本所へのお出かけ その4
二人が近づいて来る。
逃げたくって、掴まれている肩を振り払おうとするもビクともしない。
「騒ぐな!大人しくしてろ!」
頭の上から野太い声で叱咤され、思わずビックとする。
それと共に臭気が鼻をつき、顔を歪めた。
───お酒臭いっ!……真昼間からお酒呑んでるなんて、見た目通りのヤクザ者ね……いや、でもみんな普通に呑んでるか……
町中ではお店でお昼からお酒を呑んでいる人たちをよく見るし、昼にやるお座敷も珍しいことではない。姐さんも、お稽古やお座敷のない日は昼間でも一人お酒を楽しんでいる姿をよく見る。
……この世界の人達ってば、ほんとお酒がお好きよね……
そんなことを考えていると、妙に冷静になってきた。
職業柄、お酒を呑んでる人には慣れている。
普段は大人しい人でも、お酒にのまれると豹変して大柄になってしまうってことも知っている。
いきなり現れたから驚いたし、いやらしい笑い方に見えても、ただ酔っばらっているだけで実は怖い人じゃないかもしれない。
後ろで肩をつかんでいるこの人だって、こんなところを一人歩く女の子のことを心配してくれている、実は親切な人なのかもしれない。
見掛けだけで判断するのって、良くないですよね。
だったらいいな、との期待も込めて、向かってくる二人に対して動揺している素振りは見せずに精一杯の作り笑顔で、
「こんにちは、良いお日和で。わたしに何か御用ですか?」
なんでもない様子で虚勢を張りつつ挨拶をしてみた。
しかし相変わらず男達はヘラヘラといやらしい目付きをしたまま何も言ってこない。
それどころかこれが返答だと言わんばかりに、懐から光る刃を覗かせた。
……やっぱり見掛け通りの……追い剥ぎさんとか盗賊さんの類いですよね……
淡い希望は消え去り絶望しかなかった。
……最悪だ……
せっかくの楽しい気分だったのに、なんでわたしなんかを!って思ったけど、そう言えば今日はお座敷に出られるように、ちゃんとした格好をしていたのを思い出した。
見ようによっては何処ぞのお嬢さまにでも見えるのだろう。実態は別にしても。
取り敢えず彼等の目的はお金のはずだ。こんな幼女体型の躰なんかに用は無いはず……特殊な趣味でもない限りは……金目の物を渡せば大丈夫、だと思う。
だけど紙入れの中は文字通り子どもの小遣い銭しか入って無い。彼等かジロジロ見ているこの豪華な風呂敷包みも、中身は既に神さまにお渡ししてて、今中に包まれているのはお土産に買った梅干しだけだ。
……まずいわよね……こんなの渡したところで……
バカにしてるのか!って、むしろ逆上されるかもしれない。
───どうしよう……
神さまに救いを求めて祈ったとしても、どうにもならないとこは身をもってよく知っている。
───なら、誰に……?
真っ先に思い浮かんだのは、今のわたしの保護者であるおタエさんと姐さんのお顔だ。
もちろん、腕っ節が強そうとかではないけれど、あの二人には何か底知れない、不思議な怖さがある。わたしにとっては神さまとはまた違った、決して逆らえない存在だ。
ある意味、あの冷酷で冷淡な二人に比べたら、彼等たちの方がまだ可愛いいくらいだ。刃物は確かに怖いけど、今は脅されているだけで、まだ何か直接された訳でもないし……
そう言えば以前姐さんに、「もし町中で変なのに絡まれたら、アタシの名前かおタエ姐さんの名前をお出し。そうすりゃそいつら大人しくなるから」って、言われたのを思い出した。
あのお二人ってば、結構顔が利くんだって。詳しく聞いたら怖いこと言われそうなので、なんでかまでは聞いてないけど……
そんなことを考えていたら少し落ち着きを取り戻せたので、キッと彼等の顔を睨みつけると、姐さん達のことを話したみた。すこしだけ大袈裟に。
わたしのバックにはこんな怖い二人がいるのよって。
大いばりで虎の威を借りてみた。
すると、わたしの話しを聞くや、彼等からヘラヘラしとした笑いが消え去り、お互い顔を見合わせて何やら相談し始めた。
その様子を見て、してやったり!って思ったのだけど……
彼等はまたニヤリとした気味の悪い顔に戻り、
「ほぅ……そいつはいい事を聞いた。そいつらの事は知らねえが、おめぇが言うとおり有名な辰巳芸者に料理屋の主人なのだとしたら、随分と金持ちなんだろうな。コイツはいい拾いもんをした。最初は金とその荷物だけ貰っとこうと思ってたんだが、ついでにコイツもさらって、身代金を……」
………あぁ……失敗した……
事態を余計に悪化させてしまった。
絶望して目の前が真っ暗になる。
結果、追い剥ぎから誘拐犯にジョブチェンジ。
さるわぐつを噛ませられ、手足を縛られるとゴザで身体をぐるぐる巻きにされた。
物理的にも目の前が真っ暗に。
そのまま小脇にでも抱えられたのか、身体がフワリと宙に浮く感じがした。
わたしの身体、コンパクトだからさぞかし運びやすいでしょうね……
人間、どうしようもなくなると、どうしようも無いことばかり考えてしまうようだ。
───あぁ……このまま何処に連れてかれるんだろう?ご飯はちゃんと食べさせてもらえるのかしら?身代金って幾ら位なの?金額云々もそうだけど、姐さん達、ちゃんと払ってくれるかしら?このまま放っておかれるじゃないかな……払ってくれそうに無いわよね……この役立たず!って……そうしたらわたし、何処かに売られちゃうのかしら?……今度は何処に行くことになるんだろう……
どう考えても、明るい未来なんて見えてこない。
抱え上げられた時にジタバタして抵抗を試みたけれども、うるさい!っと叩かれるだけだった。
……もうどうしようもないや……
色々と諦めがつき、抱えられたまま動き出す時には抵抗する力も気力も無く、大人しく運ばれるに身を任せていたら突然、何やら周りが騒がしくなった。
ゴザに包まれているので外の様子が見えないのでよくわからないけど、罵る様な叫び声も聞こえてくる。
何事?と思った瞬間、わたしは宙に放り出された。
───痛ッ!
背中から地面に落ちて、むせてしまう。
「誰か入っていますか?大丈夫ですか?」
地面に転がるわたしに向かって問いかけてくる人がいる。知らない声だ。誰だろう?
返事をしたくとも、さるわぐつを噛まされていているので唸るだけで返事が出来ないでいると、徐ろに包まれているゴザが解かれていった。
───眩しい!
日の光と共に目の前に現れたのは、一人の美青年だった。




