お不動さま その3
「あれこの子ったら、こんな良いのと同伴たァ隅に置けないねェ」
おタエさんに揶揄われたけれど悪い気はしない。ちょっと気恥ずかしいけど、むしろ誇らしい。
辰之進さまは……緊張しながらご挨拶している。
……まぁ、姐さんもそうだけどおタエさんも、その年齢不詳で怪しげな美しさに初見の人は圧倒されますよね……圧も強いですもの……
おタエさんに会うため、彼女の経営するお店を何軒も回ってやっとのことで捕まえた。
道中、思い掛けずに辰之進さまとのデートになったので、このまま見つからなくてもよいかな……って思ってたのは内緒だ。
わたし達がおタエさんに会った時は何やら忙しそうに書物をしていたけど、意外にも邪険にされずにお茶まで出してもらい丁寧に応対された。
……この件って、思ったよりも重要だったりするのかしら?……
わたし達にお茶を勧めると自分は煙管を使いながら、
「で、ここへ来たってことは守備良くいったのかい?」
ジロリと睨まられたので慌てて首を振り、現状を説明する。
「……そんな訳でして、手詰まりな状況になります。……その……おタエ姐さんのお知恵を拝借したく……」
やおら、カン!と灰吹きに煙管の灰を落とす音にビクッとした。
「今更そんな事を聞きに来たのかい?」
ギロリと睨まれ委縮してしまう。
「鶴吉から、聞いてないのかい?」
昨晩戻ってからずっと酒を煽って、今は寝てます。と答えると、全くあのこは仕方ないねェ……って。
どうやらわたしに渡し忘れていた物があったようだ。
お不動さまである不動明王さまってば、元は印度のお偉い神さまで、シヴァ神さまの別名なんだって。破壊を司る神さまでとても怖い神さまらしい。
……やっぱり、お顔通りの神さまなのね……
で、そのシヴァ神さまの大好きな物が「ガンジャ」っていう物らしく、今回それを差し上げれば、お話しを聞くだけなら問題ないだろうって算段だったらしい。
「あの相談事を受けた晩に、鶴吉がそれを持ってるって言うもんだから、明日はそれを使えば良いって話だったんだがね……」
……がんじゃってなんだろう?聞きなれないお言葉ですけど……
「あぁ、要は大麻草だよ」
「あぁ、麻のことですね。あのトゲトゲの」
麻なら良く知ってる。村に居た頃にはそこらで生えていた。いつも着てた服も麻だしね。木綿の服なんてこっちに来るまで見たことも着たことも無かった。
「お着物とか、しめ縄とかに使ってるアレですよね。お不動さまってば、草がお好きなんでか?」
「いや、あれを乾燥させて燃やした煙がお好きなのさ。護摩を焚く時にも一緒に燃やすしね」
それを聞いていた辰之進さまが「……アホウ薬……」と、ポツリとつぶやいた。
「あれ、若いのによく知ってるじゃないか」
おタエさんは耳ざとく言葉を拾うとニコリと微笑んだ。
「そうさね。あと気管支の薬とかにも使うが、煙草とおんなじで好むモンもいるんだよ」
わたしはまだ煙草も吸っていなかったから良く知らなかった。
煙草は芸者にとって必須だとも聞くし、そろそろ覚えなければいけないかしらね。
乾燥させたやつも、その辺りにですぐに買える物らしいので、「なら……」と思ったけど、「いや、この国のモンじゃ弱いからダメさ。印度産の極上物でなけりゃ」ってことらしい。
姐さんはそれをお持ちだそうだけど、今寝てしまっているのよね……
「まぁ、あいつの寝起きの悪さったらないからね……」
おタエさんも御存じのようだ。苦笑いしている。
仕方が無いのでおタエさんが教えてくれたお店に買いに行くことに。もちろんちゃんとお金を頂いて。
さっきのお赤飯代は「お前が食っちまったんだろ」って出してくれなかった。
……けち……
お店は割とすぐ近くにあった。
稲荷横町の裏路地を入った所にある看板の出て無い陰気なお店だ。
どうやらここも、おタエさん系列のお店らしい。
……手広くやってますね……
店の中は昼間なのに薄暗く、不気味な感じ。
一人でなら絶対に足を踏み入れたくないお店だけど、今は辰之進さまと一緒だから大丈夫。
それでもちょっと怖いので意気揚々とは中に入れず、恐る恐る、そっと中を覗き込む。
……ここで、良いのよね?……
お店の中を見渡すと、「長命丸、帆柱丸、人馬丹、地黄丸、たけり丸……」などと書いてある札が目に飛び込んできた。
……なんだろ?お薬?薬屋さんかしら?……
他にも何に使うのか分からない変な物が所狭しと置いてある。あ、イモリの黒焼きはわかった。
不思議そうにお店の中を眺めていたら、「ニャアー」黒い猫がお出迎えをしてくれた。
「あらカワイイ猫さん!」
猫は大好きだ!
思わず駆け寄って捕まえる。見事に真っ黒な毛並みに凛々しいお顔。お腹に頬擦りするとお日様の良い匂いがする。
ふむふむ。あなたメスなのね。
ニャー!ニャーー!鳴き出して逃げようとするけどダメだ!わたしが満足するまでは離さない!
猫さんと夢中になって遊んでしまい、辰之進さまのことをほったらかしにしていたことに気づき、慌てて探すとまだお店の入り口にいた。
顔を赤くして「……ヨツメヤ……ヨツメヤ……」と呟いている。
……なんだろう?呪文かしら?
なにを言ってるのかサッパリ分からないけども、明らかにその様子はおかしい。
どうされましたか?と声を掛けようとしたその時、店の奥から、
「……なんだいもぅ。昼間っからうるさいね〜」
声がする方に振り向くと、深い藍色の着物に身を包んだ、眠そうにしながらもその目が妖しく光り輝いている妖艶な美女がそこに居た。
……あっ!……
その彼女を一目見た瞬間、タイプは違えど姐さんやおタエさんと同類だと言うことが本能的にわかった。
思わず身体がこわばる。
「ダメだよ。子供がこんなとこ来ちゃぁ〜」
優しげなお声だけど目が笑ってない。背中に冷たい物を感じ、思わず抱いている猫に力が入り、「ギャっ!」と鳴かせてしまった。
「……あらあら……ダメだよイジメちゃぁ〜」
ヒョイっと猫を取り上げられて、ハッと我に返った。
そうだ。遊びに来た訳じゃないんだった。
「……あの……わたし……おタエ姐さんのお使いで来たんですけど……」
ビクビクしながらそう言うと、無表情で黙ったまま細い目でジッと見つめられる。
その探るような視線に背筋がゾクゾクしてくる。
「……あぁ、あんたが鶴吉んとこにいる、ハル坊か」
話しには聞いてるよ、とその冷たい表情にフッと笑みが生じるのを見て、一応は受け入れられたようだとホッとした。
……やっぱり、姐さん方の御同輩なのですね……




