればそこにいたのは巌のようなお顔の暑苦しい大男だ。
うわ……苦手なタイプだ……
額にはまるで刺青のような一文字の傷があり、それと相まってギロリと睨まれたので怖くて逃げ出したくなったけど、そこは接客業。
嫌そうな表情はおくびも出さずに、「今日は良いお日和で。お尋ねいたしまたしのは……」淡々と続けていると、
「やぁ、おハルちゃん。久方ぶりだね」
辰之進さまがわたしを見つけて、汗を拭きながら爽やかな笑顔で歩み寄ってきた。
あぁ!……相変わらずお美しい……目の保養です!
上気した顔に汗がキラキラと輝いていて眩いです!
すぐにサッと辰之進さまに向き直し、恍惚とした表情でご挨拶をしていたら、
「あぁ、此奴が辰の言っていた深川の芸者娘か」
横から大男に馴れ馴れしく頭をポンポンと叩かれた。
むぅー!まだ辰之進さまにも触られて無いのに!勝手に触るな!
ちょっとイラッとしたけど大男のことは無視して、「辰之進さま。早く着いてしまいまして申し訳ありませんでした」と続ける。
もちろん早くきたのはワザとです。
だって道場で活躍する辰之進さまを見たかったのだもの!
「いや、大丈夫ですよ。もう少しで終わりますので。それまで稽古の様子をご覧になりますか?」
心の中で「良し!」と拳を握り、「ではお言葉に甘えまして……」辰之進さまのエスコートで道場の上座に向かった。
そこには好々爺然とした方がお一人で座っていらっしゃって、紹介をされたら辰之進さまのお爺さまだった。
ご挨拶をし、横に並んで座って一緒に稽古の見学をすることに。
時折りお爺さまが「今の太刀の構えは……」とか親切に稽古の内容を解説をしてくれたので、「ほうほう」と聞いていたのだけど……ごめんなさい。難しくってよくわかりません。
わかったことと言えば辰之進さまってば、かなりお強いらしくって、この道場では一二を争う腕前なんだって。さっきの大男と双璧をなすのだそうだ。
……あの礼儀知らずさんがねぇ……
確かに大柄で力が強そうですけどね。
辰之進さまとその大男が打ち合っているのを見ていたら、三本の内二本を辰之進さまが取った。
小柄な辰之進さまが大柄な男を翻弄させている姿は見ていて楽しいし、嬉しい!
対峙し終わって礼をしている時に思わず小さく拍手をすると、辰之進さまから軽く笑みを返され、大男からは睨まれた。
暫くして全ての稽古が終了したらしく、めいめいが片付け始めたら辰之進さまも、「ではちょっと着替えてきますので、ここでお待ち下さいね」一旦下がってしまった。
その代わりに……
「辰己芸者にもこんなちんちくりんが居るのか……」
先程の大男が汗だくのまま、ニヤニヤとしながらこちらにやって来た。
思わず眉を顰めたくなったけど、よそ行きの笑顔を作り、「えぇ。先達て鶴吉姐さんの妹芸者として春蔵と名乗らさせて頂きました。以後お見知り置きを」ニッコリ笑って答える。
「ほぅ……辰己芸者の鶴吉は三味線の名手と聞くが、お主のような者が妹芸者とは……どうせその腕前もたかが知れてよう……」
まぁ!初対面なのになんて言い草!
あの妖怪姐さんのことなら何を言っても構いませんが、このわたしを侮辱するなんて!
思わず横っ面を引っ叩きたくなる気持ちを抑えて聞き流していると、「人の噂は当てにならんな」とかどんどん調子に乗って言ってくる。
その間、隣に座るお爺さまは困ったお顔をして黙り込んでいらっしゃった。
「……まぁ江戸の外れの深川じゃそれも仕方なかろう。所詮、田舎者の集まりだ。やはり枝は吉原に限るな!」
挙句に俺は通人だ。方々の花街を知っている。遊女から小指も貰ってるぞ!とか得意げに自慢語りが始まった。
何故か深川のことばかり悪様に言い、やたらと吉原を持ち上げる。
……何か深川に恨みでもあるのかしら?
あのぅ……別にわたしが深川芸者の代表ってわけでは無いですよ?なったばかりですし……まぁ、あの姐さんを基準にしてもらっても困りますが……
……それにしてもなんでこんなの相手に、大人しく聞いていなければいけないのかしら……
チラリとお爺さまを見るとやはり黙ったままで、とても申し訳無さそうなお顔になってる。
その様子から察すると何か理由があるのだろう。
仕方が無い。よく分からないけど辰之進さまのお爺さまのお顔を潰すわけにはいかないわよね。
気持ち良さそうに勝手に喋っている大男のことはこのまま無視してればいいや。
辰之進さまがお戻りになるまでの辛抱ですもの。
気合いを入れて作り笑いの笑みを更に深め、大人しく聞き流すことにした。




