お仙さんの襲来
季節も秋から冬へと変わる。
お手伝いに来てもらっているお文さんが、「おハルちゃん。ウチのがね、今年は滅法寒くなるぞって言ってたよ」だから冬支度はしっかりしとかなきゃね。ですって。
漁師の旦那さんが言うならそうなのでしょうね。
確かに十月に入ったばかりなのにもう寒い。今年の冬は大分寒くなりそうだ。
そんな暖房器具を出すことのできる亥の子の日が待ち遠しいある日、うちにお仙さんがやって来た。
「姐さーん、お客さまですよー」
わたしが呼び掛けると茶の間から、「誰だぃ」と気だるそうに顔を出した姐さんだったけど、
「げっ!お仙!なんでココに!」
お仙さんを見るや否や顔を青くして、慌てて投げ出そうとした。
「鶴吉!逃げるんじゃ無いよ!このデコ助が!それにちゃんと「さん」をつけな!」
怖いお顔で怒鳴りつける。
お店の時とはまるっきり別人で、わたしも思わず身がすくんでしまう。
どうもお仙さんは普段滅多に外へは出ないらしく、用がある時は呼びつけるのが普通らしい。
今日のようにわざわざ出向くのはとても珍しいことなんだって。
だから姐さんはとても驚いたらしい。
「お前は呼び出しても一向に来ないからね。それにハル坊にも話があるよ」
キッと鋭く睨まれる。
いつもの見慣れた茶の間だけど、いつもと違うのは長火鉢の向こう側にいるのは姐さんではなく、お仙さんが不機嫌そうに座って煙管を使っている。
その前に神妙としたわたしと一緒に並んで、姐さんが小さくなって座っていた。
既におタエさんはお店の方に呼び出し済みで、お仙さんにコッテリと絞られた後だったらしい。
「あの子にも、ハル坊の現状については聞いてるよ」
わたしを芸者にすべく、おタエさんと姐さんはお仙さんから仰せつかっていたのだけどいまいち芳しく無いとのことでご立腹だ。
「それにちゃんと言っといた筈だよ!まだ身体も出来てないうちからあんまり神様関係の仕事は振るなってね!」
どうも神さまとの関与は、そのお力によって身体に負担がかかるので、身体の成長が阻害されてしまうらしい。
なにそれ⁉︎初めて聞きました!だからあんまり背が伸びないの⁉︎
「ほっとけばずっと飯を食ってる奴なんで、その辺りは大丈夫かと……」
……そう言えばご飯はいつもたらふく頂いてます。ありがとうです!
それにしてもあの栄養はどこへ行ってるんだろう?
「それだけじゃ無いよ……」
その後もずっとお小言が続いた。
主にわたしに関することだけど、姐さんの生活態度とかについても。わたしに悪影響があるって。
時折り姐さんが、「いや、それは……」と口を挟もうものなら更にお小言がヒートアップ。
姐さんはどんどん小さくなっていく。
それの横でわたしは、「あの二人の姐さん方より怖い女の人がいるだなんて……」悪化に取られながら大変ですね。自分でなくてよかった!と完全に人事だった。
でも……
「で、ハル坊。お前、今どこまで出来てんだい?」
遂に矛先がこっちに向いてしまった。
厳しい目つきのお仙さんの前で、唄や踊り三味線などを披露するはめに。
ビクビクしながら一通りやり終えると、
「鶴吉の三味線の腕は確かなんだが、名手と言えど教えるのが上手いとは限らないねェ……」
ため息を吐かれた。
でも唄や踊りは及第点だったみたい。良かった。
そう言えば確かに姐さんのとこへ三味線を習いにくる人もいるのだけど、姐さん目当ての若い旦那さんとかお年を召した御隠居さんしか見た事がなかった。
もしかして芸者関係者で女の人ってわたしだけ?
「取り敢えずハル坊の三味線についてはこっちでも考えとくから……」
また長いお小言が再開した。
「じゃあ、あたしは帰るんでね」
そう言って席を立つ頃にはすっかり日も暮れていた。
昼過ぎからずっと怒られっぱなしの姐さんは、魂が抜けたようにその場で倒れ込んでしまっている。
わたしが玄関まで見送りに行くと、
「そうそうハル坊。明日店にいらっしゃいな。渡しときたいものがあるからね。でも店に入る時は、表からじゃなく勝手口から入りなね」
あんたみたいな若い子が堂々とうちの店に入って来るんじゃないよ。ノアに案内するよう言いつけておくからね。そう言い残して帰っていった。
翌日。
昨日の疲労でまだ寝床から出てこない姐さんを尻目にお仙さんのお店に向かった。
お店に着いて細い路地を回り、勝手口を探すのだけども……
それらしいものが見当たらない。
どこだろう?と困ってキョロキョロとしていたら、
「おハル、あまり挙動不審な真似をするんじゃないよ!」
声のする方に顏を上げると、お店の屋根瓦にノアさんがいた。
そのまま目の前に飛び降りてきて、
「ここの勝手口はね、こうやってここを触ると開くんだよ。場所を間違えるんじゃないよ!」
って、目の前のただの壁を前足で触るとノアさんの姿が消えてしまった。
わたしも慌てながら同じように壁に手を付けて、「えいっ!」と手を伸ばしてみる。
すると気が付けば景色が変わり、建物の中へと入っていた。




