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珍客のお座敷の後で

 姐さんはこの後用事があるようで、「お前が寝ちまう前には帰るんで酒の用意だけしときな。飯は先に食っちまってていいから」って、わたしは箱屋さんと共に帰された。

 どうやらこれからすぐにおタエさんと合流して色々と悪巧み───いえ、相談をしてからお侍さん達と会うみたい。




 その夜遅くに、姐さんが不機嫌そうなお顔で戻って来ると、「明日、これを持ってお前が行ってきな」小ぶりな縹色の布包みを投げ渡された。

 

 ……ほら、巻き込まれた……


 今回の件は姐さんの予想通り、今し方そこの永代寺に出開帳で来ているお不動さま絡みだったようで、同心さんの上役である大検使さん達も交え、詳しいことを話しあっていたそうだ。


 今年の出開帳は七月から九月まで行われている予定だったのだけど、何故か八月に入り一旦取りやめになってしまっているらしく、突然の中止に町中でも噂で持ち切りだそうだ。


 ……お前も知ってるだろ?って言われたけど、周りに出ている屋台とかばかりに気がいってたので気がつきませんでした。お不動さまにも特に興味無かったしね……


 なぜ取り止めたのかというと、突如お不動さまの戸が閉じてしまい、開けなくなったしまったとの話しだ。

 どうも人為的なものでは無い様で、触れることすらも出来ないとのこと。

 このままでは出開帳をとりやめて、成田山までお不動さまを持って帰ることも出来ないので、関係者はみんなほとほと困り果てている状況なんだって。

 姐さんは、「どうせお不動様の仕業だろうさ。神様のするこたぁ理不尽でつまらん事に決まってる」って吐き捨てる様に言ってる。


 そんな訳で早急にその原因の究明、出来ればその解決が望ましいってのが今回のお仕事なんだけど……


「なんで姐さんはそんなにご不満そうなお顔なんですか?」


 帰るなりずっと不機嫌だ。

 話しを聞いているだけでは大方姐さんの思惑通りにことが運んでいるように見えるんですけど?

 ……えぇ、もちろんわたしはお顔が怖いお不動さまに会うのがイヤなので、行かされる身としてはとても不満ですけどね。


「……そうさね。思った通り出開帳絡みのいざこざで、取り敢えず原因さえわかりゃ良いってんだから、お不動様んとこ行って、ちょいと煽て話しを聞きゃあ済む、簡単な話しだ。こりゃぁ濡れ手で粟だと思ったんだが……」


 ……思ったよりお金にならなかったと……


 寺社奉行職と言えばお大名。それも最低五万石以上のエリートさまだ。

 なら、それなりに払いも良いだろうと考えていたのだけど、いざ蓋を開けてみたら違ったんだって。


 昨年の江戸の大火でも、ここの藩の江戸屋敷は上屋敷も下屋敷も火災を免れたそうだし金銭的には問題ないだろうと思ってたんだけど、数年前に国元で起きた百姓一揆の影響などもあって、実はその内情は火の車だったらしい。


 そんな訳で金銭面での折り合いが上手くいかず、やる気が削がれた姐さんは、


「大見えきって首突っ込んじまった手前、はい、さようならって訳にもいかねえし……」


 自分では行かない代わりに、わたしを行かせることにしたらしい。

 

 ……いい迷惑ですこと……


 さっき渡された包みはお奉行さまからの許可証みたいなものらしく、「大事なもんだから失くさんように。それから……」向こうからも見届け人が来るようで、明日の朝六ツ半(午前七時頃)に大地蔵さま前で待ち合わせだそうだ。どうやらこの包みは待ち合わせの目印でもあるらしい。

 

「明日は一日中寝てッから、なんかあったらおタエ姐さんに聞きな。あたしの事、煩わすんじゃないよ!」


 それだけ言うと、あのしみったれが……って、不貞腐れながらお酒を飲み出した。


 ……勝手なもんですね……




 翌朝、直ぐ近所だけど待たせては悪いと思い、嫌々ながらも朝六ツの鐘がなるとすぐに家を出る準備をした。


 家から永代寺までは裏門から行けばすぐだけど、待ち合わせ場所である江戸六地蔵の内、六番目の地蔵、大地蔵さまのところへ行くには表門から入って行く必要がある。

 通りに出て、とぼとぼと歩いていると、


「あれ、おハルちゃんじゃないか。随分と早いね」

「お座敷の帰りかい?」

 

 顔見知りの、四ツ明け(よつあけ)九明け(くあけ)の姐さん方に見つかってからかわれた。


 ───夜の遅いお座敷では、夜四ツから朝六ツまでを一区切りとして「四ツ明け」と言い、ここ仲町では九ツから朝六ツまでを一区切りとして「九明け」と言った。


 不貞腐れながら、「姐さん方、ご苦労さまでございます。違いますよ。お使いです」あいさつすると、「わかってるよ」「もう少し背ェ伸びねぇとね」「可愛いわねぇ」などと言われながら囲まれて、みんなして頭を撫でたりされた。


 徹夜明けでハイテンションの姐さん方に、ハルは黙ってされるがままだ。


 ……だからこの時間にここを通りたく無かったのよね……


 みんなにおもちゃにされながら、……来年か再来年にはわたしも姐さん方みたくお座敷に出る様になるのよね……でも、夜通しお仕事なんて出来るのかしら?いっそのこと、床芸者にでもなった方がお客さんと一緒に寝れる分、楽なのかも……などと考えていた。


 暫く弄ばれ、満足した姐さん方に解放されると急いでまた歩き出す。


 ちょっと早かったかしら?


 大地蔵さまの前まで着いたけれども、それらしい人は誰も見当たらなかった。

 もしかしてもう来ちゃった後かな?とも考えて、取り敢えず大地蔵さまにご挨拶がてら尋ねてみたけれど、わたしのことを待っていたような人は特に見てないって言われた。

 

 ……なら暫くこのまま待っていましょう。


 ───この大地蔵はハルが見上げるほどの大きさで、表門から入り右側にあった。

 造立されてから百年未満の若いお地蔵様になり、その為か気立も優しく、ハルは何時も気安くさせてもらっていた。


 ……それにしても……


 ただでさえお顔の怖いお不動さまへお会いしに行くのに、昨日会った、あの怖そうなお奉行さまと一緒だなんて……


 清々しい朝のはずなのにとても憂鬱だ。着いたばかりだけどもう帰りたい気分になる。


 今更だけど今回のお仕事、やめちゃダメかしら?

 なんでそうなったのか原因だけわかればいいんだったら、ここには沢山の神さまがいらっしゃるんだから、他の神さまにお聞きすればわかるかも。きっとどなたかはご存知よね?……でも変に神さまに頼ったりすると後が怖いのよね……


 大地蔵さまが乗る石の台座に背中を預けて、そんなことを考えながら通り行く人たちを眺めていると、なにやら表門が少し騒がしくなってきた。

 こんな朝からなんだろう?と注意して見てみれば、若い女たちが黄色い声を上げていて、遠巻きにしている間から一人の若いお侍さんの姿が見えてきた。


 ……なるほど、これは確かに……


 現れたその男性は思わずため息が出て、見惚れてしまうほどに美しかった。

 しばらく見ていると、その男性がこちらへと向かってくる。

 それに気づき周りを見渡すも、ここにはわたし一人しかいない。

 

 ……え?まさかわたしに御用ですか?

 

 誰だったかしら?こんな美しい人、お客さんとしてお会いしていたら絶対覚えているはずなのに……

 

 必死に考えるも思い出せない。

 目の前まで来た彼に、緊張して思わず身構える。すると彼が、


「お久しぶり。おハルちゃん。覚えているかな?本所であった辰之進だよ」


 爽やかな笑顔で語りかけてきた。

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