八右衛門に詰問する
最近、辰之進さまはお忙しくって道場には顔を出ししていらっしゃらないので、八右衛門さまとはお会いしてないみたいですけど、道場にはマメに通っているとのお話しは聞いているみたい。でもまぁ、いないならいないで呼びつけますけどね……
初めはご遠慮なさってましたけど、辰之進さまの道場までは姐さんに駕籠にお乗りして頂くことに。
……うぅ……痛い出費です……でも姐さんはお疲れでしょうし、お姿を晒していますと、先程襲ってきたお仲間さん達に見つからないとも限りませんから仕方ありません……それにしても最近は出費が嵩みますね……日々お仕事を頑張ってますので、それなりに稼いでる筈なのですけど、外での飲食や仕送り代がバカになりません……田舎のお兄ぃからのお手紙によると、最近おっ母ぁも再婚したので男手も増えて、生活はもう大丈夫だよってありましたけど、妹達にはお社さまのお掃除とかお手入れをお願いしてますし、わたしは長女なのですから多少なりともお家にお金を入れなければなりません……
ふぅ……と、懐の紙入れを摩りながら溜息を吐き、足取りの重いハルと、神経を尖らせ周りを警戒しながら慎重に歩く辰之進は、雪を乗せた駕籠に連れ添い道場を目指して歩いて行った。
辰之進さまの道場は相変わらず木剣の打ち合う音や掛け声の喧騒で賑やかですね。
でもわたし達が中に入ると、皆さん稽古の手が止まってしまって、小さなどよめきが起こってしまいましたね……
……あらあら……わたしと姐さんがここへ来るのは初めてではないですから、これはきっと辰之進さまの女装のせいですね……
道場内の異様な雰囲気に、一瞬気不味そうな顔になった辰之進であったが、直ぐさま気を取りなおすと中の者には目もくれず、二人を伴って稽古の様子を見ている祖父の元へと向かい、軽く挨拶をすると稽古中の八右衛門を呼んでもらった。
師に呼ばれてやってきた八右衛門は見慣れぬ辰之進の装いを見て目を見開き驚いていたが、辰之進はそれに気付くも敢えて無視をし、「では、わたしは着替えて参りますので……」後はお二人にお任せしますね。と、早々に自室へ投げ込んでしまう。
取り残されて状況を理解出来ずに困惑している八右衛門に対し、ハルは……
「……八右衛門さま……ちょっと込み入ったお話がありますので、何処か静かなお部屋にご案内頂けますか?」
と、ニコリと笑いかける。
その有無を言わさせない笑に八右衛門は抗える事が出来ず、大男は背中を丸めて小さくなると屋敷の中へ二人を誘った。
「……さて、八右衛門さま。回りくどいことは抜きにして、単刀直入にお伺い致しますね……」
道場に隣接した屋敷にあるその部屋の中には、部屋の中心で小さくなって座っている八右衛門の姿があった。
彼の目の前には、床の間を背にしてハルが威圧感のある笑みを浮かべて座わっており、その横には二人の様子を静かに見守る雪が控えている。
「昨晩のお座敷の件でお伺いしたいことがございますの……」
……辰之進さまの秘密のお仕事についてはお話し出来ませんから、深川ではない、あのお座敷になんで自分達がいたのかとか、わざわざ偽名を名乗っていたこととかについて聞かれたら困りますよね……ここは有無を言わせ無い様、勢いで捩じ伏せましょう!
そう考えたハルは更に威圧を高め、簡潔に昨晩の集まりについて尋ねていく。
「八右衛門さまが一緒にいらした方々についてお聞きしたいのです。何のお集まりだったのですか?」
……お雪姐さんからは、商人さん達の会合とは聞いていますけど、その詳しい内容については知らないのですよね……
先程、姐さんが昨晩のお座敷にいた者に襲われたことからも、その集まりが原因なのは間違いない筈だ。姐さんがわからなくとも、あのお座敷で何か聞いてはいけないお話しを聞いてしまったのかもしれない。
だから一体何のお話しをしていたのか、それを知りたいのだ。
ハルは変わらぬ笑顔のまま八右衛門の目をジット見ながら尋ねると、彼は顔を伏せって、
「……拙者は……父の懇意にしている商人との付き添いで参っただけでして……それ以上の事は何も……」
最近は街中も物騒なので、護衛代わりに付き添っていただけなのだ……と、絞り出すような声で答えた。
……他にいらした二本差しの方も、護衛の為だと伺ってますけど、わたしが知りたいのはそれじゃないのですよ!
「いえ、わたしがお伺いしたいのは、あの商人さん達がお集まりになっている理由です。あとそのお話しの内容についてです」
殊更に笑みを深めて詰問していく。
しかし幾ら訪ねても八右衛門は、「……本当にそれ以上の事は……」とだけしか言わず、終いには脂汗を垂らしながら俯いたまま黙り込んでしまった。
───むぅ!どうしても口を割らない気ですね!それならこっちも考えがありますよ!
笑顔は崩れないものの、八右衛門とのやり取りにイライラとしてきたハルは徐に懐から指輪を取り出すと、
───少し肝を冷やして差し上げます!
握りしめながら力を込めて祈り、深雪神を出現させた。
突如、部屋の中に光が溢れる。
その光に驚いた八右衛門が慌てて顔を上げると、目の前にいるハルの頭上に、神々しく光り輝く女性の姿があった。
彼にはその姿に見覚えがある。驚きと共に喜びを感じ、思わず立ち上がると、恍惚とした表情で呆然とそれを見つめていたのだが、しかしそれは束の間の事で
、すぐに恐怖の対象へと変わっていく事になった。
深雪神は始め、慈愛に満ちた優しげな笑みを浮かべていたが、その顔は徐々に変化していく。目は吊り上がり口は裂け、鬼の様な形相となり、彼に覆い被さる様にゆっくりと手を広げ近づいてくる。
「───ッ!」
「ドタン!」
彼は声にならない悲鳴をあげると、目をひん剥きそのまま大きな音を立てて倒れてしまった。
……あらあら……まだ何もしていないのに、だらしがないですね……
ハルが苦笑いしながら困った顔をしていると、「バタン!」と突然障子を開け、いつもの袴姿に着替えた辰之進が慌てて部屋に入ってきた。
「何事ですか!今、この部屋から突然強い光が!」
一歩部屋の中に入ってみれば、そこには倒れて気絶している八右衛門と、ハルの頭上に光り輝く深雪神が目に入り、何となく事情を察した辰之進は溜息を吐きながら、
「……おハルちゃん……やり過ぎないでって、言ったのに……」
冷めた目でハルを見つめる。
「……申し訳御座いません……思ったより強情だったものですのですから、つい……」
テヘッと笑って誤魔化そうとしたハルであったが、辰之進から叱られてしまう。
しかしその横で、「……おハルちゃん。有難うね……」思い掛けずに、姉である深雪の姿を見る事が出来て嬉しそうに涙している雪の姿が目に入り、辰之進はハルにあまり強く言えないでいた。
「良いですか、おハルちゃん。彼とはわたしが話しますので……」
余計なことは言わずに、わたしは黙って見ていなさいと言われてしまった。
……うぅ……ごめんなさい。お任せ致します……
コクリと頷くと、姐さんと一緒に部屋の隅に移動して座り、辰之進さまが慣れた手つきで八右衛門さまを気付し意識を戻すのを大人しく黙って見ていた。
八右衛門さまは意識が戻ると、不思議そうにキョロキョロと周りを見渡していましたけど、わたしと目が合うと慄いて、思わず目の前にいた辰之進さまに抱き着いてしまった。
───まぁ!なんてことでしょ!
大人しくする様に言われているので、声を出さずに睨み付けたら尚更怯えさせてしまい、辰之進さまから視線で注意されてしまうハメに。
怯える八右衛門さまに、辰之進さまは優しく慰めながら言葉を選んで昨晩のことについて訪ね始めた。
結果、どうも本当にあの集まりについてはよくご存知ではなかったみたいですね。ただ、あの場にいた商人さん達のお名前はご存知とのことで、ご一緒していたお侍さんのお名前もわかる範囲で全てお名前を紙に書いてもらいました。
……初めから素直に言って頂ければ、怖い思いをしなくて済んだのに……あら、そう言えば聞いていませんでしたっけ?ホホホ……
「さて……わたし達も一旦帰りますか……」
これ以上は何も聞けなさそうでうので、「用が済んだからもう良いですよ」と言うと、八右衛門さまは這々の体で部屋を出ていかれた。
……お腹も空いてきましたし、あまり江戸の中をウロウロしているとまた襲われかねません。姐さんもお疲れでしょうし……
お刀を腰に挿した辰之進さまを護衛に、姐さんは駕籠に押し込んで深川に帰ることにしました。
……ふぅ……まだ九ツ前なのに、だいぶ疲れましたね……




