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江戸からの来客 その3

「お前みたいなガキなんぞ、身代金はせいぜい数両さ」

 

 数両?はじめ聞き違いかと思った。

 想像していた金額とあまりにかけ離れている。

 もちろんわたしにとっては大金だ。一家族が1年はゆうに暮らせるお金だし。

 でも、そんな額ではとてもうちの借金には足りないのは明らかだよ。

 お社さまも一緒に驚いているようなので、どうやらその辺の金額については同じ様にご存知なかったみたいですね。


 更に追い打ちをかけるように「妹がいるんだろ?そいつと合わせて売られても、まだお前のおっ母の方が高いだろうよ。それでも足りなかろうが」と笑いながら言われ、二人揃って呆然としてしまった。

 

 少なくとも、わたしさえ買われていけば、他の家族は助かるんだとばかり思ってた。

 

 どんなに取り繕っても人身売買なのだからそれなりの金額になるのだと考えていたのよね。だけど、いくら遊郭だとしても、あくまで奉公人として年季奉公の契約金だそうで、そんなものらしい。

 それに歳が若いと、店に出られるまで育てなきゃならないからどうしても身代金は安くなるのだと。

 まぁ、それは納得でますけど……


「よっぽど良い玉ならまだしもねぇ」


 って、わたしのことを見る目が笑ってる。

 そりゃね、ちんちくりんな上に、良く言えば凛々しいけど男の子っぽい顔なのは自覚していますよ。気にしてるんだからそんな目で見ないで下さい。


 でも今はそんなことはどうでもいい。どうすればうちの家族が助かるか。それだけだ。

 一家離散は何としても避けたい。

 ……でもわたし、一体どうすればいいの?


 泣きべそをかきながら、すがる様にお社さまを見つめるも、同じように困ったお顔をしていらしゃる。

 目が合うと気まずそうに視線をずらされ、少し考えた後、


「そ、そうじゃ!な、なぁおタエよ。ほれ、そう、お主のやっとる料亭、最近随分と忙しくって羽振りも良いんじゃろ?それでな、このおハルを雇ってじゃな、お主が用立ててやっては……」


 良い案を思いついたと、ちょっと得意顔だ。


「馬鹿は休み休み言いな!コイツがうちで女中したところで、しわくちゃのババアになっても返し終わらんだろうに」


 縁もゆかりも無いコイツを助けてやる義理なんざぁこれっぽっちも無いよ。寝言は寝てから言いな!と、却下され、取り付く暇もない。

 それはそうだ。なんでさっき会ったばかりの子供の為に、死ぬまで働いても返せない程の大金を用意しなければならないのか。わたしだってそう思う。だからこっちを睨まないで下さい!わたしは何も言ってませんよ!


「あぁ、まったく時間を無駄にしたもんだよ」


 小さくなっているお社さまにひとしきり小言を言い「おタマ、この貸しは高いからね!」と、その場を離れようとした。


 ……あぁ……どうしよう……


 何も浮かばない。頭の中が真っ白だ。

 隣にいるお社さまも沈んだお顔でうつろな目になっている。

 きっとわたしもひどい顔をしているんだろう。

 目が合うと、どちらからともなく互いを慰めるように抱きしめ、嗚咽が漏れだした。


 タエはフンッと鼻を鳴らし、その脇を苛立ちげに通り過ぎようとしたが、ふと、抱き合う二人の姿を見て立ち止まった。


 足音がわたし達の傍で止まったのに気付いて、なんだろう?とお社さまの肩越しに見上げると、おタエさんが不思議な物でも見るような目でこっちをジッと見ている。

 一瞬、ほぅ…っと、細い目が見開き、少し口角が上がったように見えた。

 その様子に心がざわつく。


「おい、おハルよ。気が変わった。お前をうちで預かってやろう。金も用立ててやろうじゃないか」 

 

 さっきまでとは打って変わって、不気味なほどのやさしい声に思わず身構えてしまう。


「なぬ?では女中に雇ってくれるのか?」


 それに食いついたのは笑顔になったお社さまだ。


 「いや、うちじゃぁない。だが仕事の口を紹介してやろう。そうさね、たまにちょいと手伝ってもらうがね」


 ふふふと笑っている。本人は笑顔のつもりなんだろうけど、わたしには怖い顔にしか見えない。目の輝きが怪しいもの。

 どう考えても悪い予感しかしないが、いずれにしてもわたしに残された選択肢は無い。

 少し考えた後、仕方なくコクリと頷いた。


「そうかい。なら善は急げだ」


 ザッと踵を返し、足早にうちの家へと向かう。

 取り残されたわたし達はその場で立ちつくしていた。


「あの……お社さま、わたし何をするんでしょうか?」

「さて?わしもよく分からんが、用立ててくれるんならそれでよかろう」


 なんとも呑気なご様子だが、わたしは一体何をさせられるのかと不安で一杯だ。

 そういえばと聞くと、何でも彼女はその土地では有名な料亭の女将さんだそうだ。それなら伝も色々あるのだろう。変な事、させられなきゃ良いけど……

 そうこう話しをしていたら、うちの家から出て来る人の姿が見えた。

 あれはさっき来てた女衒さんだ。


「おや、お嬢ちゃん。今し方、親御さんと話しを聞いたよ。今回は縁が無かった様だね。里を離れる事になっても元気でな」


 爽やかな笑顔で去って行った。

 察するに、おタエさんからもう色々と話しが通っている様だ。随分とやることが早いのね。

 

 手を振りながら見送り、さっきは気味悪い人だなんて思ってゴメンなさい。と、心の中で謝っておいた。

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