江戸からの来客 その1
取り合えず「遠い所からごくろう様です」と、女衒さんを家の中に招き入れて、親を呼んで来る間、土間の上りだんで腰掛けて待っていてもらうことに。
煙草盆と足洗用の桶を持って行くと「ほれ、土産をやろう」お菓子の包みを貰った。なんでも江戸で流行っている飴細工だそうな。すぐにその場で食べてしまいたいのをぐっとこらえて「ありがとう存じます。妹達と頂きます」お礼を言って懐にしまい込んだ。
初対面の子供にお土産をくれるなんて、なんと良い人なんだろう!ちょっと好感度が上がったけど、彼の印象が良かったのはそこまでだった。
わたしの歳を聞いて笑うなんてどういうこと?そりゃ妹と同じ様な背丈……いや、今や妹の方が少し背が高いかも……歳の割には小柄な方だと思うけど……これからもっと成長するから!まだ成長中です!
それに話をしている最中、ジッとわたしを値踏みするように見つめる眼が不気味で薄気味悪く感じた。顔はニコニコと愛想がいいけど、目が笑って無いのよね。
──さすがに女衒がなんなのかくらいは知っている。
ハルは台所に戻ると食事の支度を再開した。
作業をしながら奥の会話に耳を傾けていると、時折、母の啜り泣く声や、今までに聞いたこともない大きな金額の話しが漏れ聞こえてくる。
トントンと、菜を包丁で刻んでいた手が次第とゆっくりになり、やがて包丁をもつ手が止まると、カタリと置き、項垂れてしまった。
聞こえてくる話の内容からしても、そういった人がうちに来たという事は、やっぱりそうなんだろう。
江戸には遊郭が沢山あるって聞いた事がある。何処に連れて行かれるかは知らないけど、どうせ何処へ行ってもやる事は同じだ。一つしかない。
──でもまぁ、それも仕方がないのかもしれない。
わたしが余計な事を言ったせいで二人が亡くなったのだ。それを思うと悔やんでも悔やみきれない。
この状況を、わたし一人が我慢して他の家族が助かるのなら、むしろ喜ばしい。
それに、お社さまが頼んでくれた人なら、よっぽど変なとこには連れて行かれないだろうし……あと、江戸には色んな美味しいものが有るって聞くし……
懐に手をやり、さっき貰った飴の感触を確かめるとちょっとだけ元気になった。
さて、と気を取り直して包丁を握りなおす。
湯を沸かそうと、かまどを見ると種火が消えている。あれ?おかしいな?と、荒神さまのいらっしゃる方に視線を向けたら、またお客さんが来るようなので危ないから消しといてやったとの事。
ありがとう存じますとお礼を言い、裏で弟をあやしながら洗濯している妹に台所を任せて外に出た。
家の側でキョロキョロと何かを探している見知った少女の姿が見えたので駆け寄って行く。
「お社さま!どうしたんですか?」
「おぉ、あはるか。件の者を呼んだんじゃがまだ来なくての。そろそろ着くはずなんじゃが……」
──あぁ、行き違いになったんですね。
「江戸から来た方ならもう既にいらっしゃって、今、家の中でおっ母ぁ達と話をしてますよ。あ、お手間を取らせてしまい、ありがとう存じます」
「いやいや、良いんじゃよ。もう来とったか。気の短い奴じゃな。詳しい事情を話すから、わしが来るまで待っとれと言っといたんじゃが……ちと見た目も性格もキツイ奴じゃったから、お主も驚いたろう?」
「いいえ?優しそうな人でしたよ?(……ちょっと失礼な事、言われましたけど……)。それにお土産まで頂いてしまって……」
「なぬ?優しそう?あ奴がか?それにわざわざ土産じゃと?そんな事をする玉では無いのじゃが……暫く合わん内に丸くなったのか?」
……何だろう?……ちょっと違和感が……
ハルは小首をかしげながら、先ほど来た女衒の様子を思いだす。
「えっと……呼んで下さったのって、江戸の方で、恰幅が良くって腰の低い中年のお方ですよね?仕立ても良く、お持ちの煙管とかも豪華な作りで、裕福そうな人でしたが……」
使っていた煙管も煙草入れも、ここ等ではまず見ない、高価そうな物だった。
「確かに江戸の方から呼んだ者に間違いないぞ。まぁそれに金持ちなのは確かじゃな。最近は随分と羽振りが良いと聞くしの」
あぁ……わたしみたいのが沢山居るんだ……世知辛いなぁ……
「しかし恰幅が良いとな?あ奴、体まで丸くなったのか?昔は背も高くホッソリしとったから棒みたいな奴じゃったのだがな。今は力士みたいになっとったか?それにしても優し気とは……何時も冷たい目で睨んでおって、近寄りがたい感じじゃったんだが……変われば変わるもんじゃなぁ……」
お社さまは苦笑しながら、そうかそうかと頷くが、わたしはどうも腑に落ちない。
……あの人、背丈はそんなに高く無かったし、とても力士には見えなかったわよね……
あら?
ふと影が差したので、顔を上げるとを、何時の間にかお社さまの背後に立って、こっちを見下ろす者がいた。
目が合った瞬間、思わず息を呑んだ。
太陽を背に現れたその人は、派手でさはないが仕立ては確かな濃紺の紬に身を包み、綺麗に結われた島田が艶やかに光り輝いている。逆光でもわかるその冷笑に、思わず背筋がピンと伸びた。慌てて、
「あ、あの!お社さま……その方って、もしかしてお社さまよりだいぶ背の高い……倍ほどの背丈の方でいらっしゃいますか?」
「ん?そうじゃな。そん位かの。背ばかりひょろっと長い独活の大木じゃ。何時も黒っぽいものばかり着とるから陰気臭くてな……」
等々と語るお社さまに対し、後ろにいるの人の圧が段々と強くなってくる。
背筋に冷たい物を感じ、これはまずいと止めようとしたが、その注がれる視線が怖く、委縮して口を挟めなかった。
「おやおや。おタマよ。緊急事態だからどうしてもって頼むもんだから急いで来てやったのに、結構な言い草じゃないか」
「!」
頭の上から響く冷たい声に、お社さまは引きつったお顔のまま、固まってしまった。




