本所へのお出かけ その1
深川には名物が色々とあるけれど、8月の14・15日に行われる江戸三大祭りの一つ、寛永から100年以上続く深川八幡祭りは特に有名だ。
三大祭りのうち、山王祭りと神田祭りは将軍様もご覧になるので天下祭りと呼ばれているけれど、ここ深川の八幡祭りは庶民のお祭り。下町風なんだって。
せっかく深川に住んでいるので、是非ともお神輿は初めから見たいと思ったけど、人が沢山来るから混乱しないようにお神輿が出発するのはまだ日の登らない朝の早い内だと聞いて、ちゃんと起きられるかちょっと心配。
あと、この辺りは道が狭かったり川が多いので、お神輿の渡御には船に乗せる事もあるらしい。なにそれ見てみたい!面白そう!
それに各町内からは、牛さんが曳く趣向を凝らした練り物、山車が沢山出るらしく、その拵えはたいそう派手で賑やかで凄いらしい!
あぁ……きっと色んな屋台とかも沢山出るんだろうなぁ……
どちらかと言えば前世でのフェスティバルと言うよりはカーニバル的なものなのかしら?時期も時期だしね?何れにしても村の小さなお祭りしか知らないわたしにとっては、話しを聞いているだけでも心が躍り、今か今かとその日をとても楽しみにしていたんだけど……
……今年は橋の延焼のため延期に……
わたし以上に残念がってたのはお文さん。「昨年も橋が延焼してね、神輿は延期だったんだよ。それが今年もかい……三年前まではずっと二年毎にやってたもんだがね。おハルちゃんに見せてやりたかったよ。それにしてもあたしが生きてる内にもう一度見れるのかねぇ……」と、落ち込んでいる。
姐さんは「あたしは騒がしいのは苦手だから延期してくれて清々するよ」などと言ってるけど、お祭りのために鼻歌交じりで手古舞の用意をしていたのをわたしは知っている。突っ込むと怒られるから言わないけどね。
そんな本来ならお祭りの時期で街中が騒がしくなるはずだったある日の朝、わたしはおタエさんにお仕事を頼まれてお店に向かっていた。
例の杉玉相手のお座敷以来、普通のお座敷には何度か行くことがあったけど、神さま相手のお座敷には呼ばれたことは無かった。
なので今回、わざわざおタエさんのお店に直接呼ばれたので、これは神さまのお相手をするお座敷の件かしら?と、昼のお座敷だとしてもそのまますぐに出られるようにちゃんとした格好で、気を引き締めながら緊張して向かったのだけど……
「あぁ、おハル来たかい。ちょいとこれから使いに行ってきておくれ」
頼まれたお仕事は「お使い」だった。
呼ばれておタエさんの部屋に入ると何やら忙しそうに書き物をしていて、挨拶もそこそこに顔も上げずに「そこにある二つの包みを渡してきておくれ」指差す方を見ると一抱え程の風呂敷包が二つあった。「行き先とか詳しくはこれに書いてあるから」二枚の紙とお駄賃を握らされて「表に案内を用意しといたからね」と矢継ぎ早に指示を出し、荷物を持たされると早々に部屋から出された。
……おタエさんのトコってば、お祭りの時は大忙しって聞いてたけど、無ければ無いでお忙しいのね……
部屋を出てから渡された紙を見てみると、行き先は本所にある神社のようだ。ここからそう遠い所でも無い。
わたしの身体には少々大きい包みを左右に持ち、フラフラしながら外に出ると見知った顔があった。以前姐さんと一緒にお世話になった船頭の亀吉さんだ。
わたしと目が合うとすぐこちらへやってきて、「やぁ嬢ちゃん、久方振り。姐さんから送ってくようにいわれとるよ」と、わたしから軽い様子で荷物を取り上げると舟へと案内してくれた。
流石にわたしが荷物を持って本所まで行くのは大変だろうと、おタエさんの計らいで一つ目の神社のとこまでまでは舟を出してもらえることになっていたそうだ。
ふぅ………良かった……
因みに二つ目の神社はその近所にある。
今日はきっとお座敷だろうと、この日のために下ろしたばかりの黒塗りの日和下駄を亀吉さんに渡し、猪牙舟へと乗りこんだ。
わたしが座るのを見て、亀吉さんは「今日はまた随分とめかし込んどるね」などと辛口を叩きながら櫓を漕ぎ始める。
…… お座敷だとばかり思ってましたから……どうでしょ?ちょっとはお嬢様っぽく見えるかしら?
すれ違う舟からの視線に少しばかり優越感を感じ、背筋を伸ばし澄まし顔で、爽やかな秋風そよぐ舟旅を楽しんだ。




