兄
オレの妹は、赤ん坊の時分からちょっと変わった、不思議な子だった。
オレとは五つほど年が離れている。
初めてのきょうだいだったからこんなものかと思っていたが、おとなしくって赤ん坊のくせにあんまり泣かない子だった。
「お前ぇんの赤ん坊の時分は、夜中でもなんでもお構いなしに元気にビービー泣いてたもんだったけどねぇ」
おっ母ぁはオレと妹を見比べて「この子は大丈夫なのかねぇ?」と、何時も心配そうにしていたぐらいだ。オレは赤ん坊の時分、随分と迷惑をかけたらしい。申し訳ねぇ。
そういや普段は全く泣かない子だったが、おしめを変える時だけは、嫌がって泣く事があったな。
それも、オレやおっ父ぅがおしめを変えてやろうとする時にだけ、だ。
おむつにソソウしててもすました顔をしてたのが、変える段にいきなり豹変して、ギャーギャー泣き出すんだ。
これが「あらあら仕方がないねぇっ」て、おっ母ぁやバアさんに代わると、ピタリと泣き止む。なんなのかね。もう……。
そういや体を洗ってやる時も、泣きはしないまでも、大そうイヤそうにしてたなぁ……。
別に、ただ抱き上げたりとか構ったりする時は、オレやおっ父ぅでも喜んでいたもんで、男嫌いって訳でもなさそうなんだがなぁ……
物心ついた時分にはガキのクセに腰巻が欲しいだのなんてぬかすし……ちんまい頃からおしゃまなガキだったな。あいつは。
あぁそういや一度すっごい大泣きしたのを覚えてるな。
あれは確か近所のおばさんが出産祝いに来てくれた時だ。
「おーカワイイ子だね。よしよし……」
って、おばさんが腕に抱き上げ顔を近づけ、ニカっと笑った時だ。途端に、ひきつった顔してガン泣きだ。あんときゃその後ずぅっと泣き止まずに、一日中泣き通しだったけかな。
おばさんのお歯黒にでも驚いたのか?うちのおっ母ぁはつけてなかったけど、当時は江戸の流行りがここ等にも広まってきてて、祝い事の席でたまにつける人が出てきた時分だったな。そんなに怖かったのかね?いいじゃないか。粋だろうに。
歩ける時分になると、何時もちょこちょこオレの後をついて来てた。かわいいもんだったな。
だがな……子供時分には頭に剃刀あてて髪を剃るのが当たり前なのに、頑として剃らせなかったのには参ったな。
総髪のまんまの妹を一緒に連れ立って歩ってると、近所の子供に馬鹿にされるのが恥ずかしかったもんだ。当の本人はどこ吹く風ってすまし顔だったがな……。
おっ父ぅやおっ母ぁも「あの子の好きにさせな」って言ってたけど、やっぱり苦い顔してたな。
それにオレが月代そる時分になった時にも「ねぇ、やっぱり剃るの止めない?」って止めようとする位だったしな。何がそんなに嫌だったんだ?今日日、いい年して月代を剃らないやつなんて、無宿者か学者くらいなもんだろうに。
よく変な事も言ってたな。
一緒に道を歩ってると「こっちはイヤ!あっちから行こう」と言うから、なんでんだ?って聞くと「お地蔵さんがコワイから」とさ。でもこっちの道にもお地蔵様がいるぞ?って言うと「あっちのお地蔵さんはコワイ、こっちのお地蔵さんはヤサシイ」だと。オレにはどちらも同じ、やさしい顔したお地蔵様にしか見えないんだが……。
他にも、よく何もない所で突然ブツブツ独り言を言ったり、何やら必死に拝んでたりするのを見かける事がある。何か変な物でも見えてんのかな?見えてたんだろうな……真ッ昼間にお化けってわけでもあるまいに……。
オレはお化けは大嫌いだ。勘弁してくれ。だから妹が何か変な事してるのを見かけても、オレは何時も気づかないふりをしてた。
だがまぁそんな変な子だった妹も、大した病にも掛からず無事に大きくなり、今じゃ数えで十になる。立派な女になった。
後から生まれた下の子達の面倒や、家の手伝いも率先して喜んでやる。働き者だ。
生まれたばかりの頃はおっとさんに似たキツイ目つきに「ありゃ?こりゃ弟か?」と思ったもんだが、最近じゃ目鼻立ちも整い女らしくもなってきて、男の子に間違われる事も少なくなっってきたしな。年齢よりも、しっかりして見えるくらいだ。背はあんまり伸びてないがな。
……見かけだけは、しっかりしてそうなのだが……
粗忽でおっちょこちょいなトコはガキの時分からあまり成長してないな。
炊事の支度中に鍋をひっくり返しただとか、洗濯物を落とすだとかしてはおっ母ぁに叱られてるのをまだよく見るしな。
───ガッシャーン!───
「キャー!お兄ぃ―!ゴメーン!ちょっと手伝って―!」
やれやれ……ほら、また何か仕出かした。
あと数年すればお嫁に行く年になるんだがな……こんなんで大丈夫か?貰い手はちゃんとあるんか?
どれ……取り合えずかわいい妹がこれ以上おっ母ぁに叱られる前に、片づけ手伝ってくるかな……。