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江戸の方へ その1

 お使いの用事で柳橋まで行った帰り、ちょうどお天道さまが真上にのぼる頃、ハルは大川(隅田川)へ掛る両国橋の人込みをかき分けて広小路に降り立った。


 ……ふぅー

 

 先程まで行っていた対岸の向こう側は、先の大火からの復興に忙しく行き交う人で騒がしかったが、川向こうのこちら側に渡ると、大勢の物売りや小屋が立ち並ぶ喧騒でまた違った騒がしさがあった。

 田舎から出てきてそう日も経っていないハルにとっては、ここ、江戸の賑やかさには驚いてばかりだ。


 あれ?どっちから来たんだっけ?


 物珍しそうに見世物小屋や芝居小屋等を覗き込み、ウロウロしていたら帰り道がわからなくなってしまった。確か川沿いに来たはずだけども……右だっけ?それとも左?

 故郷にいた頃は山とか大きな木を目印にしていて道に迷うなんて事は滅多に無かったけど、ここでは建物ばかりで自分の位置が良くわからなくなる。

 キョロキョロと見まわしていると、人だかりの中に派手な傘を差し黄色の袖なし羽織を着た物売りが目についた。

 面白がって近づいてみると、飴売りさんだ。一つ買って食べてみる。


 あれ?コレ、知っている味だ。


 ……前に女衒さんがくれた飴、これだったんだ……

 

 口の中でとろけていく甘さに、故郷の家族の事が思い出されてちょっと切なくなった。


 みんな、元気にしてるかなぁ……

 

 残りの土平飴を口に頬張ると、さて、と気持ちを切り替え、取り敢えず当てずっぽうに川沿いを歩いて行った。



 暫く歩いていると、土手沿いに等間隔に生えている桜の木々が見えてきた。

 花の季節はとうに終え、青々とした葉が太陽に反射して眩しく光ってる。

 

 今はもう田植えの時期よね……お手伝いの人、ちゃんと雇えてるかしら?

 

 あの後、芳賀津屋のおタエさんはすぐにお金と証文を用意してくれた。

 方々の借金を返して、うちの家族が当面何とかなる額には目を見張った。


 ……いや、でもこれ借金なのよね?わたしが返すのよね?大丈夫かしら……


 これで心配する事は無かろうって、そう日をおかずにすぐ出立させられた。


 あれからみんなどうしてるだろう?家族のみんな元気かな?お社さまもお元気かしら?

 準備もそこそこにすぐに出立してしまったので、お社さまにはちゃんとお別れの挨拶が出来なかったのが悔やまれる。

 妹達にたまにはお社にお参りに行って、掃除やお供え物をしておくんだよって伝えて来たけど、ちゃんとやってくれてるかしら?

 緑あふれる並木の下を歩いてると木々の隙間から遥か遠くに山並みが覗く。故郷の山々では無いが、その姿を見ていると無性に故郷が偲ばれる。

 

 そのまま歩いているとお寺の門前、人だかりが出来ているお店が見えてきた。

 なんのお店だろ?と思ったが、頭上にある葉を見てすぐに思い出した。

 そうそう。最近、桜の葉を塩漬けして巻いた餡子のお餅を出す店が出て来て、それが結構有名だそうだ。きっとここの店のことなんだろう。

 たしかそのお店がある場所って……


 あっ!しまった!


 その店がどこにあったかを思い出した瞬間、わたしがまったく見当違いな所を歩いている事に気がついた。


 逆に来ちゃった!


 慌ててすぐ戻ろうとしたが、いや、折角だし……と、お店に入り、お土産を買ってから急いで元来た道を戻って行った。

 


 半時(はんとき)程かかり、やっと深川まで辿り着いた。

 福シマ橋、八幡橋と走り抜け、一ノ鳥居を潜って少し行った先、永代寺門前の山本町。仲町の火の見櫓脇になるので、俗に櫓下とも言うらしい。その路地に駆け込んでいく。


 その奥の一角に、二階建のこじんまりとした家があった。

 格子戸を開けて入ると芸者屋らしく御神灯(ごしんとう)がすぐ目に入る。

 土間で息を整えてから恐る恐る障子を開けると、狭い茶の間で長火鉢にけだるそうに身体を預け、煙草をつかっている女性と目が合った。

 

「おやおや、随分とゆっくりだね。また道に迷ったのかい?」

 

 声は優しいが、目が笑ってない。

 彼女はわたしが厄介になってる家の主人で、またわたしのお師匠さんでもある。

 辰巳芸者、鶴吉姉さんだ。

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