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初めてのお仕事 その3

 姐さんはお座敷に入ると普段通りに、なんでも無い様な顔で神さまの前に座り、三味線を弾く準備を始める。

 他の芸者の姐さん方や幇間さん、当然子供衆の姐さん方も誰も居ない、神さまと姐さんとわたしの三人っきりの酒宴が始まった。

 

 わたしの仕事はお酌なので、お客さま、神さまの側につく。

 お料理のお膳と共に用意されているお銚子から、神さまの前に置かれている杯台の上にある杯にお酒を注いでいると、姐さんは三味線を弾きながら唄い始めた。


 その演奏は開け放たれた戸から差し込む月の光と、外から聞こえる波の音と相まって、とっても幻想的で、今まで聞いたことない素晴らしいものだった。

 思わず見入って、聞き入ってしまった。

 同じ様に神さまも静かに目をつぶって、姉さんの演奏に聞き入っている。

 

 お気に召して頂いている様で良かったです。


 このお座敷に座る様に置いてあるまん丸いモノ、戸の所からはよくわからなかったけど近くに寄ってみると、日が経って緑色が薄くなってきている杉の木の葉っぱで出来ているのがわかった。触るとチクチクして痛そう。

 近くでよく見てもこの依代(よりしろ)が一体何なのかはよくわからないけど、とにかくここから浮かび上がっていらっしゃるのは、そこから伝わる威厳からも何某かの神さまには違いない。それだけははっきりとわかった。

 

 そのまま暫く姐さんの演奏を堪能していたけど、ふと、神さまが全くお酒に手をつけていないことに気がついた。お料理もだ。

 

 ……お酒、お好きではないのかしら?

 

 わたしの良く知っている神さまといえば村の神さま達だ。お社さまなんかはおっ父ぅの作ったどぶろくを持っていくと喜んで飲んでいたから、神さまはみんなお好きだとばかり思っていたけど、もしかして違うのかしら?

 でも、お神酒上がらぬ神はなしって言うし……

 

 そもそもここは酒宴の席だし、お嫌いなら用意されているのも変よね?

 もしかして、目を瞑って熱心に姐さんの演奏に聞き入っていらっしゃるから、お酒を注がれていることにお気づきでなかったのかしら?

 

 ……なら


 丁度、姐さんの演奏に間が空いたので、杯台のままお酒の入った杯を持って、


「お客さま、お酒をお召し上がりになりますか?」


 お声を掛けて、神さまの目の前に差し出してみた。もちろん笑顔も忘れずに。


 すると神さまはこちらを向き、ゆっくりと目を開くと、わたしを冷ややかな目つきで睨みつけてくる。

 その視線に思わず腕を上げたまま固まってしまい、笑顔が張り付く。

 

 これはまずい!

 

 何かやっちゃいけないことしてしまったのか!と、慌てて助けを求める様に姐さんを見るが、「どうぞ、お召し上がり下さいませ」と、なんでもない様な何時もの涼し気な笑顔で、少し笑いながら神さまに促した。

 その言葉に神さまは訝しそうな顔をしながらも、ゆっくりと手を伸ばしてきて、杯台の杯を掴んだ。

 そして杯を持った瞬間、驚いた様に目を見開いて相好を崩し、わたしを見た。

 いきなりの豹変に驚いたけど、その笑顔にホッと胸を撫で下ろす。


 ふぅ……怖かった……


 その後は請われるままにお酒を注ぐことに。

 神妙な面持ちな神さまだったけど、今では上機嫌だ。

 お料理もご満足頂けているようでご満悦。


 良かった。喜んでもらえて。


 ……でもね、目の前にあるのにわたしに箸を取るようにとか、お料理の器もちょっと手を伸ばせば届くのに、手前まで持ってこいとか……随分と横着な神さまよね……


 ひとしきりお楽しみになり、神さまがだいぶ出来上がってきた頃、いつの間にかおタエさんがやってきて「そろそろ宜しいでしょうか?」と慇懃に声を掛けると神さまが満足そうにうなづくのを見て、わたし達は退出することに。


 出て行こうとした時、入れ違いに頭巾を被ったお侍さんや商人さん達がお座敷に入ってきた。

 みんな高そうなお仕立てをお召しだったので、きっとお偉い方々なんだろうなぁと見ていたら、姐さんに「早くおし!」と小声で叱られ、慌てて後を追った。



 その後は待っていた箱屋さんと合流して帰宅だ。帰りも船を出してもらえることになってた。緊張して疲れてたからちょっと嬉しい。

 

 船の上で気持ちのいい夜風に吹かれていると緊張もほぐれ、落ち着いてくるとさっきまでのお座敷の事がとても気になって仕方がなくなった。

 お座敷中はお客さまに喜んで頂かなくては、と仕事に夢中で余計なことは考えられなかったけど、お座敷を離れて落ち着いてきたら頭の中は疑問で一杯だ。

 

 ───いったいアレって何の神さまだったのかしら?そもそも何でわたしがあそこに呼ばれたの?それに、後から来た人達って……


「さっきのお座敷はいったい何だったんですか?びっくりしました!」


 いても立ってもいられず、思わず目の前に座る姐さんに問いかけた。でも、それに答えてくれたのは行きにも船頭をしてくれていた亀吉さんだった。


「嬢ちゃん、ありゃぁ杉玉さ。酒林とも言うんだがね」


 思わぬ所からの回答にちょっと驚いた。

 わしがこの船で店まで運んだんじゃよ。作り酒屋さんの軒先にぶら下がってるのを見たことないかね?って。

 ウチの村には作り酒屋はおろか酒屋さんなんてなかったし、お酒には特に興味が無かったので知らなかった。


「あん店はの、時折ああいった、人様以外のお座敷をやる事があるんだよ」


 なんの意味があるのかは知らないが、酔狂なもんもいるもんだね。嬢ちゃんは初めてだったのかい?なら驚いたろう?って笑ってる。

 

 ……えぇ、まさか神さまがお客さまとは……ホントに驚きました。


 無言のままの姐さんをチラリと見ると、冷たい笑顔でニコリと微笑まれたので、これは余計なことは言わない方がいいんだろうと、曖昧な笑顔で会釈だけしてその場を濁すことにした。



 

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