本所から帰宅した後で
その夜、姐さんに茶の間へ来るようにと言われたので、これはお小言が始まるのかと覚悟したのだけど……
「お前には手習いも行かせた方が良かったかもしれないねぇ」
年齢的にちょっと遅いかもしれないが、遅過ぎる訳でもないのでこれからは手習いにも行かせるか、と。
いきなり何を言い出したのかさっぱりわからなかったけど、お小言よりはましなのでそのまま大人しく聞くことにした。
ここへ来る前に村の寺小屋である程度読み書きは出来ていたので、本でも与えとけば後は勝手に色々と学んでいくだろうと考えていたらしいけど、どうもそれだけでは不十分だったと。
常識がズレているとまでは言わないけれど、みんなが知っていて当たり前のこととかを知らなかったりすることがあるって言われた。
……例えば……
「お前、字を書く時、たまに筆を立てずに寝かして書いてたりするね」
───あぁ確かに……ペンで書く時の癖が出ちゃう時あります。筆だと斜めにすると上手く書けないのよね。
「刃物を使う時も、手前に引いて切るのに押して切ろうとするし……」
───そうそう。こっちの世界の刃物は「片刃」ばかりなのよね。両刃の刃物とはちょっと使い方が違うので戸惑うことが。
「道を歩ってる時も、右側を歩こうとしたり……」
───村にいた時は人も少ないので気にしなかったけど、江戸では左側通行なのよね。確かお侍さんの鞘が当たらないように、でしたっけ?
他にも縫い物をする時、布の方を動かさずに針の方を動かして縫い進めていくとかちょいちょい気になることがたまにあるって言われた。
……よく見ていらっしゃいますこと……意外に観察されていたことにビックリだ。
今ではもうだいぶ希薄になっているけど、前世での記憶がちょこちょこと邪魔してるんだろうなぁ……
……多分、美的感覚もちょっと違うよね。もう見慣れたとはいえ、あの青光る月代 (さかやき) に色気なんて感じないし。
田舎育ちな者で……と笑って誤魔化すしかなかった。
訝しそうな目で睨みながら、他にも気になることはあるが、まだここへ来て日も浅いし、追々修正していけばいいかって考えていたそうなんだけど……
で、今回の件。
わたしが攫われそうになったあの場所、あそこは龍眼寺ってお寺の近くだったそうで、数年前までは盗賊が闊歩していてよく追い剥ぎが出た場所らしく、そのお寺のことは通称「剥寺」だなんて言われてたらしい。
今でこそ萩の花の名所で「萩寺」なんて言われているのは、それを嘆いた寺主が五、六年前程に萩の花を植えたからなんだって。
……随分と洒落が効いてますね……
他にも江戸には色々と危ない場所や立ち寄っちゃいけない場所もあるって言われた。
……お江戸ってば随分と怖い所なんですね……
噂話しも含め、そういったことは誰からか聞くともなく、普通は年の近い者たちの集団にいるうちに自然と知るようになったり、身につくものなんだって。
そういえば土地柄のせいもあるけれど、こっちに来てからは周りは大人ばかりで、確かに同年代の友達っていないのよね。
これからもちょくちょく今回のような使いを頼むことにもなるだろうに、このまんまじゃ危なっかしいってなことを言われたんだけど……
「なら、姐さんがそういったことを教えてくれるんでは駄目なんですか?」
って聞いたら、睨まれて「そんな面倒くさいこと、あたしがするわけ無いだろう」ってさ。
ちょっと見当違いな感は否めないけど、わたしのことを思って言ってくれているのはよく分かったので嬉しくなり、有り難く思って素直にお礼を言ったのだけども……
「あのぅ……もしも、ですけれども、あの時にそのまま捕まって身代金を要求されたとしたら、払って頂けましたか?」
思ったより大事にされていることを感じて、ちょっと調子に乗って軽い気持ちで聞いてみてしまった。
「そりゃ、勿論、払ってやったさ」
否とは言わないだろうと思っていたからこそ聞いたので、予想通りの答えが返ってきてちょっと安堵したのだったけど、その後に続く、
「そりゃ、ここまで投資した金が勿体無い。法外な金額で無ければ構わんよ。どうせお前の借金になるんだから」
というのを聞いて、複雑な気分になり、取り敢えず苦笑いして返すほかなかった。
色々とモヤモヤしたものを飲み込みながら、いつかまた、辰之進さまにお会い出来るのを心の励みに頑張ろうと決意したのだけども……
八月の十七日。八月の頭に来た大きな台風が再び来襲。
船の衝突により永代橋が破損したり多くの建物が飛ばされるなど被害が甚大だった。
深川・本所地域では広範囲に渡る出水も出た。ハルの住む家も床上浸水に見舞われることに。
また九月にも大風雨により両国橋の欄干が吹き倒されるなどした。
二月末に起きた江戸の大火や春頃から諸国で続く疫病流行など、相次ぐ災害に見回れた今年は「メイワク」な年として「安永」へと改元される。年が変わる一月少々前の事であった。
しかし年が明けて安永二年になっても、諸国で流行していた疫病が江戸市中でも流行る様になったりと世間はなにかと騒がしかった。
そんな世間が大変な中、ハルは手習いにまで行くことになり、普段のお稽古、たまのお座敷にお使いと何かと忙しい毎日を過ごしている内に、いつしか辰之進の事は頭の片隅に追いやられてしまっていた。




