初めてのお仕事 その1
ここへ来て早数ヶ月。梅雨も明けて、暑い日が続くようになった。
今や見習いも取れ、ちゃんとしたお酌になり、たまにお座敷にも上がるようになった。
大丈夫。もう最初のお座敷に上がった時の様な失敗はしてないですよ。
あの時は知らなかったのよね。
料理屋での遊び方は、お座敷で芸者を呼んで酒宴を楽しんだ後、子供(ここでは私娼・遊女のこと)と床入りになる流れなんだって……
あそこのお店は仲町だから、お店で抱える伏せ玉(私娼・遊女)は居ないので子供は呼び出し制。だからわざわざ女中さんに頼んで寄場から子供さんを呼んでもらっていたのに……そういえばお頭さんたち、呑んでいる最中もチラチラと床のある奥座敷の方を気にしていたっけ。でも結局、宴席だけでお開になっちゃったのよね。
呑みすぎちゃったのか、孫みたいなわたしが居たせいで興ざめしちゃったのか……何れにしてもわたしのせいですよね?……ごめんなさい……
岡場所にあると言ってもそこは料理茶屋なので、純粋にお料理を楽しみにくるお客さんもいることはいるんだけど、わざわざ芸者に子供も呼んで何も無しってのは、ね……
芸者の姐さんがたは「表座敷だけで帰るなんて、粋な兄さん方だね」ってからかいながら笑ってたし、お頭さんたちを案内して、料理屋の船頭部屋で待機していた船頭さんも慌てて出てきて「こんなに早く帰るなんて、旦那方、何か不備が御座いましたか⁉」って困ってた。子供の姐さん方は「貰えるもんは貰ったからいいけどね」って苦笑する始末。
……お恥ずかしい……
さすがに今はちゃんと色々と知ってます。ちゃんと空気も読みますよ!
~ところてんやぁ、かんてんやぁ~
~えひぁら、ひぁこい、ひぁら、ひぁこい~
外からは夏の風物詩である白玉水売りやところてん売りの声が聴こえてくる。
そんな昼下がり、わたしは何時ものように鶴吉姐さんの前で三味線のお稽古中だった。
姐さんはこの蒸し暑い中、涼しい顔で澄ましているけど、わたしは蒸し暑くて頭がボーっとするし、相変わらず上達しない腕前に嫌気がさして、お稽古に身が入らないでいた。
……あぁ、冷たくて甘い白玉水、食べたいなぁ……
「ごめんなすって」
勝手口から年老いた男の人の声が響いた。
あっ、お客さんだ!これはお稽古をさぼるのにいい口実だとこれ幸いに席を立とうとしたが、「お文にいかせな」と姐さんに睨まれ、しぶしぶと三味線を持ち直す。
汗を拭いながら勝手口から戻って来たお文さんが「芳賀津屋さんとこの猪牙の船頭さんでしたよ」と姐さんに手紙を渡した。
芳賀津屋の名前を聞いたのは久しぶりだ。
深川で料亭をやっている話は聞いていたけど、そこのお座敷に上がったことは無いし、おタエさんともこの家に案内されてからは会って無かった。
ここへ連れられて来る前、おタエさんに色々と注意事項を受けたけど、その中に神さまについてのことがあった。
「あの村ではどうだったかは知らないけど、向こうじゃあまりその素振を見せるんじゃぁないよ」
見えたり、話したり出来ない人の方が多いんだから、おかしな子ども扱いされてしまう的な事を言われた。
さすがにこの世界に生まれてもう何年も経っているのでわかっています。特に家族にもそのことは言っていなかったし。
……薄々わかってたかもしれないけどね……お兄ぃとか……
でも、神さまであるお社さまのお知り合いでこの村に来てくれたおタエさんは、うちの親とお話しをした時になんて言ってたんだろう?って聞いたら、わたしの亡くなった祖父が昔、江戸に出ていて、その時におタエさんのお父さんと知り合いになって世話をしたとかされたとか。その縁でどうのこうのとごまかしたらしい。
確かにうちのおじぃ、借金を返すために江戸へ出稼ぎに行ってた事があったみたいなのよね。
それと、「まぁどのみち、向こうに行ったら神様とは村に居た時のように気安い付き合いは出来なかろう」って。
その時はなんでだろう?って良くわからなかったけど、ここにやって来てそれを実感した。
ここにはほんとにお寺や神社が沢山ある。
今住んでいる所も大きなお寺の門前だし、町中をちょっと歩けば至る所でそれらが目につく。
それにどこも豪華だったり、新しくって奇麗だったりとても驚いた。わたしの居た村の寺社とは大違い。
それに併せて、そこにおはします神さま方もご立派で品があり、ちょっと偉そう……
……さすが都会……
色々と圧倒されて、これでは田舎の小娘なんて相手にしてくれないんだろうなって、思わずしり込みしてしまい、とても気軽にお声を掛けられる雰囲気ではなかった。
今住んでいる家にも実家でお馴染みだった荒神さまがいらっしゃって、初めてお会いした時、気位の高そうなお顔にちょっと及び腰になったんだけど、でも、これから毎日会うことになるのだから、と勇気を出して一応お声をかけてみた。そしたらこちらを一瞥しただけで、澄ましたお顔で無視されてしまったのよね……
そんなこともあり、毎日お稽古やらここでの生活になれるのに忙しいのもあって、昔より神さま方とは疎遠になっていたんだけど、この芳賀津屋さんのお手紙が来てから、否応なくこの土地におわす神さま方とお付き合いしていくことに。
それと、なんでおタエさんがわざわざわたしをここへ連れてきたのかという疑問が払拭された。




