離別 その2
ハルは父と兄が亡くなった日から泣く事がなかった。いや、正確には泣けなかった。
妹の手前「お姉ちゃんとしてはみっともないとこは見せられない!」と見栄を張っていたのもあるが、実際には泣いてしまう事で二人の死が現実ものとなる事を恐れていたからだ。
ハルにとって身近な者が亡くなったのは、なにも今回が初めてではない。ただ、前世で母を亡くした時は最後まで看取っていた為、辛くとも別れを割り切る事が出来た。
二人の亡骸を初めて目にした時はどこか信じられない、不思議な気持ちだった。
湯灌をして身を清めている時も「ただ眠ってるだけじゃないのかしら?」と思いながら死に装束を着せていた。みんなで棺に土をかぶせている時でさえも「ようっ!おはる!」と、どこからともなく姿を現すのでは?そう思えて仕方がなかった。いや、そう思いたかった。
頭の中では現実を理解していても感情ではそれを否定したかった。泣くと事は自分の中で確かな決別を認めてしまう行為のように思えた。
だが今、思いがけずにお社さまに会えた喜びと、現在置かれている苦しい状況下での感情がないまぜとなり、お社さまに抱き着くと泣き出してしまった。
わたしが泣き腫らしている間、お社さまはただ優しく頭を撫で、泣き止むまで黙って見守っていてくれた。
抱き着いている間、体温は無いはずなのに不思議と暖かい心地がし、このままずっと抱きしめていたかった。
こんなに泣いたのは久しぶりだ。ひとしきり泣くと少し落ち着いてきた。気恥ずかしくなってお社さまから離れると、黙って袂で頬を拭ってくれる。みっともないとこを見せてしまったなぁ……きっと目は真っ赤になっているんだろう。
「おはるよ。落ち着いたかの?」
「あい。お陰様で。ありがとう存じます。……それにしても、なぜこちらに?境内から出られないんじゃ?……」
「お主がよく参拝してくれたお陰で多少は力も戻ってきての、村の中くらいは出歩けるようになったのじゃ。それに大方の事は知っておる……お主の事が心配での、様子を見に来たのじゃよ。まだ四十九日も終えとらんから鳥居を潜って来れんじゃろうからな、ワシの方から来たのじゃ」
そう言いながらまた頭を撫でてくれる。子供扱いされているようでちょっとだけ恥ずかしい。
「お主はワシにとって大事な友でもあり、娘みたいなもんじゃからな」
そのはにかんだ笑顔にうれしくって、少しこそばゆくなり、少しうるっとした。
「でな、おはるよ」
途端に真剣な顔つきになったお社さまに、思わず居住まいを正した。
「お主はどうしたい?」
……どうしたいって……何の事だろう?意味が分からず小首を傾げ、そのまま黙って続く言葉を待つ。
「ワシはお主の助けになってやりたいのじゃが、如何せんワシが神とはいえ、流石に死者を蘇らせる事は出来ん。金の事にしても縁が無くての……」
いえいえ。そんな悲しそうな顔をしないで下さいな。それはわたしも良く知ってます。お気持ちだけでもありがたいです。
……あの神社……わたし以外、殆ど人が来ないものね……
「だがこう見えてもワシは長くこの世におるからの、色々ツテだけはあるんじゃよ。外へ出る事にはなるが、それなりの所へお主を神職として就かせる事が可能じゃ。その力を持ってすれば良い暮らしも出来よう」
……神職って神社かな?巫女さんにでもって事かしら?
「銭金の為に、下手に歩き巫女にでもなられたら困りもんじゃし……」
──ん?あれ?変ね。前は歩き巫女にでもなればっておっしゃってたわよね?なんで?
言葉を濁すので、きつく尋ねてみると苦い顔をしながら「あの時は冗談だったんじゃ……」って渋々教えてくれた。
なるほど。歩き巫女って各地を渡り歩く時に春を売ってる人もいるのね。はい。わたしにはまだ早いです。
顔がちょっと赤くなった。
これは余計な事を言ってしまったと、ばつが悪そうにしていたが、気を取り直して真面目な顔に戻ると「お主次第じゃが、このままでは不憫で堪らんからのぅ……」と。
お社さまの心遣いに胸が熱くなり、また泣きそうになった。さっき大泣きしたから涙もろくなっちゃったのかしら……
──いや、でもちょっとまって。
確かにとてもありがたいのだけど、お社さまが心配してくれているのはあくまで「わたし」だけだ。わたしの家族の事については何もおっしゃってくれてない。
わたし一人この境遇から抜け出せたとしても、残された家族はどうなるの?身重で体調を崩している母に腰を痛めている祖母──
「──小さい妹や弟達は……わたしだけなんて……」
沈痛な面持ちで言いよどんでいると、それだけで察してくれたようで、
「まぁ、お主ならそう言うと思っとった。ワシとしてもこの村に残ってくれた方が嬉しいからの。どれ、八方全てが上手く収まるとは如何かもしれんが、何か手を打ってみようぞ。だだワシは人の世情には疎いからのぅ……」
誰ぞ使える者に頼んで、そやつを送りつけるから暫し待っとれ。と言い残し、急ぎ神社へと戻っていった。
せっかく久しぶりに会えたのだから、もう少しお話しをしてたかった。名残惜しかったけど、こんなにもわたしの事をわかってくれて、大事に思ってくれることが嬉しくなり自然と顔がほころんで、笑顔で見送った。笑ったのなんて何時ぶりだろう……
数日後、台所で食事の支度をしていると荒神さまが、「おい、おはるよ。誰ぞ家の前に人が来ておるようじゃぞ」と教えてくれたので急いで外に出てみると、そこに見知らぬ男性が立っていた。
恰幅が良く、月代もスッキリ剃られてこざっぱりしている温和そうな人だ。高そうな仕立てに身を包んでいることからも、明らかにこの辺りの人では無い事が窺い知れる。この人が例のお社さまのおっしゃってた人かしら?訝しそうにしている見ているとわたしに気づき、ニコリと笑顔をうかべ近づいてきた。
「おや、ここのお嬢ちゃんかな?親御さんは居るかい?」
「あい。居ます。どちら様になりますか?」
彼は自分を江戸から来た女衒だと言った。




