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江戸からの来客 その2

 蓋を開けてみれば、先ほどいらした女衒さんはお社さまが呼んで下さった方とは別人だった。

 こんなに早く、彼はいったいどこでうちのことを聞きつけたものなのかと、その職業意識には感心する。

 お土産、ありがとうです。美味しく頂きますね。



 で、そのお社さまがお呼び下さった方はというと、目下、お社さまに詰め寄っている真っ最中だ。

 こんなやり込められてビクビクしているお社さまは初めて見る。ちょっと新鮮。

 

 彼女は江戸の方から来た芳賀津屋(はがつや)の「タエ」さんだと簡単に紹介された。

 背が高く、圧のある美人な方だけど、お幾つなのかしら?若そうにも見えるし、意外に歳を重ねているようにも見える。うちの母より年上?下?年齢不詳だ。女性に歳を聞いてはいけないって言われてるから聞かないけどね。

 お社さまの事をタマ、タマって呼び捨てにしたり、とても横柄な態度を取っているけど、お偉い人なのかしら?少なくとも怖そうな人だということは良くわかる。目を合わせられない。

 それにしても、ちょっと近所からお使いにでも出てきたような出で立ちで、とても遠く江戸から旅してきたようには見えないのよね。見れば裸足に草履履きの足も、泥だらけの村の中を歩いて来たにしては奇麗だし。不思議。

 あまりにも自然にお社さまとやり取りをしているから気に留めなかったけど、お社さまがわざわざ呼んで下さったのですもの、やっぱり普通ではない人なのですか?



 そろそろお社さまが泣き出してしまいそうなので、勇気を出して二人の間に割って入った。


「あ、あの~本日はお忙しい中、遠方からいらしてくれまして、ありがとう存じます」


 深々とお辞儀をしてご挨拶をするが、こっちを見ようともせずお社さまを睨みつけたままだ。


「そうさね。忙しい中、急ぎで大事な事だからどうしても、と懇願されたからワザワザ来てやったんだ。で、結局あたしに何をさせようってんだい?」


 イライラがこっちにまで伝わってきて、思わずわたしも委縮してしまう。

 お社さまはオドオドとしたまま、今のわたしの家の状況を細かく説明してくれた。


「……で、じゃ。そんな訳でな、この娘、おはるの母親が今な、身籠っていなければ色々とかたが付くのじゃが……」


 ───ん?


「こやつの母親はまだ若いからの。後夫を貰うとか、それこそ丁度、女衒も来てるようじゃしな……」


 ───え?


「ほれ、無理に堕ろすと身体に負担がかかるじゃろ?使いもんにならんと意味がないからの。お主はそういったのが得意じゃろうと思って、呼んだのじゃよ」


 ───いやいや!ちょっと待って下さい!何をおっしゃってるんですか!お腹の子供を堕ろす?なんでそんな話しになってるんですか!


 ハルは驚いてすぐさま抗議しようとしたが、「どうじゃ良い案じゃろ?コレならおハルは村に居られるし、子はまた産めばよい」って、とてもいい笑顔で言われた瞬間、ゾッとした。


 ───まずい、ダメだ……


 わたしの事を第一に考えてくれるのは良くわかった。それについてはとてもありがたい事だと思っています。ですけど、なんでそうなるんですか?

 仲良くしていたお社さまでも、やはり神さまは神さまなんだ。お互いの常識が違うのを改めて実感して怖くなった。

 同時に、今まで甘えた考えでいた自分に頭がクラクラしてきた。

 

「おい、おタマよ。お前はそんなつまらねぇ事で、あたしをこんな田舎くんだりまで呼んだのかい?」


 うわ……かなりイライラしている。

 人の命はつまるつまらない事では無いと思うけど、そんなことを言うとこっちに矛先が向かいそうなので、余計な口は挟まず大人しく黙っていた。


「い、いや、お主は仕事柄、その手の事には詳しかろう?それに薬とかにしてもその辺の医者よりもよっぽどましじゃろうし……」

「馬鹿な事をお言いじゃないよ。あたしの事を中条流か何かだと勘違いしてないかい?何であたしがそんな事しなきゃならないんだね。暫く待てば勝手に生まれてくるんだからその後間引けばいいだろうに。なにをそんなに急く」


 それはわたしもよくわからない。ただ、お社さまが黙り込んだまま俯いていてしまってるのを見るに、何かあるのだろう。そして何も言わないって事は、わたし等に聞かせたくないということだ。そういう時は無理に聞かない方が良いのよね。

 でも、間引くって……生まれてくる子を殺すことを前提に話を進めないで下さい!

 ……もしかして、わたしが知らないだけで、この世界では常識なことなのかしら……そう思うと寒気がしてきた。


 お社さまが俯いたままなので、おタエさんの冷たい視線がこっちに向く。わたしはビクッとして、取り敢えず知っている事だけ、さっき漏れ聞いた話をそのまま伝えると、金額の所で鋭い細い目が少し大きくなった。


「……なんでまたそんな大金を……」


 どうも亡くなった祖父がお蚕さま、養蚕に手を出して失敗してしまったらしい。その時、だいぶ親類にも迷惑をかけたって話しだ。

 返済についてはわたしは良く知らないが、お社さまが項垂れたまま何もおっしゃらないのを見ると、結構近いのかもしれない。年が明けてそう経っていないのに……

 何れにしても母をどうこうするのは嫌だ。ましてや子供を堕ろすなんて断固反対だ!そんな事をする位なら……一度は覚悟した身、今更だ。

 意を決し、お社さまに向かい優しく呼びかけた。


「お社さま……」


 そのままお顔を上げてくれるのをジッと待った。

 わたし、今ちゃんと笑い顔になってるかしら?悲しそうな顔になってない?これ以上お社さまを不安にさせてたくないの。それに、これ以上勝手な事もされたくないし……


「お気持ちはとても有難いのですが、おっ母ぁやお腹ン中の子を犠牲にしてまで私が幸せになるなんて……いや、それではとても幸せになんてなれないです」

「いや……それでは……ほれ、笛の君の事もあるじゃろ?」


 いえいえ。さすがにこの期に及んでそんな事は言ってられないですから。


「大丈夫です。わたし、向こうに行ってもきっと幸せになります。それに頑張って一日でも早く借金を返してこの村に戻ってきますので……」


 おそらく、借りることになるお金はそんなに簡単に返せる金額ではないだろう。

 もうこんな風にお社さまとお話しする事も出来なくなるんだろうか。妹や弟たちと遊んだり……そう思うと泣きそうになる。

 

「お社さま……」

「おハル……」


 お互いに潤んだ目で見つめ合うと、二人共、自然と涙が溢れてきた。

 まだ少し冷たい春の風が頬を伝う涙を流していく。

 このまま見つめ合っていると、お互い声を出して泣き出してしまうんじゃないかと思った時、その様子を黙って冷めた目つきで見ていたおタエさんが口を開いた。

 それを聞いたわたし達はピクリと反応して涙が止まった。


「そういや娘っ子、おハルと言ったか?お前さん、いったい自分が幾らの証文を貰えると思ってるんだい?」

「?」


 フンッと鼻で笑われた。

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