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間話 辰之進まいる

 あの日は本当に大変な一日であった。




 稽古を終え、井戸端で汗を流していると師でもある祖父から、


「国許の江戸勤めの者が相談事があると来ておってな」


 今道場に来ておるからわたしにも同席するよう言われ、急ぎ着替えて祖父の部屋に向かった。


「辰之進です。入ります」


 障子を開けるや否や


「……此の方は?」


 見知らぬ、眼光鋭い中年の武家の者から訝しげに睨まれ、場に漂う緊張感に思わず身構えてしまった。


「此奴はワシの孫でしてな、源右衛門とは腹違いに也申す」


 祖父が慇懃に説明する。


「此度の件、同性でもある故、老ぼれのワシよりも此奴の方が適任であると考えた次第で呼び申した……」


 どうも、事はお家の一大事らしい。



 翌日、疲労で倒れ病床に伏す兄上に代わり、わたしが深川へと赴く事になった。

 近頃は日夜道場にて稽古漬けであった為、丁度良い息抜きの気持ちもあり、国許を離れ勝手している身であるから良い恩返しの機会であると軽い気持ちで請け負ってしまったが、後にこれほど大変な事になろうとはこの時には思いも及ばなかった。


 永代寺に於ける成田山不動明王出開帳に関し不都合が生じた為、その原因を調査すべく芸者を使うと聞いた時は何の冗談事かと思ったが、至極真面目な顔で「この件は極秘密裏に内々で対処する所存。期日も含めもう後が無いのだ」寺社役様まで出てきてそう言われてしまっては信じる他無い。

 神仏が関与している件については明らからしく、既に何人もの神事に携る者を投じてはいたのであるが、何も成果は芳しく無い様だ。


 話しを聞くに、以前本所にて出会った芸者の子が巫女の真似事をするとの事で、その際の目付をする様仰せつかったのであるが、なんとも不可思議な縁である。


 こ度の件、神仏を信じぬ訳では無いが甚だ眉唾ものである。

 しかし兄上の上役まで出て来ている手前、しっかりとお勤めを果たさねばなるまい。




 富岡八幡宮の表門を潜り、待ち合わせ場所である六地蔵へと来て、目印である縹色はなだいろの布包みを持つ者を探そうと思ったが、その必要は無かった。

 そこには一年前に出逢ったままの変わらぬ娘御が佇んでおり、直ぐに其れと知れた。

 幼児(おさなご)の一年は随分と成長させる筈であるが……余りの変わらなさには少々面を食らった。


 変わらず人懐っこい子であった。

 わたしの事を兄の様にでも思っているのであろうか。この様な形りをしておるので致し方は無いと思うが……まぁ少々むず痒いが悪い気はしない。

 ただ距離が近か過ぎるきらいがあるのがちと気になる所だ。確か歳は既にとおを過ぎておると聞いていたのだが……


 わたしのお役目はこの子が行う事の監視・監督役である。

 合流の後、永代寺に入山するとひとしきり不動明王像の前で悪戦苦闘をしていたが、今一つ芳しく無い様子だ。

 その為、他者に助言を求めに行くと申されては、わたしもそれについ行かねばなるまい。


 ……しかし、とんでもない所を連れ回されたものだ……


 あの、全てを見通す様な目をしている怪しげな女人は一体何者だ⁉︎心胆寒からしめられた……

 あの様な底の知れぬ恐ろしい者とは初めて出会った。流石、魑魅魍魎が住まう江戸である。未だ修行が足りない事を痛感させられた。

 その後も面妖で怪しげな店に躊躇なく入り込む始末……ついて行く身にもなって欲しいものだ。

 またそこの女主人も一癖も二癖も有りそうな者であったし……誠、気が休まる暇が無かった。

 極め付けはあの阿呆草であったな……あれは大丈夫な物なのか?容易く扱っている様であったが、わたしの知っている物とは随分と違うようであったぞ…… 舶来の品との事であったが、もしや御禁制の品ではなかろうな?

 

 幼い身ながらも、いずれも平気な顔で様々な事柄に対応している姿を見るに、この子もあの女人達同様、見た目に誤魔化されてはならなぬ、気の置ける者であると認識を改めた次第だ。

 

 何も摩訶不思議な現象については、事が事で有るので些細については兄上にも伝えず、わたしだけの胸にそっと仕舞う事にして、結果だけを伝える事に決めた。

 ただ、その結果だけでさえも理解に苦しむものであったが……




 案の定、兄上にわたしの言葉を伝えた折、理解するのに大分苦慮されておられた様子であった。

 熟考の後、徐に床を上げると裏を取りに向かった。

 結果、どうやらわたしがあの子から聞いた話しは間違いでは無かった様だ。

 享保の折に行われた祭典中に異変が生じ、その際対応した巫女が居たのは確かな事らしい。しかしながらそれが為に其の後暫くして亡くなってしまっているとの事も判明した。


 其の後の事は奉行所内にて色々と協議されている様であるが、わたしはこれ以上首を挟む訳にはいかぬ身である故、歯痒い思いをしながら、今後あの女人達に振り回されて兄上の心労が重ならん事を祈るばかりである。


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