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深川に帰って来て

 両国橋を渡るまでは誰かに見られているような視線を感じましたけど、なんとか無事に深川まで戻ってこれました。


 ここでしたら姐さんの結界もありますし地元ですので、変なのに襲われるってことはないと思いますけど、「念の為、暫く三人一緒にいた方が良いね……」とのことで、辰之進さまとお雪姐さんがわたしのお家でご一緒することに。

 こんな時でもなければ、とても嬉しいのですけどね……


 お手伝いのお文さんがお昼を用意してくれている間に、先程八右衛門さまに書いて頂いた紙を広げ、三人で見ることに。


「……ひぃふぅみぃ……商人さんは全部で七人ですか……」


 他にも数人、浪人さんらしきお名前があった。

 一番最初に書かれていたお名前は八右衛門さまのお父さまとお付き合いのある商人さんで、今回彼がご一緒にお座敷へ上がった方らしいのですけど……


 ……ふむふむ……以前、深雪姐さんの幽霊の件で辰之進さまとお伺いした、確か日本橋の呉服屋さんでしたっけね……


 お名前は存じませんでしたけど、一緒に書かれている屋号に見覚えがあった。

 他にも屋号とお名前が書いてあり、最後に屋号が無くただ、「佐武半兵衛」と書かれていたのですけれども、どうやらこの方がこの商人さん達のまとめ役らしくって……


「あら、この方は山本さまとご一緒していた方だね」


 お雪姐さんは山本さまのお席にいた時に、彼とは少しお話しをしていたのでご存知だったらしい。

 わたしも山本さまの隣に座わっていらした商人さんのことはチラッと見ましたので覚えていますけど、確か中年の恰幅の良い男性で、特にこれといった特徴が無かった覚えがあります。

 

 ……でも、これで商人さん達のお名前がわかっても、知らない方ばかりですし、何もわからないのに変わりはないですね……


 三人で顔を寄せ合い紙を見つめて考え込んでいたら、そこに鶴吉姐さんが、「なんだい。またぞろ何か変な事に首突っ込んでるのかい?」と冷やかしにやって来たので、「どなたかご存知ありますか?」と紙をお見せしたところ、サラッと一瞥して、「……知らない名ばかりだねぇ……」ですって。ご存知ないみたい。


 ……さて……困りましたね……


 どうしましょう?と三人して困った顔で見合わせていたら、「おタエなら知ってるかもよ」と鶴吉姐さんがポツリと。


 ───そうですよ!お顔の広いおタエさんなら、全員とは言わないまでも、きっと彼等の内どなたかはご存知そうですよね!


 ……なら……お昼の用意が終わるまでまだ時間が掛かりそうですので、お雪姐さんにはここでお休み頂いて、辰之進さまと一緒におタエさんの所へ行ってみることにしました。


 辰之進さまに甘いおタエさんですから、きっとご一緒すればお力になってくるはずですよね!


 そして意気揚々とおタエさんのいるお店に二人して向かったのですけれども……


 お忙しそうにされていたおタエさんを捕まえて、辰之進さまの秘密のお仕事については予め了承を得ていましたので、ことの発端から今日起きたことまで詳しくお伝えし、先程の紙をにお見せしたら……煙管を咥えたまま難しいお顔になってしまった。


「……知らない名前って訳じゃないけどねェ……」


 ……あら……どうにも歯切れが悪いですね……


 どうしたんでしょ?でもほら、やっぱりご存知でしたね。

 なので早速その方達について教えて下さい!ってお願いしたのですけど……


「春蔵、それを聞いてどうする?」 


 ジロリと睨まれてしまった。


 ……うぅ……相変わらずおタエさんの視線は怖くって、身がすくみます……でもここは怯えている訳にはいきません……


 そんなこと言われましても決まりきってます。お雪姐さんが襲われない様に対処しなければなりませんから、その方達の情報が欲しいのですよ。

 恐々とそうお答えしたら……


「どうせお前の事だ。そいつらの事がわかったら直接乗り込んでいって、あの指輪で脅したりする気だろ?」


 ……あら、脅すだなんて人聞きの悪い……ちょっと忠告するだけですよ……


 ホホホ……と笑って誤魔化していたら更に睨まれてしまった。


 ……さすがですね。見透かされてます……


「そこまで付き合いのある奴らじゃないけど、アタシの商売柄、勝手されても困るんでねェ……」


 知っていても教えてくれないらしい。煙管の灰を落としながらお断りされてしまった。

 ケチですね!


 しかしこれは大事な手掛かりです。このまま引き下がる訳にはいきません!わたしでダメなのでしたら……


 ハルは隣に座る辰之進に上目遣いで科をつくり袖を引いた。

 するとコホンと咳払いをした辰之進は居住まいを正し、


「……おタエ殿。わたしからもお願い致します。おハルちゃんが勝手な事をしない様、よくよく注意しておきますので……」


 いつもより爽やかな笑顔でおタエさんのことをジッと見つめた。

 すると……


「そうかい……そこまでいうのならねェ……」


 あっという間に軟化してしまった。


 ……おぉ!さすが辰之進さまです!姐さんがメロメロですよ!


 しかし喜んだのも束の間で、やはり簡単には事は運ばず……


「春蔵が出ていくと、面倒ごとになるのは目に見えているからねェ……」


 予め、わたし達のまとめ役でもあるお仙さんの許可を取る様に言われてしまった。


 ……浮かれていても、しっかりしてますね……




 お仙さんに用があってあのお店に入る時は、ノアさんにお願いして裏口から入る様に言われていますので……


「あの裏口、お辰は使えないだろうからねェ……」


 ここらは安全だし、わたし一人で行ってこいって。

 ふむ。仕方がありませんね……それじゃあ辰之進さまはお先にお戻りになられて下さいねって言おうとしたら、「あぁ、お辰はウチで昼を食べてきな」と、ニコニコ顔のおタエさんが腕を掴んで離さない。

 

 ……ふふふ……大丈夫ですよ。そんな困った顔なさらなくても……


 困惑する辰之進さまに、「別にとって食われやしませんから」と笑顔で言い置いて、一人でお仙さんのお店に向かうとノアさんにお願いして中に入れてもらい、いつもの部屋に案内してもらう。


 ……それにしてもこの部屋は相変わらず珍しい物で一杯ですね……


 江戸では珍しい物でも、わたしにとっては前世で馴染み深かった物で一杯だ。

 ガラスで出来た瓶や何かの器具、和綴でない革表紙の本……そんな珍しい物の内の一つのテーブルに近づくとその前にある椅子に座り、お仙さんが来るのを待っていた。


 挨拶もそこそこにお仙さんにもおタエさんと同じお話しをして、お仙さんに相談をする様に言われた事も伝えし、あの紙を見せると、それを見たお仙さんはおタエさんと同じ様な難しいお顔になってしまい……


「で、ハル坊はこいつらの事を聞いて、どうするんだね?」


 おタエさん程は怖くはないですけど、ジロリと睨まれてしまった。


 もちろん、お雪姐さんを襲うのをやめてくれる様にお願いするつもりですけど、やり方としては脅かす以外のこと、特に考えつかないのよね……

 そう素直にそう答えたら、お仙さんは難しい顔をしたまま煙管を出して一服し、少し考え込むと……


「知りたきゃ教えてやるけどね。ここに載ってる奴等は、いわゆる御禁制の品を扱ってる奴等だよ……」


 なるほど。後ろめたいことをやってる悪い奴らなんですね。それでお上の密偵か何かと勘違いをして訝しみ、お雪姐さんを襲った訳ですか……なら、そんな奴らに遠慮することなんかありませんね!

 

 ハルは勢い良くテーブルに身を乗り出すと、「そんな奴ら、目に物見せてやりましょう!」と、興奮して叫び出す。


「……まったく……ハル坊の身内想いと行動的なトコは美点だけど……短絡的で考え無しなトコがね……」


 呆れ顔で紫煙と共に深いため息を吐くと、部屋の中をぐるりと見渡し、そのままハルを見つめた。


「いいかい?ここにある物が、どんな物か知ってるだろ?」


 もちろんここのお部屋にある物が御禁制の品だと言うことは知っています。

 コクリと頷くと、丁寧に説明してくれた。


 お仙さんは彼等の様に利益目的ではなくって、ご自分で使う為に仕入れているのですけど、海を渡って持って入って来る物なのだから、仕入れるやり方は似たり寄ったりらしくって、お上から変に目をつけられたくないのは一緒なのだそうだ。

 でもお仙さんは、仕入れ先については他にも手順がある様な物言いでしたけどね……


「まあ、何が悪いか良いかなんて、人によって、場所や刻も違えば変わっちまうもんだけどね……」


 ともかく密輸の是非は置いといても、多少なりともおタエさんのお仕事上のお付き合いもあるだろうし、今後の為にも特にこっちが不利益を被っていない以上、下手に手を出してわざわざ敵を作ることをしてはいけないと言われてしまった。


 ……いや、でもそんなこと言われましても、実際お雪姐さんが襲われてますし、また何時襲われるかしれたものじゃありませんよ……


 ハルは泣きそうな顔で、そうお仙に訴えるのだか……


「だけど、そいつらはお辰が全てのしちまったんだろ?」


 はい。それは見事なものだったらしいです。その場に居ながらちゃんと見られず残念でした……


「それにお雪を連れてこうとしただけで、直接何か危害を加えられた訳じゃ無いんだろ?」


 ……言われて見ればそうでしたね……


 彼等には、「ちょっとこい」って言われただけで、いきなり刀を抜かれて襲い掛かられた訳でもありませんでした……


 ハルは黙って考え込んでしまった。


 ……あのお侍さん達、口は悪かったですけど、もしかしたら何か理由があって、ただ普通にお雪姐さんに御用があったのかも知れませんよね……


 だがそれを聞く前に辰之進が全て倒してしまっていた。


 ……もしかしたら、コレはちょっとまずいことしちゃいましたかね……


 ハルの顔は青くなり、半ベソをかきながら、


「だ、だって怖かったのですもの……それに辰之進さまがいきなり……」


 お仙に向かって精一杯の言い訳をし始めた。

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