初めてのお仕事の後で その1
後日、おタエさんが「先日はお疲れ様」と、お礼を持ってやってきた。
お代だよ、と姐さんに紙入れを渡している。随分と厚みがあって重そうに見えるので、おそらく結構な金額なんだろう。お座敷一席分にしては破格な金額だと思う。
それを受け取った姐さんは中も確かめず、無造作にそのまま後ろの茶箪笥に放り込む。
結構な金額だろうに、二人のあっさりとしたやり取りにちょっと驚いて見ていた。
わたしには「思ったより役に立ったよ」とお土産にお菓子を頂いた。
最近流行りの壺屋の最中だ!食べてみたかったの。ありがとう!
日も落ちたとはいえまだまだ暑いので、二人にも麦湯を持ってきて早速お茶にすることに。
姐さんには「夜飯食ったばかりなのにまだ食うのかい」って呆れられてるけど甘いものは別腹だ。
アンコ、甘くて美味しいです!
お文さんはもう帰ってしまっていないので、目の前にいるのはおタエさんと姐さんだけだ。今なら大丈夫だろうと、先日のお座敷のことについて聞いてみることにした。
二人は顔を見合わせて、まぁ、コレからのこともあるからちゃんと教えとくかね、と丁寧に説明してくれた。
あのお座敷に置いてあった杉玉から浮かび上がっていた神様はタカハシ何某と言う神さまだそうで、なんでもお酒に関連する神さまなのだと。ちなみにあの不思議な髪形は美豆良っていうんだって。
なるほど。どうりでお酒がとてもお好きな感じでした。
で、なぜその神さまをお座敷に上げていたかというと、
「接待して御機嫌を取り、こちらの頼み事を聞いてもらうためさ」
それじゃあざっくりし過ぎだよ、とおタエさんが付け加える。
人間相手ならお金を積んだり脅したりとか色々出来ることがあるけど、神さま相手にはそうはいかない。こちら側の要望を聞いてもらうために楽しんでもらって気分良くしてもらう必要があるんだって。
そもそも芸者というのは本を正せばや遊女・白拍子になるそうで、今でこそ人様相手だけれども、その歌や踊りは古く遡ると巫女による巫女舞、元々神に奉納する目的の神事だそうだ。
で、今回お願い事をする為にお座敷を設けた理由というのは、最近諸国で流行ってきている疫病退散の為だそうだ。
二月の終わりには江戸で大火があったし、悪いことが続く年よね……
疫病退散とお酒の神さまはどう関係するんだろう?と思ったけど、大昔同じように疫病が流行った時、オオモノ何某の神さまに言われてそのタカハシ何某の神さまが作ったお酒で疫病が去ったとかなんだとか……
その為の一席らしい。お座敷で神さまの御機嫌を取ることがわたし達の仕事であって、詳しい事はお偉いさんがやることなので、それ以上は知らない方が良いと言われた。
……そう言えば、お侍さんとかが後からいらっしゃってたわよね……怖い怖い……
「まぁ、人参(朝鮮人参)配るよりかは御利益があるかもね」って姐さんが。
なるほど。神さまがお座敷にいらっしゃった理由はわかりました。でも、なんでそんな大事なお座敷にわたしを?他の姐さん方でもよかったのでは?と思ったけど
「そりゃおハル、お前が適任だったからさ」
二人して冷たい笑顔で笑いかけられ、背筋に冷たいものが走った。
神さまのことを見たりお話しすることが出来るのをおタカさんのことは前から知っていたし、鶴吉姐さんもあのお座敷でわかってたけど、二人はただそれだけなのだと言う。
神さまに対して直接関与することは出来ないと。
どういうことなのだろう?と小首を傾げていると、
「要するにね、あたしらは神様の事を触ったり、逆に触られたりも出来ないんだよ」
触ろうとしてもすり抜けちゃうんだって。
唄や音楽、踊りなどを楽しんでもらうことだけなら難しいことではないけれど、お酒やお食事となるとお供えするだけになっちゃう。それなら別にわざわざお座敷で一席設ける必要は無いし、神さまなのでそれだけでもいいって言えばいいのだけど、やはり実際に呑んだり食べたり出来た方がご満足頂けて効力があるんだって。
……そりゃそうよね。わたしも見てるだけより食べたいものね。
で、今回その為にわたしが必要だったと。
おタエさんは村でのわたしとお社さまが抱き合ってるのを見て、これは使えるって思ったらしい。
なるほどと思ったけど、ちょっと引っかかった。
「そういうことでわたしなんですね。なら、わたしが居ない時はどうしてたんですか?」
少なくとも、あのお座敷が神さまに対してのご接待することが初めてでは無いはずだ。船頭さんもたまにある様なことを言ってたし。以前はどうしてたんだろ?他に人がいるなら、何もわたしでなくても良かったんじゃないかしら?いや、別にやりたくなかった訳じゃないですけどね……
「あぁ、大体はその都度、人を用意してるんだがね。前回のお座敷の奴はその場ですぐに死んじまったしね」
あれ⁉︎
……なにか不穏なことを言ってる気がするんですけど……
その聞き流せない言葉に、目を見開いたままおタエさんへと視線を向けると、
「今回のお座敷はね、お酒やお食事を召し上がって頂くのが目的だったから鶴吉とお前の二人だけだったんだけど、前ん時はね、盛大にやったもんさ」
全員が見える人ではないけど芸者の姐さんも何人もいて、幇間さんだとかもいてお座敷遊びのフルコースだったそうだ。それに床入りの子供も必要だったらしくて……
「うちの店には伏せ玉は居ないし、お酌やその後の為に歩き巫女を一人雇ってね、神様のお相手をしてもらったのさ」
神さまのことを見えたり話すだけ出来る者はそれなりにいるけど、直接関与出来る者はあまりいないらしく、関与出来るにしても人によってそのやり方は様々だそうだ。で、その歩き巫女さんはというと自らに神さまを降ろして関与するタイプらしい。それで神さまの代わりに自分でお食事をするんだって。
「だけどね、降ろした神様の力に耐えられなくって、半刻も持たずにそいつはお陀仏さ」
「あぁ、あたしもその場に居たけど、あん時は降ろしっぱなしにしちまった神様の後始末で大変だったねぇ」
自信満々でお座敷に上がったくせにあの体たらくには困ったもんだよって、二人して笑っている。
───え⁉そこ、笑うところですか⁉
そのまま見世物小屋の話でもしている様な物言いで、その時のお座敷の話しで盛り上がる。
二人のその様子に、この暑い中背筋が冷たくなり二の腕に鳥肌が立ってきて、思わず腕をさすった。
───人の死についてあまりにも軽すぎる……この感覚がこの世界での当たり前のことなんだろうか?それともこの二人だけなのだろうか……
それに、その神さまがどんな神さまなのかは知らないけれど、もしかしたらわたしも同じ様に……
前世で亡くなった時のことを思い出し、気分が悪くなってきた。
頬張る様に食べていた最中ものどを通らなくなり一旦下に置いてしまう。
深川に来て、珍しい物を見たり美味しい物を色々食べれたりしたから毎日が楽しくって、浮かれすぎていた。
わたしは今、とんでもない所に連れてこられてしまったという事を痛感した。




