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初めてのお仕事 その2

 何時ものお座敷のお仕事なら、わざわざお手紙ではないだろうしなんだろう?と不思議に思いながら見ていると、手紙を読み終えて顔を上げた姐さんと目が合った。

 ニヤリと少しだけ口角が上がり、


「今晩はお座敷さ。おハル、お前も行くんだよ。お偉い、大事な客だから粗相のないようにね」


 それからお文さんに箱屋と髪結いに連絡するように伝え、自分の部屋から三味線の長箱を持ち出してきて「今晩はこれを使うかね」と一本の三味線を大事そうに取り出し手入れを始めた。

 

 ……あれ?


 それは三味線立てに立ててある、いつもの三味線と見比べて少し違和感があった。よく見ると棹の部分に繋ぎ目が無い、延べ棹の三味線だ。いつものつぎ棹の三味線ではない。

 ───以前、「そもそも芸者の始めはここ深川とも言われているけど、公儀での芸者の名は吉原だけ。だから延べ棹の三味線を使うのは吉原の芸者だけに許されているもので、他の土地の芸者はつぎ棹の三味線を使うんだ」って聞いた事がある。

 まぁ、それでも使う人は使っているみたいだけどね……


 姐さんは「難癖付けられるのもイヤなんでね」って普段のお座敷ではつぎ棹の三味線しか使って無かった。

 その三味線、とても丁寧に扱っている所を見ると、とっておきの三味線なんだろう。つまり、今晩のお座敷はよっぽど特別なんだろうか……お偉い、大事なお客さんとも言ってたし……そんなお座敷にわたしが行くのって大丈夫なのかしら?

 不安に思っているのが顔にも出ていたみたいで、


「そんな顔してないで、サッサと湯屋行って身ぃ清めてきな。わたしもおっつけ行くから」


 湯屋代や手拭いを握らされて外に放り出された。


 外へ出ると地面から立ち上がるムワッとする熱気にくらくらする。こんな暑い日なら(たらい)で行水する方がいいのに……って思ったけど、渡されたお金が明らかに湯屋代より多いのに気づき、残ったお金で風呂上がりに何食べよう?冷たい白玉水もいいけど、瓜もいいよね?

 そんなことを考えているとちょっと嬉しくなって、さっきまでの不安はどこかに飛んで行った。




 その夜、わたしもキッチリ髪を結い簪を挿し、化粧をすると、姐さんの三味線が入った長箱を包んだ紺の風呂敷を持つ箱屋さんと三人で、今日は特別なのだとおタエさんが用意してくれた船に乗って出掛けた。

 船に乗ったのは初めてだ。陽が落ちてもまだむし暑いけど、川の上は涼しい風が吹いて屋根の無い猪牙船の上はとても気持ちがいい。


 丸木橋や千鳥橋を潜り、一旦大川(隅田川)まで出るとそのまま暫く江戸湾に向かって下り、東側によって大新地の河岸場に着いた。ぐるりと遠回りする形になったので歩いた方が早いのでは?と思ったけど楽しかったし、きっと何か理由があるのだろうと余計な事は言わなかった。


 ここ、深川の西側にある大新地(おおしんち)に芳賀津屋さんの料理茶屋があった。

 芳賀津屋さんと言ってもその料理屋の名前は万歩楼(まんぽろう)というらしい。聞く所によると大新地では船通楼(新谷本屋)や大栄楼(島屋)などと並ぶ大きな料亭だそうだ。船頭の亀吉さんが道すがら教えてくれた。

 船から降り、桟橋を上がるとすぐに万歩楼へ着いた。

 近くのお店からは、宴席の歌や笑い声などが聞こえてきてとても賑やかしいが、ここだけ、こうこうと明かりは点いているもののひっそりと静まりかえっている。


 ほんとにここなのかな?と訝しがっていると、お店の前で亀吉さんが「少々お待ちを」とわたし達を残して店の中に入って行き、すぐに入れ替わりでおタエさんが「久しぶりだね」と姿を表わした。

 

「鶴吉、今日は宜しく頼むよ。おハル、暫く会わない内に……って、あまり変わって無いねぇ……」


 わたしを一瞥した後、ちゃんと食わせてんのかい?って。姐さんは、人一倍食うくせに縦にも横にも伸びやしないんだよって呆れ顔だ。

 まぁ、それでもちゃんと仕事が出来ればいいがねってジロリと細い目に睨まれて思わず緊張する。


 店に入ると姐さんは箱屋さんに「ここで待っておいで」と言いつけ、三味線だけ受け取る。お座敷によっては箱屋さんが太鼓持ちをやることがあるけど、今晩は必要が無いみたい。そのまま女中さんでは無くおタエさんの案内で、三人だけで二階のお座敷へと向かった。

 お店の中は他のお客さんはおろか、女中さんや姐さん方の姿も見えない。不自然なほどの静けさに包まれていて、普段のお座敷とは全く違った雰囲気にとても不思議な感じがした。

 キョロキョロと不安そうにお店の中を見回しながら後ろについて歩いていると、


「いいかい。お座敷に入ったら変に驚いたり、余計な事は言わ無いように。あと、お客さまの言う事は何でも聞くようにね」


 歩きながら振り返らずに冷たい声でそう言われ、緊張感が増してきた。


 お座敷の前に着いて、まずおタエさんがそっと戸を開けてご挨拶をし、「ここ深川の三味線の名手で〜」と、姐さんの紹介をした。次はわたしたちの番だ。

 二人揃って部屋の前でお辞儀をしながらご挨拶をした。

 顔を上げて中を見ると、お客さんも他の姐さん方も誰もいない。蝋燭の光に照らされているのは立派なお料理が載っている沢山のお膳だけだ。

 席は一つだけ用意されているけど誰も座っていない。……いや、よく見ると席の上には何か草木で出来た、薄い緑色をした一抱え程の丸いモノが乗っている。

 なんだろう?と、注意して見みると、ふと馴染みのある違和感を覚え、意識を変えながら目を凝らしていく。

 するとその丸いモノから一人の男性が浮かび上がってきた。

 よく見る着物では無い、白っぽい見慣れない服装で、立派なお髭をたくわえている。髪型は今や見慣れた月代に髷ではなく、耳の横で左右に分けて結んでいる。

 見慣れないお姿だなぁって思ったけど、直感的に神さまだという事がわかった。

 

 お偉い、大事なお客さまだと言われていたので、きっとこの神さまが今晩のお客なのだろうとは予想がつくが、事前に何も言われてなかったのでとても驚いた。

 

 ……神さま相手のお座敷なんか初めて……どうすればいいのかしら?

 

 不安になり、助けを求めるように隣にいる姐さんのを見たが、特に驚いた様子も無く、いつもの澄ましたお顔だ。三味線を持ちそのまま何事も無い様にお座敷へと入って行く。

 わたしも慌てて置いてかれまいとその後を追った。




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