お不動さま その1
突然語りかけてきた彼を見て、思わず口をあんぐりと開けて目を見開いて見入ってしまったハルであった。
……いやだって、わたしが覚えている彼とは……
近くに寄って来ると、見上げてしまって首が痛いほどに背が高い。思わず後退ってしまう程だ。
美少年寄りの美青年だったはずが目の前にいる彼はもはや立派な美男子と言っていい。顔つきも以前より端正になってる気がする。
頬を赤くしながらじっと見つめていたら見つめ返され、その視線に気付いて我に返り慌てて返事をした。
「ご、ご無沙汰しております……暫くお目に掛からない内に……失礼ながらも随分とお変わりになっていて、気がつかなくって……」
「一年振りですかね。おハルちゃんはお変わりにない様で、すぐわかりましたよ」
……うぐぅ……
悪気は無いのはわかるけど、その笑顔にちょっと傷つく。
でもお陰でちょっと落ち着いてきて、今の自分の姿を思い出した。
しまった!成長してないのは今更だけど、今日はどうせお役人さまとお仕事するだけだからと、あまり可愛くない普段着だった!
しかもさっき姐さん方に頭を撫でられて髪がボサボサ!
エヘヘ……と笑いながら慌てて手櫛で髪を整え始める。
その様子を辰之進は優しく見守っていてくれていた。
……それにしても……いつか深川へいらしてくれるとおっしゃてくれましたので、今か今かとお待ちしておりましたが……ちゃんといらしてくれたのですね!
思い掛けない出逢いに、目の前がパァーと輝いてくる。さっきまでの沈んでいた気分が徐々に上がってくるのを感じた。
しかしそれと同時に、自分がここにいる理由を思い出してハッとする。
そうだ!今日は朝からお仕事だからここにいるんだったよ……なんでこんな時に!
自分の間の悪さに頭を抱えたくなる。
……でも……仕方ないよね……ごめんなさい……
少しだけ葛藤したけど答えなんて決まってる。
……何よりも重要なことは……
当然、お不動さまなんかのことよりも、辰之進さまの方が大事ですよね!
こんなお仕事なんてサボっちゃおう!
そもそもこの件は姐さんも乗り気では無かったし、今更急がなくっても明日でもいいんじゃないかしら?
頭の片隅に浮かんだ姐さんとおタエさんの怖い顔はそっと隅に追いやり、悲壮感漂う同心さんには心の中で謝ってからペイっと放り出した。
さて、何処に遊びに行こう?
そう言えば以前お会いした時はお座敷に躊躇していらしたけど、今は大丈夫かしら?お酒はお飲みになられる?
取り合えず、まずは近くでお食事にでも……いや、まだ朝早いのよね。
う~ん何処に行くのが良いかしら?
既に頭の中は遊ぶ事で一杯なハルであったが……
「こ度は急な件で御足労かけ申し訳ない。兄上に代わってお詫び申し上げる……」
……あれ!?
突然、丁寧にお辞儀をしだした彼の言葉を理解するまでにちょっと時間を要した。
呆気に取られているわたしを他所に、彼はそのまま淡々と語り始める。
どうも昨日お座敷にいらしてた同心さんてば、彼のお兄さんだったみたい。お顔が怖いだなんて言ってごめなさいね。でも、あまり似てないわよね……
で、その同心さん、疲労が原因でとうとう昨晩倒れちゃったんだって。
……顔色、相当お悪かったですものね……
事が事なので安易に代わりの人を立てることも出来ず、かと言って急を要するため日延べする訳にもいかない。
それで急ぎ奉行所内で協議した結果、見届けをするだけなら別にこの人手不足の中、わざわざ藩の者を使わなくてもいいのでは……となったらしい。
それで血縁者なら秘密を守らせるためにも丁度良いのではないか、となり、丁度同心さんの血縁の者が江戸にいるからその者が適当だろうと、昨晩遅くに彼の祖父の所へ話しが行ったそうだ。
この話しをしていた際、同席していた彼が見届け人として名乗りを上げたのだと。
「此方へ中々来る機会もなかったので、丁度良い機会かと思い……」
話しを聞いている内に、これはもしやあの時の芸者では?って思ったらしい。
気の強い深川芸者に子供と見紛うばかりの妹芸者二人組と聞いてピンときたらしい。
……ちょっと気になることもあるけど……この際気にしません!
それはさておき、お兄さま!大感謝です!
体調をくずされて倒れられたのは不憫に思いますけど、わたし的にはとても好都合!ありがとうございます!
さっきはサボっちゃおうなんて思ってごめんなさい!喜んでこのお仕事させてもらいます!
お不動さまだろうが閻魔さまだろうが、今ならドンと来いです!
俄然、やる気になった。
「その様な事があり、わたしが参った次第で……若輩者の身ではありますが、微力ながらお力添えをさせて頂く所存です」
そんな事ありません!大歓迎です!百人力です!
心の中ではそう叫びながら、
「いえ、そのようなことはございません。お力添え大変感謝いたします。お兄さまのいち早いご快復を心からお祈りいたします。病床にてご安心出来ますよう、しっかりと務めさせて頂く所存ですので、こちらこそどうぞよろしくお願い申し上げます」
緩み切った顔を隠すため、なるべく丁寧な物言いで深々とお辞儀をした。
大地蔵さまから注がれる生暖かい視線は無視して、足取りも軽く、至福の笑みを浮かべながら、いそいそと彼の後ろについて永代寺までのデートを楽しんだ。




