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佐武半兵衛の正体

 仙は煙管を使いながら一生懸命に喋るハルを黙って見守っていたが、静かになると煙管の灰を落としゆっくりと口を開いた。


「……それからね……こっちが相手のことをわかってるんだから、向こう側もこちらの事について知っていると思うべきだね……」


 何ということでしょう!お仙さん曰く、恐らく既にわたし達のことを調べて知っている可能性があるのだとおっしゃる。


 ……そうなると、他の姐さん方にもご迷惑をお掛けてしまいますね……


 ハルは尚更顔を青くし、黙り込んでしまう。


「……で……それらを踏まえた上で、ハル坊はどうするつもりだね?」


 仙の試す様な視線に、ハルは思わず身震いした。


 ……初めは辰之進さまの気軽なお手伝いのつもりでしたけど、ことここに至っては、もはやわたし達三人だけの問題ではなくなっちゃいましたね……面倒なことになってしまったのを実感します……ここで迂闊なことを言うと、大変なことになりそうです……でも……


「……それでも、相手が何を考えているのかがわかりませんから、このまま放置して向こうの出方を待つのではなく、こちらからお会いしてお話しを伺ってみようかと思います……」


 ……さすがに力任せで脅すことはしませんけど、ちゃんと彼等と向き合う必要がありますよね……


 ほっといても自体は好転しません!


 力強く仙を見つめるハルの視線は、覚悟を決めた確かなものだった。

 それを見た仙は優しくニコリと笑うと、


「……状況がわかった上でそう言うのであれば、まぁ良いかね……」


 ……ふぅ……


 お仙さんからの一応の了承が得られたので、ちょっとだけ安心したのですけども……


「ハル坊が何かしでかすと、アタシら全員にも影響があるかもしれないって事をキチンと肝に命じときなさいね」


 それと、何かする時は鶴吉姐さんでもいいからちゃんと報告をする様に、とキッチリ釘を刺されてしまった。


 ……ハイ……気をつけます……




 許可が得られたので、早速紙に書かれている方達について尋ねてみた。


 彼等のご商売は呉服屋さんに油問屋、米商等々……あら、至って普通のお仕事ばかりなのですね。てっきり御禁制の品を扱う密輸業者ってお聞きしましたので、なんかこう、唐物屋とか廻船問屋といった、それらしいご職業かと思いましたけど……


「まぁ、みな兼営してるから、それだけの商って訳じゃ無いけどね……」


 彼等はいずれも近江商人ではないのが共通らしくって、また御禁制の品を扱ってると言っても末端の者で、直接何か物騒なことをしてくる程危ない方達では無いみたい。彼等についてもっと詳しいことが知りたかったらおタエさんにお聞きって、この方達のことはさらりと流された。

 そしてここに書かれているお名前の内、一番重要な方が最後にある「佐武半兵衛」さんなのだそうで……


「コイツはね、ただの商人ってより口入れ屋だね」


 口入れ屋は知っています。言わば人材の斡旋業のことですよね。女衒さんみたいなこともしていますから、ここ深川でも特に珍しくない職業です。でも……


「コイツがまた、ちょっと素性が良くない奴でね……」


 彼は通称「クニュウの佐武」と呼ばれている方らしく、色々と後ろめたいお仕事を専門にする、言わば裏の便利屋さんみたいなことをなさっているらしい。


「……そんな怪しげな方が彼等のまとめ役なのですか……」


 ……なんだか怖そうな方ですね……でもその方こそが、わたしが対応しなければならない方なのですよね……


 緊張して思わずゴクリと唾を飲みこむと覚悟を決め、彼のことについて更に詳しいことを尋ねてみたのですけれども……


「いや、それ以上は良く知らないね……」


 ……え?……


 お住まいはおろかお店の場所とかについてもご存知ないらしく、恐らくおタエさんも知らないだろうって。


 裏の世界のその筋では名が通っている方らしく、噂では西の方の出身の中年男で、この手のきな臭い件を取り扱う口入れ屋だということ位しか知らないらしい。あの御禁制の品を扱っている六人の商人さん達と一緒しているのだから、間違いなくその彼のことなのだろうけど、その方ご本人について詳しくは知らないんですって。

 

 ……あら、姐さん方でもご存知無いだなんて……


 ハルが不思議そうな顔でキョトンとしていると、


「ハル坊……あんたはアタシらの事、何だと思ってるんだね?」


 苦いお顔で、自分達はお上の手先でも無ければ犯罪集団でも無いんだから、裏の世界に精通している訳ないだろ?的なことを言われて怒られてしまった。


 ……すみません……てっきりそっち側の集団だとばかり思ってました……


 でもそんな正体不明な怪しげな方と、どうお会いすれば良いのでしょう?そもそもわたしでお話しになるのかしら?


 困ってしまったハルは泣きそうな顔で仙に縋り付くも、


「もう一人前だろ?そんなのは自分で考えな」


 軽くあしらわれてしまった。


 ……結局のところは自分でどうにかするしか無いのですよね……これではあまり進展があったとは言えません……




 足取りも重く仙の店を後にし家に戻ると、雪は先に昼を済ませて寝ていたので、ハルは一人寂しく遅い昼を取る。

 

 ……今後ことを考えると気が重くなって、あまり食が進みませんね……


 それでも辰之進の分まで平らげて、お茶を飲み一休みしていると、茶の間の奥の鶴吉の自室から三味線を弾く音が聞こえてきた。


 ……相変わらず惚れ惚れする様な腕前ですね……今晩はお座敷に上がられるのかしら?……わたしもそろそろちゃんとお座敷に上がらなくっては、お足が厳しいです……その為にもこの件は早急に片付ける必要がありますけど、さて、どうしましょう……


 ハルが鶴吉の三味線を聴きながら暫く考え込んでいると、辰之進が戻ってきた。


「辰之進さま、おかえりなさいまし。……あら、随分と遊ばれましたね……」


 先程道場に戻った時にいつもの袴姿にお着替えなさった辰之進さまですけれども、今おタエさんの所からお戻りになったお姿は、袴姿は変わらなくっても、とても豪華になっていらっしゃる。

 

「……以前の、浅草の件でのお礼と仰られて……」


 いつの間に用意されていたのか、見事な紋付の羽織に、お着物や袴も見事な仕立てです。

 まるで元服前の良いとこの若侍みたいでカッコ良いですね!

 

 ……帰りが遅いと思いましたけど、どうやら着せ替え人形にされてたみたいですね……


 思わずうっとりと見惚れてしまいましてけれども、気を取り直すと、先程お仙さんからお聞きしたことをお伝えし、二人で一緒に考え込んだ。


「……一先ずは、その佐武某と繋ぎを付ける必要がありますね……」


 とは言え正体不明な方だ。何処にいらっしゃるのか皆目検討がつかない。心当たりがあるとすれば……


「やっぱり、またあの山本さまの所へ行って、彼に聞いてみるしかないですよね……」


 山本さまのお相手なら、お雪姐さんがご一緒した方が話しが早いのかもしれませんけども、また襲われることも考慮しないといけません……


 お雪姐さんはお疲れでお休みになっていますから、丁度良いのでこのままお休み頂いて、鶴吉姐さんには「ちょっと出掛けてきます」と一言断りを入れて、辰之進さまと二人で行くことにしました。




 神田の外れ、山本さまがお借りしていると言う、通りに面している私塾の道場まで来たのですけど……


 ……あら、今日は皆さん熱心にお稽古なされてますね……


 前回と違い、近づいただけで木剣が重なる音が響いて聞こえてきた。


 辰之進さまには物陰に隠れて頂き、一人でヒョイっと道場の中を覗き込むと見知ったお顔の方がいらっしゃったので、お声を掛けてみた。


「おぉ、先日のお嬢ちゃんか!今日はお姉様とはご一緒ではないのかな?」

 

 前にここへ来た時に声を掛けられた、むさ苦しい大男さんだ。

 軽く挨拶をし、早速山本さまに御用があってお会いしたい旨をお伝えしたのですけれども……困った顔になってしまって、


「……いや実は塾頭なのだがな、今朝方早くに国元へ戻ると言われましてな……」


 既にここにはいらっしゃらないと言われてしまった。

 訳も言わずに突然のことだったらしく、他の塾生達も困ってしまっているとのことだ。


 ……あら、何があったのかしら……まさか昨晩の件で?


 今日は見ていかなくてもいいのかい?とのお誘いを丁寧に辞退すると、急いで辰之進さまの元に戻りこのことをお伝えし、二人してまた考え込んでしまった。


「……これはちょっと、安易に彼に近づいていっては不味い事になりそうだね……」


 同感です。お話しを聞いていて、ちょっと背筋に寒いものを感じました。何がどうなっているのかわからないことがより一層不気味に感じます……


「……一先ずお家に戻りましょう……」


 ……これはちょっと根本的に考え直さなければいけないかもしれませんね……




 お家に戻るとお雪姐さんが起きていらっしゃいましたので、茶の間に三人して集まって意見を出し合った。


 ……なんか今日はずっと考えてばかりな気がしますよ……


 しかしこれといった妙案も浮かばず困り果てていると、まだ日も高いのにお酒をお召しになって上機嫌な鶴吉姐さんが「何してるんだね?」と興味深そうにいらっしゃたので、そう言えばまだ何もお伝えしていませんでしたね、と、これまでの経緯をお伝えしたところ……


「ほぅ…… クニュウの佐武ねぇ……知らないが奴だが、ちょいと面白そうじゃないか……」


 目を輝かせてしまい、あろうことか、「会ってみたいものだね」などと言い出す始末で、


「よし!困っているならアタシが手伝ってやるか!」


 一体何が鶴吉姐さんの琴線に触れたのかはわかりませんけども、妙に乗り気になってしまった。

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